第6話 死んでも着たくないです
骸骨は俺の絶叫を聞いて(骸骨だから耳は見当たらないが、まあ聞こえているんだろう)、俺の方に顔というか頭蓋骨を向けた。
そして、おもむろに顎の骨をカパッと開き、
「おはよう。気分はどうだね?」
などと話しかけてきた。
「ンッギャーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼」
俺は腹の底から叫び声をあげた。
骸骨が喋った!
超怖ぇ‼
「おい、待て待て。ここの段階で、そんなに驚かれてしまっては話が進まんのだが……」
「助けてえええええぇぇえええええ‼‼」
俺はガキの頃から、お化けが一番嫌いなんだ‼
「いや、助けてって……。私は君を襲いに来た訳ではないし、そもそも私はお化けではn……」
「うわぁああああああ‼」
うすら寂しい河原に不釣り合いな俺の悲鳴がこだまする中、
「さっすが! 死神さまの外観デザインはインパクト絶大ですね。ボクみたいに初対面で体型をバカにされることもないし」
マイクロビキニの女の子が骸骨に声をかける。
「だったらリリィもそんな格好をせずに、このコートを着ればいい。我々死神の制服を着ないのは、お前の都合ではないか」
「ひょええぇぇえええ‼」
「そんなダッサいコート、死んでも着たくないです」
「いやぁぁあああああ‼」
「では我慢しろ。それに、私は見た目のインパクトのために、この姿でいる訳ではないんだぞ」
「怖ぇえよぉおおおお‼」
ここで骸骨は骨ばった、どころではなく骨しかない手を腰に当てて溜息をついた。
「やれやれ。まったく落ち着く気配がないな。このままでは話にならん。時間もないというのに」
「うひょぉおおおおお‼」
「ちょっと待ってください。たしか彼の得意技に便利そうなのがあったはず……。えーと、富士 翔悟くん! ボクの声が聞こえたなら一度、得意の深呼吸をしてみない?」
マイクロビキニの女の子が、悲鳴を上げつづける俺に言った。
――お、おお、そうか。
あまりの恐怖に忘れてたけど、深呼吸できれば落ち着けるかも。
俺は気を抜くと喉から叫び声が飛び出そうになるのを我慢しつつ、目をつぶってゆっくりと深呼吸をする。
吸って、吐いて、吸って……。
三回、いつもの深呼吸をすると、ようやく落ち着いて周囲が見えてきた。
そこで俺は改めて、目の前に立っているマイクロビキニと骸骨の二人(一人と一体か?)を見る。
……幻とかではないらしい。
イヤな予感はしつつも、俺は疑問に思ったことを骸骨に尋ねてみる。
「あ、あの……」
「君の予感通り、私は死神で、ここは三途の川。そして富士 翔悟。君はもう死んでいる」
骸骨……でなく死神が、俺の考えを読んでサラッと胸に七つの傷を持つ男のようなセリフを吐いた。
骸骨だから声帯は見当たらないのに、ちゃんと声として耳で聞こえているのが不思議。
「――て、いやいや! あなたがいくら死神だからって、会っていきなり『君は死んだ』なんて言われても」
「信じられない、か。まあ、それはそうだろう。リリィ、アレを見せなさい」
「はーい」
マイクロビキニの女の子が手を上げて笑顔で返事をする。
この子の名前はリリィというらしい。
「そう、ボクの名はリリィ。多忙な死神さまの実務を担当する遣い魔だよ」
彼女は俺の考えに相槌を打ちつつ、十二インチサイズのタブレットを俺の前に出してきた。
「え!? タ、タブレット? 死後の世界もIT化が進んでるんだね」
「ううん。これは死神さまの趣味。ああ見えて最新ガジェット大好きなの、あの人」
「そうなの⁉」
ていうか、あの骨の指でタブレットの画面って反応するのか?
「はい、翔悟くん。
リリィが俺の注意をタブレットに向けさせる。
覗いてみると、タブレットに映し出されているのは航空写真のように幹線道路を上空から見下ろした画像だった。
驚くのが、それが航空写真のような静止画でなく動いていること。
どうやら、現在進行形の映像らしい。
画面の中央には大型トラックがブレーキ痕を残したまま斜めに止まっていて、その横には
その周りで大勢の野次馬がワチャワチャと動いていた。
救急車のサイレン音が現場に近づいているのがタブレットから聞こえてくる。
「事故現場……みたいだね」
俺はタブレットから視線を上げてリリィに話す。
「そう。で、ここに倒れてるのがキミ」
「はぁ⁉」
画面を指さすリリィに言われて、慌てて俺はタブレットを再び覗き込む。
言われてみればこの道路はさっきまで俺がいた四車線道路だし、倒れているのも俺のように見えた。
「わかりにくかったら指でピンチアウトすればアップにできるよ」
リリィが右手でピースサインを掲げ、それを開いたり閉じたりする。
操作も、まさにタブレットと同じか。
俺は仰向けになっているブレザーの高校生の顔の辺りを中心にピンチアウトした。
「――ホントだ。俺だ」
現世の製品と違い、このタブレットはどれだけ寄っても画質が荒くならないようなので、俺は倒れている自分の顔に極限まで画面を近づけてみた。
画面上で見る限り、倒れている俺はケガをしているようにも、血を流しているようにも見えない。
だが、見開いた俺の両目には、たしかに生気というものがこもっていなかった。
「ケガもないみたいだけど、ホントに死んでるの? 俺」
「うん、立派に死んでるよ」
「立派、て」
「トラックには接触する程度にしか轢かれてないけどね。当たりどころが悪くて脊髄の中で少量の出血をして、それが血栓となって心臓に詰まってポックリ。痛みもほとんど感じてないでしょ。だからこそ自分が死んだ実感もないんだろうけど」
そっかぁ。
マジで死んじゃったんだな、俺。
でも、まあ――
「『でも、まあ、いいか』って、いまキミ、考えてるでしょーーー!」
リリィの怒鳴り声が、俺の思考を遮った。
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