第22話 そんなことない!

 俺がこれまで『操作』を掛けてきた人間に、正気の状態で会っているのはくるみだけだ。

 しぃちゃんも鶴見さんの『操作』状態は見ているけど、彼女のときは本人も『操作』状態だったから覚えてないしな。

『操作』で課長がおかしくなったのを実際に見ているくるみが、俺の力に気付くのは当然だ。

 自分で自分の陰部を力いっぱい殴る、なんておかしすぎるもんな。


 それだけじゃない。

 くるみは俺が三途の川で死神とリリィに会って『操作』の力を貰っている間、心停止していたことも知っている。


 もし、くるみが俺の『操作』の力と、その心停止して死んでいた時間を結び付けて考えたら……。


 よほど想像力を逞しくしなければ難しいと思う。

 しかし俺と再会するまで5ヶ月もあって、その間、ずっとそのことを考えていたとくるみは言っていた。

 可能性はなくはない。


 だからこそ他のみんなと違って、くるみとだけは再会しないよう注意していたんだけど。



「くるみが気付いてくれていたおかげで、俺が『操作』を失えたワケか」


「まあ、あの子も死神とか死神の能力ってことまで気付いたワケじゃないよ。でもさすがに『ただの催眠術』で誤魔化すのはムリだっただろうね。その程度の気付きで『操作』がなくなるかどうかは賭けだったけど」


「でも、そうか……。俺、『操作』なくしたのか……」



 ……あれ?

 て、ことは――



「俺が三途の川ここに来る原因の、タトゥーにナイフで刺された時って『操作』の掛けミスじゃなかったってこと?」


「違うよ。言ったでしょ、『操作』は条件が揃えば絶対かかるって。例えタトゥーあの男にゾンビが見える『操作』が掛かっていたって、キミと目が合えば『操作』には掛かるよ」


 幻覚が見えているタトゥーに俺の『操作』はかかるのか、なんていうのは杞憂だったらしい。


「だからさっきタトゥーへ『操作』が掛からなかったのは、キミにもう『操作』の力がなかっただけの話」



 じゃ、俺って何の特殊能力も持たないまま、ナイフを振り回すヤバいヤツの前で手を叩いて、「俺の目を見ろ」とか挑発しただけってこと?



 ……頭おかしいじゃん!

 ヤダ、恥ずかしい!



「そんなこと思わないで。翔悟、生きようと頑張ってたじゃない、


「……知ってたの? ま、結局、三途の川ここにいるってことは意味がなかったけど」


 俺が自嘲気味に笑うと、


「そんなことない!」


リリィがハッキリとした口調で俺の言葉を否定した。


「半年前のキミからしたら見違えてるじゃない。1パーセントでも生きる確率を上げて、なんとしても生きようとして立派だったよ。それが決してムダじゃなかったことは後でわかるからね」


 リリィが微笑んだ。

 それはいつもの悪戯っぽい表情ではなく、その笑顔はまるで――



「……ま、まあ、リリィとの約束だったからな」


 俺はリリィの顔を見ていられず、目線を外しながら言った。



 初めて三途の川で死神とリリィに出会い、『操作』を貰って生き返るとき。


『今度は死なないように気を付けるね』


 俺はリリィとそう約束した。

 だから俺はタトゥーと対峙した時にも、1パーセントでも生存確率を上げるように行動したつもりだった。


 リリィはそのことを褒めてくれたのだ。



 生きようともがいて良かった。

 ようやく、このときに思えた。



「――アタシが知らないうちに、そんな女が来てたなんて……!!」


 ワルダが悔しそうな声を出す。


「昨日のあの時間、その男の知り合いが公園に通るなんてスケジュールはなかったはずなのに! リリィ! アナタが連れてきたのね!?」


「うん。ボクがくるみを公園まで誘導したよ。別に、翔悟へ直接アクセスしたワケじゃないし、ワルダに文句を言われる筋合いはないと思うけど」


 リリィはアッサリと答える。


「ちなみにどうやったか、翔悟はわかる?」


 いきなりリリィから振られて驚いたが、


「あ……ああ。多分、猫だろ」


「お見事♡」


「さっき思い出したよ。くるみを先導してきた縞猫、トラック事故の時の子だな?」


「さすが♡ 連続正解」



 くるみと俺が見覚えあるはずだ。

 道路の真ん中で鳴いていた、あの子猫だな。



「い、いつの間に……!」


 ワルダの言葉へリリィが、


「『いつの間に』? 担当の人間の死のスケジュールの直前なのに、キミはドコを見ていたの?」


間髪入れずに質問を重ねた。


「ど、どこって……別にドコも見てないわよ……」


「まさか翔悟じゃなくって、他の誰かを『操作』するのに必死だったんじゃないよね? 例えば、誰かにとか」


 リリィが不穏なことを言い始める。


「な、なんのこと……?」


「『操作』としては簡単でイイもんね。ドラッグを手に入りやすくする。不安を煽る幻覚を見せる。――直接、死なせる『操作』じゃなくても、一つ、たがを外すだけで自ら転がるようにして……」



 コレ、ひょっとして……。



「友人と仲良くドラッグ漬けにしたあと、ゾンビの見える場所へ行かせて。いつもよりちょっと恐怖心を煽ってナイフを振り回させて。友人を誤って傷付けさせて。自暴自棄になって暴れるようにさせて――」


「そ、それは……」


「そこへ死神の力を持った正義感の強いターゲットがやって来る。当然、自分の責任と思って助けに入る。そうして、不幸な事故で死者が出る」



 なんか聞いたことっていうか、経験した話、のような……。



「最後にはいつもの言い訳。『こうなるとは思ってなかった』『そんなつもりはなかった』。――聞き飽きたわよ!!」


 リリィが最後にブチ切れた。



「いい、ワルダ? 裁きが開かれないはずなのに、なんで三途の川の魂たちがココへ集まってるのか、わかる? の。ただ、翔悟の裁きじゃないけどね……!」



 そして、どこかの誰かがやったようにリリィが両手を広げ、大声で叫んだ。



「さあ、それでは始めましょう! を!」

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