EXTRA STORY 災禍、再び

 プロメテウスによる大規模侵攻、数多の無名による想区襲撃、そしてジャバウォック・キングブラックコッコちゃんの2匹による侵略作戦。3度に渡る災厄を乗り越え、復興を果たしたフィーマンの想区は平穏を取り戻していた。

 そう、その日までは……。





「れ、レイナさまー!」


 扉を開け放ち、ラーラが本殿の中に飛び込んでくる。


「なにかあったの?」


「たった今、北方より正体不明の敵が攻めてきたとの連絡が入りました! 敵は1体ですが、とてつもない強さで防衛ラインが突破されるのは時間の問題だと!」


 食後のデザートに頬を緩ませていたレイナだったが、その報告を受けてすぐさま椅子から立ち上がった。


「北方……という事はサードが戦っているのよね。タオたちへの連絡は?」


「もう終わっています。キュベリエ様の女神パワーですぐに駆け付けてくれるはずです」


 ラーラの報告が終わるのと同時、戦いの準備を整えたシェインとエクス、そしてシェリーが入ってくる。


「話は聞いた。僕たちもすぐに向かうよ」


「えぇ。お願い」


「まったく……転移魔法は不得意なのじゃがな……」


 シェリーの魔導書が輝き、その足元に魔方陣が現れた次の瞬間、3人は消えてしまった。


「レイナさま……」


「大丈夫よ。この日のために皆頑張ってきたんだから。私達は、絶対負けない」








 フィーマンの想区の最北端。サードが守護するその荒野で、一体の怪物が暴れている。

 白金の金属ボディを持つそれの、大木のような足が地面を踏みしめる度にかすかな揺れが起こる。

 怪物の肩の砲台からは数秒おきに砲弾が放たれ、スパイクのついた尾が後方からの攻撃を牽制するように振り回され、そして背中にびっしりと生えた棘は怪物の歩みに合わせてカタカタと震えている。

 2足で立つそれの造形はまさしく物語に語られる怪獣そのものだった。……鶏を模した頭部を除けば、だが。


「すみません、遅くなりました」


 シェインとエクスがどうやら最後だったようだ。先に到着していた4人は、各々の武器を構え、怪獣と相対している。


「えっと……あれは一体……?」


 エクスの問いに、サードが黙って怪獣の頭部を指さす。振り返ったその表情には、すでに百戦を終えたかのような疲労の色が浮かんでいた。


「コケーコッコッコッコ‼」


 不意に怪獣の嘴が開いたかと思えば、そこから見覚えのある姿が現れる。


「貴様らが調律の巫女一行か! コケケ、今日からこの想区はコッコちゃん一族の植民地よ! 我が一族の最新兵器、メカコッコちゃんロボで邪魔者は踏みつぶしてくれるわコケッケッケッケー‼」


 言うだけ言って黒鶏はメカコッコちゃんロボの中に引っ込む。


「……帰っていいですか?」


「シェイン⁉」


 正直その気持ちは分からなくもなかった。


「まぁ1割は冗談ですよ。前回は散々好き勝手されましたからね。今度こそはキッチリぶっ飛ばして上げましょう……!」


「当たり前だ。我らに仇なす獣に礼など不要。完膚なきまでに叩きのめす」


「言うねぇおにーさん。じゃあ僕も本気だそっかな」


「皆、油断だけはするなよ。実力だけはある相手だからな」


「よし、全員やる気は十分だな! そんじゃまぁ……」


 タオが大剣をメカコッコちゃんロボに向け、高らかに言い放つ。


「タオファミリー、久しぶりの喧嘩祭りの始まりだ!」







『全員まとめて吹き飛ばしてくれるわぁぁぁっ』


 メカコッコちゃんロボの両肩の砲門がエクス達に向けられ、間髪入れずに砲弾がそこから放たれる。

 しかしその程度の攻撃を喰らうエクス達ではない。


「先陣は俺が切らしてもらうぜっ。『鬼炎烈轟』!」


 砲弾を避け、跳躍したタオが空中で大剣を振るう。生じた焔は一直線に宙を走り、メカコッコちゃんロボの頭部を包み込む。


『あつ、あつっあついあついあつい!』


「おにーさん!」


 メカコッコちゃんロボがあたふたしている隙を逃さず、サードがクロヴィスに向かって走る。


「しっかり決めろよちびすけ」


「もちろん!」


 クロヴィスが手を組み、そこにサードが足を乗せる。思い切り跳ね上げられたサードは、数秒でメカコッコちゃんロボの上空、十数メートルの高さに到達する。クロヴィスの膂力だけでなく、サードの身のこなしがあって初めて成立する荒業だ。

