春風散歩
このはりと
春風散歩
「春らしい、いい天気。ねえ、散歩に行かない?」
春を迎えたある日、わたしは夫を散歩に誘った。まだつかまり立ちもできない赤ちゃんを抱いて。小さな瞳が、わたしを見つめている。
彼との間に子どもができたと知ったとき、きっと女の子を授かる、そんな予感がした。それは的中し、わたしと夫の名前を一字ずつとって「いろ」と名づける。「しの」でもよかったのだけれど、『いのりさんのほうが大変な思いをしたのですから』と、夫は言う。彼──士郎くんだって、わたしから見れば大差はない。なにせ、お互いに想いを残したまま交際を絶ったあとも、彼はわたしへの愛情を片時も忘れずにいてくれたのだから。気持ちが溢れたその日、わたしたちは再び出会い、初めて一夜を過ごした。
深く、鮮やかな青色のカーディガンを羽織り、家を出た。春先の午前十時、風はまだ少し冷たい。けれど、胸には確かな熱がある。彼女の「生」は、いつだってわたしたちを温めてくれるのだ。
家から少し歩くと、公園が笑っていた。この子もいつか、あの輪に加わるのかと想像すると、今から待ち遠しい。夫がそっとわたしの肩に手を置き、両手を開いて「交代」を促す。小さな手が離れていくのを寂しく思いながら、娘を夫に任せた。顔を覗き込むと、いつの間にか眠ってしまったようである。その頬をちょんとつつく。
(安心してね。あなたが目を開けたとき、そこには必ず、わたしたちがいるから)
青色の薄い空は、何を描いてもいいのだよ、と受け入れてくれるような白色に近い。もし絵筆があったなら、この子との未来を何色で塗っただろう。うんとわがままを言って欲しい。困らせてくれたぶんだけ、愛が深まるから。
そうだ、と、思い浮かんだことを、わたしは口にした。
「今日みたいに季節を感じられる日は、また一緒に歩こうね」
娘はもちろんこたえない。けれど、それでいいのだ。わたしたちの腕の中にいてくれる、それだけで──。
おしまい
春風散歩 このはりと @konoharito
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