救済
北の魔女を殺した時のことは断片的にしか覚えていない。深夜、帰宅した北の魔女をリビングで待ち伏せした。サオリが話しかけ、あたしは後ろから近づいた。
金属バットを両手でしっかり握ろうとしたけど、力が入らなかった。手だけじゃない腕の感覚もなかった。まるで夢を見ているように、重さや触感がない。それでも必死にバットを持って振り上げた。
バットを後頭部に振り下ろすと、ごつ、という音がして手に重い感覚があった。北の魔女が前のめりに倒れた。それからバットの当たったところから血がどくどくと流れ出した。北の魔女はまだ生きていた。なにか言いながら、立ち上がろうとする。あたしが躊躇していると、サオリがあたしの手からバットを取って、北の魔女の顔を横からバットで殴った。今度はごきりと言うと音がして、顎がおかしな形に曲がって、北の魔女は床に顔を伏せて動かなくなった。サオリは何度も頭を殴りつけ、そのうち首から上はぐちゃぐちゃになってもう顔だかなんだかわからなくなった。
「これできっと死んだ」
サオリはそう言うと、曲がったバットを床に捨てた。
あたしたちは死体を風呂場に運んで解体して、近所の川に捨てた。あらかじめリビングにはビニールシートを敷いておいたので、掃除は簡単だった。
でも、北の魔女はそれで終わったわけではなかった。
あたしたちは七回も北の魔女を殺した。あいつは七回も蘇ってきたのだ。悪夢だったけど、嫌ではなかった。だって魔女を殺すのは気持ちいい。南の魔女を殺したらきっともっと気持ちいいに違いない。
北の魔女を七回殺して、八回目がないことを確認したあたしたちは、南の魔女を殺す方法を相談し始めた。その矢先、あっけなく終わりが来た。サオリが自宅でODし、心不全で死んだ。死ぬつもりはなかったのだと思う。だって、死ぬつもりならあたしも連れて行ってくれたはずだ。
彼女の呪いは確実に彼女の家庭を壊した。あたしも母を殺してサオリのいるところに行く。
昨晩、あたしは使い魔を手に入れた。
弟が自慰しているのはわかっていた。その最中にドアを開け、あわてて隠した股間から手を払いのけると、「してやろうか?」と唇に噛みついてセックスした。
弟に南の魔女を殺す手伝いをさせる。
「お姉ちゃんを助けるために戦ってちょうだい」
耳元でささやくと弟はうなずいた。
「あいつは七回生き返るから、七回殺さなきゃならない。でも七回で死ぬから安心して」
ただし、死ぬのはあたしなのだけど、それは秘密だ。サオリは北の魔女を殺し、あたしは南の魔女を殺して、涅槃で再会する。それから時のない空間で愛し合うのだ。それだけが魔女の救済だ。
了
水底の魔女たち 一田和樹 @K_Ichida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます