サバトの代償

 あたしたちはそれから毎日放課後、カラオケに行き、歌を歌いながら一家惨殺計画を練った。いや、妄想したと言った方がいいかもしれない。サオリの話には具体的なことはなく、ただ思いついたことを口にするだけだったので、それを実行するのは不可能だったのだ。あたしが現実にできる方法を考えようと言うと、サオリは決まって答えた。

「あたしたちは魔女なんだから、そんなこと考えなくていいんだよ」

 サオリの頭の中であたしたちは魔女なのだった。彼女がどこまで本気だったのか、正気だったのかわからない。でもあたしは確実に狂気に蝕まれる快感に酔っていた。


「あんた、最近いつも帰りが遅いじゃない。なにしてんの?」

 ある日の夜、母があたしの部屋にやってきた。あたしはなにか答えようとしたが、声が出なかった。ただ、黙って母に目を向ける。醜く老いた昔女だった生き物だ。今は劣化して人間以下になっている。

「なにしてるのか答えな」

 母はそう言うと部屋に入ってくるなり、頬を叩いた。全身が硬くなって動けなくなった。恐怖と怒りが同時に湧いてくる。

── 殴られる。殺される。犯される。死ね! 殺す!

「黙ってないで答えなよ」

 母はそう言うと、あたしの椅子の背を蹴飛ばした。ガンと音がして椅子が揺れる。怖い。

「友達」

 それだけ言うのが精一杯だった。

「ふん」

 母はそう言うと部屋を出て行った。

 ほっとした。母は、弟がいれば居場所を確保できるからあたしにこだわらなくなった。それはうれしいことでもあり、ひどく屈辱的なことでもあった。


 やがてあたしはサオリの家に遊びに行くようになった。父親は海外に単身赴任、母親も働いていて家には家政婦とサオリしかいなかった。4LDKの広いマンションにサオリひとりだけなのだ。うらやましかった。そこにはさらに素敵なものがあった。魔法はウソじゃなかった。

「魔法の薬を手に入れた」

 魔法の薬とは向精神薬と睡眠薬だ。サオリも母親も精神科に通っていて、さまざまあ種類の薬を持っていた。最初は怖かったけど、一度やったらもう離せなくなった。アルコールで薬を流し込むと顕現する世界は怠惰で魅力的だった。そこにはあたしたちふたりしかおらず、ぼんやりした境界のない世界で口づけした。

 あたしたちはサオリの部屋を魔女らしく地獄にした。魔法の薬のもたらす多幸感の中で黒と赤の家具を注文した。まるで黒ミサの会場のようになった部屋で妄想の魔法の世界で敵を殺す方法を考えた。

 夜が開けると魔女らしくあたしたちは力を失った。薬の副作用のせいで、頭は重く、胸の奥から形のない不安が広がってくる。身体も重く、起き上がることさえつらい。これがサバトの代償だ。起き抜けの薬で少しは緩和されるものの、やる気と力がないのは元からなので治らない。

 みんなが高校進学や恋愛やゲームのことを話している間、あたしたちは北の国の狂った魔女の話をしていた。サオリの母親のことだ。北の魔女は夜毎、愛人のコウモリと遊び回っているらしい。サオリはコウモリの姿を何度か見かけたことがある。コウモリは北の魔女をサオリのマンションまで車で送ってくるのだ。ふたりが抱き合ってキスする様子をサオリはベランダからながめていた。もちろん写真も撮った。

「ずたずたに顔を引き裂いて、子宮を引きずり出す」

 サオリは酒と薬がまわってくると、涎をたらしながらそう言った。女優のように美しいサオリの母親の顔がずたずたになり、下腹部から内臓がぶちまけられる姿を想像すると、なぜかとても官能的な気分になった。

「すごく金をかけてるんだ。そのために働いてる。美容に金をかけなきゃ働く必要なんかないんだ」

 どの魔女はなにかに取り憑かれている。北の魔女は「美」に、南の魔女は「居場所」、あたしたちは「死」だ。南の魔女というのはあたしの母のことだ。あいつは自分の居場所を作るためならなんでもする。そのためだけにあたしを生んだ。

 サオリはあたしたちは水底の魔女だと言った。空気と音のない世界に漂う見えない存在。呪いだけが流れとなって、水中を駆け巡って出会うものに取り憑いて殺す。決まった姿を持たない美しい泥だ。


「腕を出して」

 ある夜、北の魔女の処刑方法を話した後にサオリが言った。なにをするのかはわかっていた。あたしの腕に針を刺して血を抜くのだ。不安と恍惚で頭がいっぱいになり、なにも考えられなくなった。

 あたしが無言で腕を差し出すと、サオリは注射器を刺した。冷たい針の感覚が走り、びくっとするが我慢して動かないで射ると、注射器のシリンダーにすうーっと血がたまってゆくのが見えた。まるで魂を吸い取られるように、あたしは動けなくなった。不安は消え、腕から全身に快感の波が広がる。

「ヤバい顔してる」

 サオリが笑って注射器を抜き、小さな薬瓶に吸い取った血を移す。

「あたしたちの血をまぜて飲もう。儀式だよ」

 そう言うと自分の腕から血を抜いてあたしの血とまぜた。そしてそれを口に含むと、あたしに口移しで飲ませてくれた。むっとする生臭い匂い、鉄のような味。もう戻れない。あたしはこれから北の魔女と南の魔女を殺して、あたしたちも死ぬのだ。この世にあたしたちの生きる場所はない。そう思うと、ぞくぞくして笑いがこみ上げてきた。生まれて初めて笑ったような気がする。

 血の交姦をした後、あたしたちはしばらく抱き合っていた。サオリの体温が服を通して伝わってきて、それがひどくいやらしく、あたしは目眩を覚えるほど興奮してしまった。

「タオル持ってくる」

 サオリはそう言って立ち上がった。ティッシュがそこにあるのに、と思ったが、そうではなかった。

「着替えもいるよね」

 あたしの股間からぬるぬるしたものがあふれだして、カーペットを濡らしていた。一瞬、それがなにかわからなかった。あたしは狂っている。すぐに頭に浮かんだのはサオリに嫌われるかもしれないということだ。あたしは立ち上がったサオリを見た。

「タオルもいらないや。ねえ、あなたの魂をちょうだい」

 サオリはそう言うと、答えを待たずあたしを乱暴に押し倒した。


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