ゲームしよう!

緑月文人

第1話

 森の奥深くに古めかしい洋館がひっそりとそびえたっている。

「大嶽丸の旦那!玉藻の前!」

 その一室に、垂れ込める静寂の帳を破るような大声。若々しい張りのある男の声だ。

 声の主の体躯も豪快なほど大きい。燃え盛る火炎のように癖の強い赤い蓬髪もまた、豪快な印象をより強めていた。異国人めいた彫り深く端整な顔の中で、爛爛と輝く大きな双眼が一際目立つ。

 その声と眼差しを向けられているのは、椅子に腰かける一組の男女。


「・・・何か用か、酒吞童子」


冷えた声で問いかけたのは流れるような黒髪を背まで伸ばし、黒い和装に身を固めた若い男。酒吞童子とは対照的に細身だが、ひ弱な印象はない。

 武人のように固く引きしまった体つきが醸す隙のない冷ややかな風情と、公家のように線の細い秀麗な容姿が違和感なく馴染んでいる。 


 もう一人は若い女。結わずに背に流した髪は色素が薄い。銀にも金にも見える、透き通った月明りのような色合いの髪と淡雪色の肌。それらを引き立てるように、服装は色が濃い。簡素なデザインのブルーのシャツと濃紺のスラックスだが、それがかえって華奢で優美な外見を際立たせている。細面の中でよく目立つ切れ長の目を無言で赤毛の美丈夫に向けている。

 一見非の打ち所がない美形に見える三人だが、それぞれ異様な「何か」を備えている。

 二人の男の額からは、小ぶりの刃物のように鋭い角が。

 女の腰のあたりからは、木の葉のような形の尾が九本生えている。

 人とほとんど変わらぬ姿をしていながら、人とは異なる異形を持つ男女の中の一人。

 かつて、大江山に住まう鬼たちの頭領であった赤毛の美丈夫――酒吞童子は、堂々と宣言した。


「ゲームしよう!」

『・・・は?』

 満面の笑みで放たれたその発言に、男女は揃って間の抜けた声を上げた。


 酒呑童子・玉藻前・大嶽丸。

 しばしば古典文学等で登場し、その悪行でよく知られた妖怪たちの名前・・・だのだが。

 そんな凶悪さなどかけらも見えぬ様子で、なおも会話は繰り広げられていく。

「で、問題は何のゲームをするかなんだが・・・」

「ち・・・ちょっとお待ちください、酒吞童子殿」

 かまわず話を続ける酒吞童子に、制止をかけたのは色の白い麗人――玉藻の前である。

「ん?もう何かやってみたいゲームの要望が?」

「・・・いえ、そういうことではなくて」


 頭痛をこらえるように額に手を当てる玉藻の前。かつては天下一の美女とも国一番の賢女とも謳われた白面金毛九尾の狐の化身。

 その聡明さと共に『曇りなき玉のよう』と称えられた白い美貌が、今は困惑に曇っている。

「そもそも・・・なぜゲームなのです?」

「だってなあ・・・外は暑すぎるし。個人的に楽しみにしてた日曜九時から始まるTV番組も、今年の春に終わってしまったし」


  2020年、季節は夏――

 色濃く鮮やかな蒼穹から降り注ぐ日差しは、確かに少々強すぎる。日が落ちて暗闇に包まれてなお、昼間の熱気がしつこくわだかまっている。

とは言え酒吞童子の恰好は、他の二人と違いシンプルでラフなTシャツとズボンで涼し気な服装なのだが。


「・・・いや、だからと言ってなぜゲームなのだ?」


 呻くような声で突っ込んだのは、公家のように線の細い青年――かつて鈴鹿山に住まう鬼神であった大嶽丸である。鼻梁の通った面長の白い顔には、玉藻の前と同じ困惑が浮かんでいた。


