第2話 人物画土器片

 青森の冬は長い。雪に閉ざされ、鬱々した日々を過ごす。

 それは現代でも縄文でも変わらない。雪が解け、春が芽吹くと、それはもうとっても喜ぶ。喜ぶのは人間だけではない。雪が解けた水に湿った土がそこかしこで香り、蓋をしていた雪が無くなったことで開放感に溢れたフキノトウやツクシ、色んな草花がぽこんぽこんと顔を出し、まさに春爛漫といった感じ。

 そんな喜びに溢れかえった春。ムラの雪が解けきってから最初の満月の夜、ムラではお祭りをする。

 昼過ぎからお祭りの準備が始まった。六本柱の横の広場で、大きな土器にいくつも、ごちそうを作っている良い匂いがムラ中に広がっている。

 この時代、ごはんは基本的にお鍋、具だくさんスープと言っても良いけど。食材を切って、土器に入れて煮る。シンプルイズベスト。でもこれが結構美味しいんだ。

 私が時間トリップだとか憑依だったらまた違うのかもしれないけど、私は転生で、生まれてからずっとこの味で育ってるから、素材を生かした旨味たっぷりのスープは充分美味しい! 正直のカレーの味とか、もう覚えてないし。

 しかも、春のごちそうは一味違う!

 春になってスープの具が増える上に、冬を乗り切る為に秋に蓄えた栗の、残っている分の多くを粉状にして、そのスープに投入するんだ。

 とろりととろみのついたスープは、ただのスープではなくまさにシチュー! 具の出汁が出まくった上に栗の甘味の加わったスープは、春のお祭りぐらいでしか食べられない、まさにごちそう!

 ごちそうの匂いを嗅ぎながら、思わず広場へ向う足取りが軽くなる。何を隠そう私の持っている枝たちは、このごちそうを作るために必要なのだ、使命感も強くなるってもんさ。

「薪の追加でーす!」

 広場に入ると大声で言う。すると、自身のお腹くらいまである大きな土器の中身をくるくるかき混ぜていたおばさんが、「男たちがイノシシ捌いてるから、そっちに持って行って」と返した。私は「はーい」と返事をすると、広場の真ん中辺りでイノシシを囲んでいる男の人達の所へ向う。

 イノシシなんていつ以来だろうか。そう考えると、自然と口の中に唾液が溢れる。

 縄文時代といったら、シカやイノシシのイメージが強いけれども、このムラの周りには全然いない。だからイノシシは他のムラから運ばれて来るか、ウリボーの状態で連れて来たやつを育てるかしないといけない。今回のはウリボーから育てて、食べ頃になった子。ウリボーの頃は可愛がったりもしたから、悲しい気持ちが無いわけではないけど、まさに背に腹は代えられないのだ! なむなむ。

「薪持って来ました!」

「おお、有り難う」

 声をかけると、一人のおじさんがイノシシの血の着いた手を上げて応える。

 現代じゃ、スーパーには精肉された肉が並んでいたし、動物を解体するところなんて知らなかったけど、今じゃすっかりこの光景にも慣れてしまった。この状態をしっていると、本当に命を頂いているって感じがする。

 さて、このイノシシ焼きチームには、まだまだ薪が足りない。火を着けるには小枝が沢山いるのだ。もちろん私以外にも取りに行っているけれど、私ももう一回行った方が良さそうだ。美味しいごはんの為なら、頑張りますとも!



 夜、日もとっぷり暮れて、真ん丸なお月様が空の高い所に昇って来た。

 お祭りとは言っても、難しいことは基本的に無くて、春が来たことを祝ってごちそうを食べて騒ぐ感じ。だけど、春が来たことに有り難うと、今年も沢山恵みをくださいというお願いを込めて、祈りの舞いを奉じる。