 しかし2人の連携はまだ終わらない。クロヴィスの魔導書から膨大な魔力が溢れ出したかと思えば、メカコッコちゃんロボの真上、そしてサードの真下に巨大な雷球が出現した。


「うん、タイミングばっちり♪ それじゃいくよ!」


 サードがつば広帽を振り上げると、それは一瞬で大槌に姿を変える。


「『ピカレスク・ロマン』!!」


 振るわれた大槌は雷球、そしてメカコッコちゃんロボにまとわりつく炎を巻き込み、その頭部を打ち据える。閃光、爆音、そして爆発。荒野は一瞬極彩色の世界に彩られた。


『ぐぅぅ……なめるなぁっ』


 しばらく頭を振っていたメカコッコちゃんロボだったが、その背に生えた棘が一層激しく蠢き、そして――。


『コッコちゃんミサイル発射ぁ!』


 その全てが一斉に射出された。百を優に超える数のミサイルが、エクス達に襲い掛かる。


『コッケッケ、自動追尾システム搭載のコッコちゃんミサイルから逃れられると思うな!』


「皆、私の後ろに避難を」


 エイダが一歩前に進み、弓の代わりに盾と槍を構える。


「逃れる必要などないさ。私が――皆を守り抜く!」


 エイダが槍を天高く掲げると、彼女を守るように茨の塔が出現、さらにそれを覆うように竜巻が荒れ狂う。


「『ガーディアン・オブ・ユッセ』!」


 2重の防壁に阻まれたミサイルは、エクス達にその破片を届かせる事さえかなわず散っていった。


『コケケ……大人しく潰れていればいいものを生意気な……!』


 メカコッコちゃんロボが反転し、その尾でエクス達を吹き飛ばそうとする。

 が、それより早く、エクスとシェインがその足目掛けて走っていた。


「同時に落とすぞ!」


「了解!」


 シェインがコネクトしたのは美麗の剣士、鬼姫。エクスがコネクトしたのは硝子の騎士、リヨン。2人の放つ必殺技が、メカコッコちゃんロボの膝関節をほぼ同時に破壊した。


『なぁっ⁉』


 立っていられなくなり膝をつくメカコッコちゃんロボ。こうなってしまえば尾を振り回せる範囲ははるかに狭くなり、両肩の砲門で反撃しようにも巨体ゆえに振り向くには時間がかかる。唯一の反撃手段だった背中のミサイルはすでに使い切っているため、メカコッコちゃんロボは無防備な後ろ姿をさらしたまま、背後にいる2人の攻撃を待つ事しかできない。


