春の終わり
工藤行人
城址公園の黄昏時
某県の城址公園で花見をする計画は、智彦の仕事の都合ということで
◇◇◇
一週間前であれば、首に痛みを感じるであろう
歩いている最中も
しばらくお互い無言で歩いていると、菜穂子がおもむろに歩を速めた。お堀に架かる橋を目指す彼女に智彦も従った。
お堀には、散った花びらがどこまでも
菜穂子は
「この間、職場の上司に聞いたの。
と、この公園に来て初めて言葉らしい言葉を智彦に向けた。そしてすぐにまた、眼下に視線を落とした。
智彦はただ、そうだね、と
先に沈黙を破ったのは菜穂子であった。
「散る桜を一緒に見に来るなんて、五年も付き合ってて初めてだね」
「うん」
「私たちもいい歳になっちゃった。学生だった頃が懐かしい」
「そうだね。このお堀の花びらみたいに、いろいろ散り積もって五年……」
「え、私たち散っちゃったの? まだ咲いてもいないのかと思ってたのに」
「……ごめん」
この智彦の
「嘘よ。でも」
「でも?」
「でも、そんなに分厚く散り積もってるなら、飛び降りても着地できそうじゃない?」
菜穂子の口から、着地という言葉がこぼれた時、智彦は自分の心中を彼女に見透かされていることに気付いた。彼の額にうっすらと汗が滲んだのは、太陽が沈む瞬間に発する最後の熱のせいだけではなかった。
二人の
「ダメでしょ、てっちゃん、ジャガイモ投げちゃ。今日、てっちゃんの好きなカレーライス、作れなくなっちゃうよ!」
大きな声がした方に二人が向くと、今にも泣き出しそうに声を震わせる四、五歳くらいの男の子が
「だって! ぽちゃんって音、聞きたかったんだもん!」
母親らしき女性は片膝を付いて男の子の前に立ちはだかり、子どもの所行を
智彦と菜穂子は顔を見合わせた。
(そうだ、この橋から飛び降りても……)
自分は確実に沈む。
「戻ろうか」
そう言う智彦に、菜穂子は顔を歪めて絞り出すような声で
「どこに?」
それっきり二人は動けなくなった。先ほどの母子はすでにおらず、周囲には誰もいなくなっていた。
春の終わり 工藤行人 @k-yukito
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