僕がある夏の大会を諦めた、戦略的な理由について

螢音 芳

暑くて熱い、最高の夏を求めて

「どうしてですか!」


 2020年、中学生最後の夏。熱と頭の痛みをこらえて僕は大会運営スタッフに向かって叫んだ。

 プレイ人口1000万人の頂点を決めるデジタルカードゲームの大会。限られた時間で環境を研究して研鑽を積み、幸運の末、ようやく上位8人までたどり着いた。だというのに。


「申し訳ありませんが、大会規約に基づき発熱、特に感染症が疑われる人の参加を認めることはできません」

「そこをなんとか!」


 僕は必死で食い下がる。

 カードゲームは性質上、勝利には運の要素が絡む。いかに研究して備えていたとしても、次、同じように勝ち上がることができる保証はどこにもない。


「若いわけだから、別に次の機会にでも……」


 しつこい訴えにイライラしたのか、スタッフが言葉を漏らす。それは僕の危惧を踏みにじる、今、最も言われたくない言葉だった。

 だから、その次の機会なんて――!


「はいはい、ちょっと待った」


 掴みかかろうとした僕の前を遮るように、男性の人影が現れた。

 文句を言おうとして、その人物の顔を見た瞬間、僕は硬直する。


「そんなに戦いたいなら、ちょっと外でやってみようか」


 その人物は、僕が研究で参考にしている、有名な動画投稿者だった。






 大会が行われている建物のロビーで、僕と彼はお互いのスマホを取り出して対戦した。

 結果は、散々だった。


「調子悪いな。予選大会見てたけど、その時の慎重さが無い」


 彼に指摘された通りだ。相手が弱い盤面を作ったことと、こちらに攻め手のカードが揃ったことで安易に攻め、返り討ちにあってしまった。

 体調がいつも通りだったら確実に警戒していたのに。

 熱による思考の回らなさを自覚して口惜しくなり、唇をかんだ。


「本調子じゃないし、初戦で負けるかもしれない。それでも、今の大会に出るからでこそ意味があるんだ」

「出たい熱意は買うが、だからといって殴りかかろうとしたり、掴みかかるのは絶対にやっちゃいけない。問題になったら、どうするんだ」


 叱るような言葉。駄々をこねても出れるわけがないし、最悪の場合、次の大会にすら出れなくなる可能性もある。そんな正論はわかっている。

 ただ、感情的に納得することはできない。


「不満たっぷりって顔だな。確かに、さっきの言葉でイラっときた気持ちもわかる。“次”なんて軽く言ってくれるけど、それがどれだけたいへんで幸運なことか。軽々しく言ってほしくは無いよな」


 僕と同じく、大会上位に勝ち残ったことのある彼が苦い表情で話す。

 実力者である彼でも上位8人まで上り詰めたのは2回ほど。準優勝や優勝という栄誉を手にしたことは、ない。プロのゲーマーが大会に参加しても、上位まで上り詰めれないなんてこともある。それは、このゲームで安定して勝ち続けることが、いかに難しいかを物語っていた。


「出れなくて悔しいってことは、このゲームが好きで入れ込んでる証拠だからな。なら、そんなお前にいい情報がある」


 彼はあることをこっそり耳打ちした。その内容に僕は目を丸くする。


「え?」

「漏らすなよ。まだ確定した情報じゃないし、世間の流れによっては頓挫するかもしれない話だ」


 なら、なぜそんな話を自分にしたのだろうか。

 にやり、と彼は企むように微笑む。


「与えられたリソースの中で勝利を目指して戦略を駆使する。そんなカードゲームと同じような、いや、もっと大きな戦略が今も展開されている。まだ勝ち筋も負け筋も見えない戦いが。そう考えるとこう、気分がアガるだろ?」

「いや、そんないい笑顔でカッコつけられても、話されたことと戦略がどう繋がるのかわかりません」

「おいおい、そこはニュアンスで察してくれよ」


 彼としてはいい事を言ったつもりなのかもしれないけれど、イマイチ要領がつかめない。


「まあ、何が言いたいかっていうと、目の前の餌につられずに我慢してよく考えろってことだ。カードゲーマーなら、それが勝ちにつなげるために大事なことくらい、わかるだろ?」


 からかうように言われた言葉。先ほどの対戦のことも合わせて非常に心に刺さった。

 素直に僕がうなずくと、彼が、よし、と微笑んで立ち上がった。


「じゃあ、もうとっとと帰って休めよ」


 そう言うと彼は会場へ向かって歩いて行った。


「出たかったけど……しょうがない、かな」


 後ろ姿を見つめながら、僕はぽつりと呟いた。不快な熱と消化不良の気持ちを抱えて。


 こうして、この年の僕の夏は終わった。



 ◇



 数年後、夏。

 僕は設立されたばかりの建物、その会見場に居た。

 報道陣が演壇を囲む中、僕はその外に佇む人々をわくわくした気持ちで眺める。


 人気シリーズを多数輩出しているゲーム企業のクリエイターやゲームプロデューサー、サウンドクリエーター。有名なアニメ脚本家にアニメ監督。人気声優に、アニメからヒットソングを生み出しているアイドルグループ。売れっ子のイラストレーター。