 そしてなんと、その舞いを踊るのは私の役目だったりする。

 だから、結構しっかり身だしなみを整えている。

 頭には長い鳥の羽を着けて、首には翡翠に穴を開けて作ったペンダント。手首には貝のブレスレットもしている。服は鹿の毛皮で、普段の服には入っていない模様が入っている。

 そして極めつけ、顔と身体には漆を赤くする顔料でペイントしている。

 準備は万端。しかしその所為で、ごちそうをまだ食べられていないのだ。悲し過ぎる。

「マホ!」

 名前を呼ばれて振り返る。同世代の友達が、数人いた。

「わっ! すごいね、感じ出てる。カミサマみたい」

 褒められて嬉しいは嬉しいけど、これのお陰でまだごちそうを食べられていない、お腹ペコペコの私は思わず愚痴る。

「でも私、こんな恰好してるからまだごちそう食べられてないんだよねぇ」

 私がプリプリしながら言うと、一人が他人事ながらショックを受けた様に言う。

「あの美味しいイノシシのお肉を、食べてないの!?」

「食べてないよ、食べたいよ!」

 私が返すと、何人かが揶揄って来る。

「あんなに美味しいのにな」

「お前が行った時には、もう無くなってるんじゃないか?」

 そんなことあってたまるか!

「本当にそうだったら、許さないからね!」

 何時の時代も、食べ物の恨みは恐いのだ。私のガチの剣幕に、皆がどうどうと宥める。

「まぁまぁ、さすがにマホのは残ってるって」

「そうそう」

 そうじゃなかったら、二度とやらないからね、こんなこと!




 お月様が一番高い所に昇って、遂に私の出番だ。

 木でリズムを打ち鳴らし、歌が響く。現代で聞いた流行りの歌とも、授業で聞いた日本の古い歌とも違う、不思議なメロディー。でもノれる。

 祭りの踊りに決まった振付は無い。音に合わせて、心の赴くまま踊る。私は結構、前世の幼少期からこういうのが好きだった。小学校の低学年くらいまでは、所構わず音楽に合わせて踊っていたらしい。今世でも、その才能は受け継がれている。

 前世でダンスを習っていたいわではないけど、体育の授業でダンスはやった。その時に聞いた、「手足をしっかり伸ばすと綺麗に見えるよ」という言葉を、踊る時にはいつも思い出して意識している。今、私は綺麗だろうか?

 踊る、踊る、音に合わせて、手足を伸ばして、綺麗に見える様にして。心の赴くまま、くるりと回り、そしてジャンプ!

 今だけは、イノシシのお肉が残っているかとか、そんなことも忘れて、踊る。




 祭りから一夜開けて、今日は土器を作っている。多くは女の人だけど、男の人もちらほらいる。

 私はとりあえず、輪っかにした粘土紐を積み上げて、良い感じのサイズにするところまで出来た。次は中と外を滑らかに均す作業だ。特に中はしっかりやらないと、水が漏れてしまっては使い物にならない。大事な作業だから、取り掛かる前に一休み。

 一息吐きながら、ぐるりと周りを見回す。それぞれのペースで真剣に、でも楽しそうに作っている。

 土器は焼く前にしっかり乾かさないといけない。今日明日ですぐ出来るものではないので、結構皆のんびりしている。

 ふと、一人の男友達の作業に目が止まる。表面を均して滑らかにした土器に、細い木の枝を使って何かしている。やり易い持ち方を試行錯誤しているのか、時々枝を持ち替えている。

 現代で見たなら、文字なり絵なりを書いていると思うが、私が知る限り縄文時代に字は無いし、縄文の人達って意外と絵はほとんど描かない。粘土ではあんなに色々作るのに。

 それはともかく、何をしているのか好奇心が湧く。

「何してるの?」

「うわっ!」

 後ろから声をかけると、失礼な程に驚いてあたふたし出した。私が彼の土器を覗き込もうとするけど、彼の身体が邪魔で見えない。

「な、なんだよマホ?」

「いや、何してるのかなと思って」

 今度は明確に、身体で隠して来た。

「な、何だって良いだろ。あっち行けよ」

「え~良いじゃん、ちょっと見せてよ」

「嫌だよ!」

 断固拒否の構え。いけず! 思わずむくれる私の身体の向きを変えさせながら、彼が言う。

「もういいから戻れって。あんまりほっとくと、お前の乾いちゃうぞ」

 おっと、それはいけない! 私は自分の作りかけの土器のことを思い出し、そっちへと戻って行った。

 後で土器の表面を均している時、見せてもらえなかったことを思い出したが、目の前の作業に集中したので、まいっかと流した。

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北のまほろば 橘月鈴呉 @tachibanaduki

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