「いけ、エクス、シェイン! 派手に決めちまえ!」


「言われなくても!」


 背後に回り込んだ2人は一度コネクトを解除し、栞に宿ったもう1人のヒーローにコネクトし直す。


『馬鹿な……こんな、こんな事がっ……!』


「おふざけは終わりだ。『シャーウッドの疾風』!」


 シェインのコネクトしたロビンフッド。彼が放つ束ねた三本の矢が槍となり、狙った場所を正確に穿つ。

 それはメカコッコちゃんロボの首元。すなわち、頭部と胴体の間。


『まさか……⁉ や、やめろやめろやめろー!』


「これが僕の……僕“たち”の力だ!」


 エクスのコネクトしたカオス・ジャックが手に持った槍を突き出す。その動きに合わせ、地面から出現した巨大な蔦がメカコッコちゃんロボの首元に突き刺さった。

 直前の一矢でひびが入っていたそこが、ジャックの放つ一撃に耐えられるはずもなく。破砕音と共に、切り離されたメカコッコちゃんロボの頭部が宙を舞った。

 制御部を失った胴体は活動を停止。ゆっくりと地面に倒れ伏す。


「グゲケ……、我がメカコッコちゃんロボがこんなあっさり……。仕方ない、ここは戦略的撤退を――」


「させると思うか?」


 メカコッコちゃんロボの嘴から外に這い出た黒鶏の首筋に剣が付きつけられる。

 黒鶏が恐る恐る顔を上げると……そこには不敵に笑うタオの顔があった。

 タオだけではない。その後ろにはクロヴィス、エイダ、サード。さらにコネクトを解除したエクスとシェインがこちらに向かって歩いてくる。


「………………コケー」


 もはや逃げられる可能性は万に一つもないと悟ったのか、黒鶏がガックリと首を垂れた。









「……で、こいつの始末はどうする?」


 それから数時間後。神殿内の庭に、縄でぐるぐる巻きにされた黒鶏が投げ出された。


「コケ―! 我を誰と心得るか! 触れるな、見るな、我の清浄な魂が穢れるだろうが!」


 じたばたと短い脚と翼を動かしてもがく黒鶏。


「お嬢、仏の顔も三度までって諺があってだな。前にお嬢を襲った時、ジャバウォックと結託した時、そして今回で3度目だ。今度こそきつーくやらないとダメなんじゃないか?」


「3度目だと⁉ 馬鹿を言うな鳥頭共! 3歩歩けば直前の事を忘れる貴様らの頭のせいで身に覚えのない罪をかぶせられてはたまらんわ!」


「……!」


「エイダ落ち着いて落ち着いて! とりあえず弓を下ろそう!」


 エイダを止めていたその時、エクスは黒鶏の発言の違和感に気づく。


(いらん罪……? まさか本当に前にここに来たことを忘れているのか?)


「私もタオ兄の意見に同感です。この人……いえ、この鶏の懲りなさと馬鹿っぷりは十分知っているので。ましてまで見つけてしまえば……」


 紙の束を片手に、シェインが庭に入ってくる。メカコッコちゃんロボを倒した後、シェインだけはロボを調査すると言って荒野に残っていたのだ。


「こんなもの?」


「メカコッコちゃんロボの頭の中に、これが入っていました。おそらくロボを操縦するための説明書でしょう。ただ問題なのはそれではなくて」


 最後の頁を見てください。そう言ってシェインがレイナに紙束を手渡した。


「最後……えーと製作、株式会社M・T・C、代表取締役ハッタ……?」


 レイナの顔がみるみる青くなっていく。


「シェイン、一応確認するけど……」


「はい。十中八九、不思議の国のアリスに出てくるハッタさんでしょうね」


 株式会社MマッドTティーCクラブ

 突っ込みどころは山ほどあるが、その全ては「マッドティークラブだから」で片づけられる。いや、片付けるしかない。


「行動力だけは無駄にあるあの人たちと、力だけは無駄にあるこの鶏……。放っておけばジャバウォックさんとのコンビと同等、もしくはそれ以上の脅威になる事は間違いありません。後顧の憂いを断つ意味でも、ここで決着をつけるべきです」


「それには俺も同意だ。神はこう説いておられる。焼くべきか揚げるべきか、それが問題だ――と」


「おにーさんの信じる神様ってグルメなんだね……」


「……じゅるり」


「ひぃっ⁉」


 場の空気が固まりつつある中、先程から感じている違和感の正体を探っていたエクスは、空に浮かぶ黒い物体に気づいた。


「みんな、あれ……!」


 浮いているというよりは、エクスが空に目を向けたちょうどその瞬間に現れたようなその物体は、自然の摂理に従い落下してくる。最初は、スイカほどの大きさだったそれはどんどん大きくなり……。