 ゲームやアニメ好きならその名前を知らない人はいないほどの、有名な人々。


 さらには、ゲームに関する様々な動画を投稿している、登録者10万人を超える人気動画投稿者。格闘ゲーム、音ゲーム、パズルゲーム、FPSゲーム、アクションゲームにカードゲームなど様々なジャンルのゲームの第一線を駆け抜けるプロゲーマー。


 他にも人々だけじゃなくて、周囲の壁に貼り付けられた協賛企業名。ゲーム会社はもちろんのこと、キャラカフェを展開するイベント企業。グッズの販売を専門にする企業。複数の動画サイトを運営する企業。アニメやゲームではピンと来ない人でもこの名前は知らない人はいない国を代表する家電企業に、テレビ局。


 影響力の高い、人々や名前が並ぶ雑多な空間。世界が動く気配を感じさせる場に、僕は居合わせている。


(ああ、これは確かにアガる)


 数年前、ある人に言われた言葉を思い起こして自然と頬が緩む。

 この人たちは全て今日の会見に関わる人達だ。


 そう、それは……。


 会場内が暗くなると、スーツを着たプレゼンターが演壇にあがった。


「皆さん、本日はデジタル系イベント特化型複合施設、イクスアリーナのグランドオープンに立ち会ってくださり、誠にありがとうございます」


 演壇の後ろのスクリーンにプロモーションビデオが映しだされる。


「このアリーナの特徴は大きく二つあります。まずは表現性の開拓。最新鋭の映像機器、音響設備を備えており、ライブやデジタルアート、ゲームイベント時の演出効果を高め、さらに迫力のある表現が可能となっております」


 様々なアイドルが映し出されるライブ映像、そしてデジタルアートによるカラフルな色彩によって描かれる美麗な光景。そして、eスポーツを対戦するプレイヤーと、立体的に映し出され、現実に命を吹き込まれたゲームキャラクター達。


「最新鋭のAR技術により、デジタルの世界をより身近に感じる未知の体験を提供することができます」


 周囲の観客が見守る楕円形の闘技場。そこでは剣や、拳がぶつかり、銃弾が飛び交う異世界が広がっている。


「二つ目の特徴として体験の手軽な共有化。ここに居ない観客へも未知の体験を、誰でも提供することが可能です」


 アリーナから自宅のテレビへと場所を移す。そこでは、VR機器を身に着けた人が異世界のコロッセオに迷いこんだかのように、迫力ある戦闘シーンを観覧する様子が映し出された。


「この施設には、大小様々なホールがあり、いずれにも動画投稿などネット配信できるよう撮影設備を整えています。この施設を拠点にして、複数の中継地点と接続し、編集、投稿をこの施設で行うこともできます」


 地図が表示され、複数の線がこの施設へと集約し、この施設から各地方へと送り出されるイメージ映像が表示されたところで、スクリーンの映像は終わった。


「この施設の完成にあたり、多くの方の尽力に感謝を述べさせていただきます。完成まで各企業やスポンサーによるイベント運営などの協力、そして、動画投稿者やプロゲーマーによるeスポーツの普及。これなくして、デジタル系イベントの需要が高まることはなかったでしょう」


 施設を完成させた人が声を震わせる。この人物がeスポーツの普及に向けて様々な企業と交渉した立役者であることが、昨日読んだ記事では書かれていた。


「この施設を設立するきっかけは、自分が長年籍を置いてきたゲーム業界をもっと広めたいと思ったことです。“楽しい”を求めて技術を向上させる、その価値を高めること……」


 プレゼンターが一度言葉に詰まる。再び顔を上げると、こちらにまっすぐに視線を向け、語りかけた。


「“楽しい”を開発する人々、 “楽しい”を広める人々、そして、思いっきり遊んで“楽しむ”人々。彼らの存在や行為もまた社会的な価値を生み出しているのだと、価値観を更新すべく、この施設を立ち上げました」


 ここに居る様々な人々、企業。全ては“楽しい”をより大きく広めるために。


 僕らは大きな戦略時代の中を生きている。


「さあ、難しい話はここまでにして、どうか皆さん、この新しい遊び場を擦り切れるぐらい遊び倒していってください!」


 プレゼンターがそう締めくくると、会場中から大きな拍手が沸き起こった。


 さて、ここからが僕らの出番だ。

 今日は、施設の稼働初日としてゲーム大会が催されている。その中の一つ、デジタルカードゲーム大会の決勝戦に僕は上り詰めていた。

 会見場内で対戦相手であると目が合った。


『よく勝ち筋をつなげたな』


 口元の動きからそう言ったことがわかる。

 数年前、悔しさを抑えて大会を諦めたこと。その行為がどれだけ大切だったか今ならわかる。

 もし、あそこで感情的になっていたら、自分はこの場に立てなかった。ましてや、暴力事件になっていたら、ゲームに対する世間的な悪印象を増やし、この戦略の妨げになっていたかもしれない。

 より大きな勝ち筋は何かを考え、技術だけじゃなく精神面にも磨きをかける大切さを知った。


 さあ、行こう。


 ここから僕の、暑くて熱い、最高にアガる夏が始まる。


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僕がある夏の大会を諦めた、戦略的な理由について 螢音 芳 @kene-kao

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