「俺たちを元に作られたキャラクターが出るゲームが結構多いんだよ。やってみるのも面白いだろ?」

「元に作られたキャラクター・・・?」

「そう、えーと・・・ほれ」


 と酒吞童子がひょいと取り出した機械の画面を見せる。


「・・・なんだ、それは?」


 大嶽丸が眉をひそめて問うと

「スマートフォンだよ」

「す・・・すま・・・?」

「人間のふりするには姿形だけ似せるんじゃなくて、こういうのもある程度知ってないと駄目だぜ」

「我は汝のように、人の町にちょくちょく出向いているわけでは・・・」

「あ、そうそう。これとか・・・」


 スマホを操作して酒吞童子は、大嶽丸に画面を向ける。続く言葉をどうにか飲み込み、大嶽丸はいぶかしそうに画面をのぞきこむ。

 そこには、3本の刀を携えた少女のイラストが表示されている。長い髪をなびかせ頭には角が生えている。


「・・・これがなんだ?」

「これ、大嶽丸の旦那」

 ずるり・・・

 すさまじい衝撃に、大嶽丸は思わず椅子からずり落ちる。

「こ・・・これが我・・・なのか?」

「いやまあ・・・正確には、旦那の伝説を元に作られたゲームキャラクターなんだけどね」

 何とか衝撃から立ち直り、よろよろと椅子に座りなおす大嶽丸に、酒吞童子が飄々と答える。

「・・・なぜこんな若い娘の姿になっている?」

「さあ?俺も似たようなもんだよ」

「・・・な・・・汝もか?」

「ああ。・・・ほれ」

 またも酒吞童子が何やら操作し画面を差し出す。大嶽丸がおそるおそる視線を向ける。そこに映されていたのは、角が生えた姿からして鬼には違いない。違いないが・・・

 露出度の高い恰好の小柄な童女であった。


「・・・おい、大丈夫か。大嶽丸の旦那」

 再び椅子からずり落ちて、今度は床に突っ伏し中々起き上がってこない大嶽丸に酒吞童子が声をかける。

「・・・な・・・汝は、平気なのか?」

「いやまあ最初は、『え、俺が元ネタでこんな女の子が出来上がったの?ええ~!?』って思ったりしたけど」


 玉藻の前の手を借りてどうにか起き上がりながら大嶽丸がうめくように問うと、

 ぽりぽりと頭をかきつつ、酒吞童子は答える。

「まあ、旦那も見目の良い童子や公家に化けたことがあるんだから、女の子の姿に化けることもできるだろう?」

「ま・・・まあ確かにできないことはないな・・・実際にやったことはないが」

 椅子に座りなおしながら、大嶽丸は若干狼狽の余韻が残る声で答える。

「あ、そういえば・・・ほれこれ」

 酒吞童子はなおも変わらぬ調子で、画面を見せる。

 そこに映されているのは、茶色がかった薄紅の髪に覆われた頭から獣の耳を出し、柔らかそうな尾を備えたかわいらしい女の子だ。

「今度は誰だ・・・?」

「玉藻の前だ」

 若干辟易としながらも律義に問いかける大嶽丸に、酒吞童子は軽い調子で答える。

「私・・・ですか」

 自分の名が出るとやはり気になるのか、おそるおそる玉藻の前は画面をのぞきこみ・・・そのまま凍り付いたように動かなくなる。

「・・・えーと、玉藻の前?」

 元々雪のように白い面はさらに白く、乏しい表情さえも完全に抜け落ちる。蝋人形のように立ち尽くす玉藻の前を見て、二人の男は慌てだす。


「おい、酒吞童子!汝が妙なものを見せるからだぞ!」

「お・・・俺のせいなのか?ま・・・まあ、とにかく玉藻の前、気分がすぐれないのなら一度座って・・・い、いやどこかで横になった方が・・・」

「い・・・いえ、大丈夫です。問題ありません」

 狼狽しながら気遣う鬼たちに、玉藻の前はふと我に返ったように目を見張った後にこたえる。・・・若干声が震えていたが。他二人と違って性別が変更されることはなかったとはいえ、やはり自分とはかけ離れた外見のキャラクターを見るのは少なからず衝撃があったらしい。

「ただ・・・随分かわいらしく描かれているなと思って。私は『殿方を誑かす悪女』と認識されていますので」

「そんなこと言うなら、俺や旦那だって散々暴れまわった大悪党として認識されてるさ」

 玉藻の前がそう言うと酒吞童子は、気にするなとばかり手を振って答える。

「一昔前は、歌舞伎や能、人形浄瑠璃等でよく題材として取り上げられていましたが、今はこんな形で取り上げられているのですね・・・」

「まあ、ゲームに限ったことじゃないけどね。漫画とかでも使われたりするし」

 酒吞童子は肩をすくめながらそう答える。

「・・・どうせ、悪役だろうよ。人が作る物語など、自分が正しい側だと思い、下らん自己陶酔におぼれるだけのものだ」

「おいおい、大嶽丸の旦那・・・そんなひねくれたこと言うなよ」

 ぷいと顔をそむけてそんなことを言う大嶽丸に酒吞童子は苦笑する。

 ここにいるのは、『倒されて当然の悪』としてかつて華々しい英雄譚の為に倒された者たち。確かに悪役としてはちょうどよさそうだ。

 だが実際は、こうして肉体が復活した後も復讐や殺戮など考えずただひっそりと暮らすだけ――などど知られたら、物語を盛り上がらせるための悪役としては役立たずだ、と思われるかもしれないな。

 などど酒吞童子は考えて、苦笑を色濃くする。

「確かに敵や悪役が多いけど。味方として登場する作品も多いよ。こうして何らかの形で取り上げられて、色んな物語を生み出す元となっている。色んな見方から色んな物語が生まれて、そこからさらに新しい物語が生まれる。・・・て考えると、楽しいというか・・・ワクワクしてこないか?」

「・・・ふん」

 大嶽丸はかすかに鼻を鳴らすが否定の言葉は発さず。

 玉藻の前は、童女のように素直にこくりと頷いた。

「で、何のゲームをやるかなんだが・・・」

「別にゲームでなくてもよかったのではないか?」

「分かってないな、旦那。漫画やTVとは違う楽しみがゲームには・・・」

「それでしたら、ゲームの設定資料用に使用される書籍もあるようですし、今度図書館に・・・」

 あれやこれやと会話は続き。

 ――2020年、夏の夜はゆっくりと更けていく。











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