「こんの、バカ者があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


「コケェェ⁉」


 落下の衝撃で舞い上がった土埃が晴れた後、そこにいたのは。


「なっ……」


 その黒い威容、紅い翼、鋭く尖った嘴、頭頂部で揺らめく蒼い炎。地面に転がっている黒鶏と瓜二つの怪鳥は、空に向かって啼く。


「コケーコッコッコ! 我こそは、きぃぃんぐ、ぶるぁぁぁぁっく、コッコちゃんである!」


「コッコちゃんが……2匹……⁉」


 絶句するレイナ。


「全く、我の忠告も聞かず勝手にメカコッコちゃんロボを出撃させよって! 挙句大事な機体を破壊されこの様か!」


「も、申し訳ありません父上……」


「父上ぇ⁉」


 シェインがらしからぬ素っ頓狂な声を上げたのを聞き、キングブラックがエクス達の方に向き直る。


「久しぶりだな調律の巫女一行! 改めて名乗ろう、我はキングブラックコッコちゃん! そして」


「我はきぃぃんぐ、ぶるぁっく、コッコちゃん、ジュニアである!」


 地面に横たわったジュニアが羽をばたつかせ胸を張る。よくよく見比べてみれば、父親より一回り小さく、頭に小さなコッコちゃんが乗っていない等の違いに気づく事ができた。


「増えた……」


 タオが小さくそう呟く。わずか3文字の言葉から彼の心中が痛いほど伝わってくるのはシェイクスピアの指南のおかげ、というわけではないだろう。


「それで、また性懲りもなく僕たちに戦いを挑みに来たわけ?」


 ハットを取ったサードに対し、キングブラックは羽を振る。


「そう警戒するな。今日はこの愚息を連れ戻しに来ただけだ。全く……根は悪くはないのだが少し直情的すぎるなお前は」


 キングブラックが嘴を器用に使ってジュニアの拘束を解除する。


「さぁ、行くぞジュニアよ。


 ……帰ったら今日のデータを基にメカコッコちゃんロボMarkⅡの作成に取り掛からねば。それが終わったらすぐに量産を始め、フィーマンの想区への侵攻を……コケケ……!」


 振り返ったキングブラックはとびっきりの爽やかな笑顔で振り返り、


「それでは我々はこれで失礼させてもらおう。サラダバー、もといさらばだー!」




 ………………。


「全部丸聞こえよ! もう怒った! あなたたち、覚悟しなさい!」


 レイナが創造主の力を解放し、現れた両手杖を2匹に向ける。


「しまった⁉ スーパーコッコちゃんワー――」


「調律者の奇跡!」


「「コケェェェェェ⁉」」


 レイナの放った魔弾がキングブラックに炸裂し、派手に爆発。しかし爆炎が消えた後、そこには数枚の黒い羽が舞っているのみだった。


「くっ……、でもまだ遠くには行っていないはず。この想区から逃げられる前に、なんとしても捕まえるわよ!」


「承知した」


「僕はブレーメンの皆に知らせてくるよ」


「俺は南の方を探そう。タオ、お前は北を頼む」


「おう!」


 素早くそれぞれのやる事を決め、タオたちは走っていく。


「じゃあ僕は神殿の中を……」


「エクスさん」


「? どうしたのシェイン?」


 エクスの腕をシェインがつついた。


「いえ、さっきコッコちゃんに向かって何か言いかけてませんでした? 姉御が攻撃する前」


「あぁ、その事か。あれはもういいんだ。……あれだけ騒がしい仲間がそばにいるなら、きっと、もう寂しくないかな」


 その時、神殿の南側から轟音がした。そちらに振り向くと、次々に雷撃が空に向かって打ち出されているのが見える。


「見つかったみたいだね。僕らもいかないと!」


「がってんです」


 











「……とまぁそんな事があったわけだ。まったく奴ら、加減というものを知らんのか!」


「まぁいいではないか。その屈辱はあのなんちゃらロボで返してやればいいだろう。量産はもう始まっているのか?」


「それなんだがな……。あの3バカ、設計図を失くしたとか抜かしよった! おまけに機体と取扱説明書はあっちに残してきてしまったし……」


「だからやつらを頼ると碌な事にならんと言ったのだ……。まぁそんな事はどうでもいい。あいつはどうだった?」


「あいつ? あぁあのモブ男か。相変わらずパッとしない奴だったぞ」


「……そうか」


「なんだ、あやつの事が気になるのか? だったら今度連れてきて……」


「うるさい」ガブッ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ、何をするコラ、やめろ、牙を食い込ませるな! いやほんとに勘弁し……コケェェェェェェ‼」




             <終>




 

 


 


 

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