ステーキ券を使ったらミノタウロスに襲われた件

左安倍虎

コメがないなら和牛を食べればいいじゃない

(こんな紙切れ一枚でこの飢饉をどうしのげってんだか……ま、これでもあのケチな王にしちゃマシな方か)


 俺は目の前の紙片に目を落としつつ、心の中でそうつぶやいた。

 和牛ステーキ三食分、と殴り書きしてあるこの紙は、「迷宮王」ラーヴァ2世から俺たち貧民に支給されたものだ。

 ここ、バイア無主国は凄腕の冒険者だった前王ラーヴァ1世が建てた国だ。バイアは太古の魔王の呪いだとかなんとかで作物はろくに育たないが、ダンジョンだけは豊富に存在する。

 だから荒くれの冒険者だけが集まる無法地帯だったが、ラーヴァ1世は迷宮の奥底でみつかる貴重な薬草やら古代の宝物やらを交易品にして、この地に富と秩序をもたらした。

 周辺の国はバイアをまだ国として認めず、無主国と名づけ見下げていたが、ラーヴァ1世はかえってこの名を喜んで受け入れた。そんな中、不思議と東方の和王国だけはバイアと国交を結んでいる。この国はバイアのもっとも重要な交易相手だ。和王国の商人だけは、危険をかえりみずバイアにやってくる。


「和牛、ねぇ。エリック、お前さん食ったことあるかい?」


 隣を歩くランドーの顔を、うす暗い通路にかけられた松明が照らしている。頬のこけたその顔は、もう何日も奴が食い物にありつけていない証拠だった。


「和国の牛はうまいって聞くけど、まだ食ったことはねえな。ま、あそこの食いもんは魚もコメもどれもいいもんだが」


 バイアでは穀物といえばコメだ。和王国以外の商人はこの国には来たがらないから、どうしたって和王国の産物しか口に入らない。この国の冒険者は、ダンジョンには皆握り飯を持っていく。俺の好物は焼き鱈子の握り飯だ。あれを想像しただけで唾が沸いてくる。


「どうせならコメ券でもくれりゃよかったんだがな」


 そう言うと、ランドーが苦笑いをする。


「ないものねだりをしてもしょうがないさ。今はコメはバカ高いし、ほかの食い物もろくに売ってない。まさか和王国に飢饉と地震が一度にやって来るとは思わなかったよな」


 今、お隣の和王国は大きな危機にみまわれている。作物の育たないバイアの民は、稼いだ金で和王国から入ってくる食物を買わないと生きていけない。和王国の商人がほとんどやって来なくなると、備蓄のある金持ち以外はたちまち飢えに直面することになった。


「にしても、妙だと思わねえか?どうして若ラーヴァの野郎に楯突いた俺たちに、ステーキ券なんてもんが支給されるんだ」


 俺とランドーは半年前、ラーヴァ2世に直訴したことがある。悪徳商人に武器や防具の販売を独占させ、商品の値を釣り上げて俺たち貧乏冒険者を苦しめたからだ。俺やランドーはは投獄されたが、若王の側近が助けてくれたらしく、一月後には釈放された。


「ま、もらえるもんは病気以外、なんでももらっておくさ」


 ランドーが軽口をたたくと、前方に大きな鉄扉が見えてきた。その両脇に、甲冑で身を固めた衛兵が立っている。


「おそれ多くも陛下に楯突いた者たちだな。券をみせよ」


 居丈高に問いかけられ、俺とランドーは和牛ステーキ券を衛兵に渡した。


「この先に、お前たちの望む和牛がある。食べる前に少し運動してもらうことになるが、腹をすかした方がより肉のうまみも味わえよう」


 俺とランドーが顔を見合わせるうち、重々しい音を立てて扉が開いた。扉の奥は大きな部屋で、壁にかけられた松明の光も、十分に闇を払ってくれていない。


(ここにいる奴らは、全員が若ラーヴァに抗議した奴らだな)


 周りを見わたすと、そこにいる15名ほどの男女は皆牢の中で見知った顔ばかりだった。なぜ王は元罪人ばかりをここに集めたんだ?大体、牛肉なんてどこにも……と首をかしげるうち、部屋の中央で大きな黒い影が動いた。


「おいエリック、あいつはまさか」


 腰布一枚だけをまとった、たくましい裸身。四肢に盛り上がる筋肉。屈強な戦士の姿が、こちらに近づきつつあった。だが、その者の首から上は、人とは違っている。


「お前は……血斧のカルドスか」


 二本の角の下で爛々と光る紅い目。牛頭を持つその男は、冒険者時代のラーヴァ1世がもっとも頼りにしたミノタウロスの戦士だった。


「私を食らいたければ食らうがいい。この斧をしのぎ切れればの話だがな」


 低くうなるような声が部屋の中に響いた。皆が凍り付いたように、その場から動けなくなっている。当然だ。本気でカルドスを仕留める気なら、冒険者が50人いたって足りないだろう。


「そういうことかよ。肉がほしけりゃお前を殺して食えってか。若王らしい悪趣味なやり方だ」

「無駄口を叩くな。ゆくぞ」


 猛牛のように突進すると、カルドスは恐ろしい勢いで俺に向かってきた。振り下ろされた大斧を、俺は双剣で受けとめる。


「どうしたカルドス?お前の力はそんなもんなのか」


 つばぜり合いの格好になり、俺はどうにかカルドスの刃を支えていた。カルドスの額には血管が浮き上がり、肩には筋肉が盛り上がっているが、どうも様子がおかしい。カルドスが本気なら、俺の剣など叩き折れるはずだ。


「なあカルドス、お前、迷ってるんじゃねえのか」

「戯れ言を言うな」

「こんな戦いをするのがおまえの望みか?クソガキの命に従って冒険者を殺せって言われて嬉しいのか?先の王とは似ても似つかないあのろくでなしによ」

「私は先王陛下に息子を守ってくれと命じられた。先王の恩には報いねばならぬ」

「ここで俺たちを殺せばあのクソ王を守ることになるのかよ?」


 カルドスの斧の力が少し弱まった。明らかに動揺している。


「おかしなもんだよな。先の王はお前を仲間と扱ってたはずだ。でも、今のお前のありさまはなんだ?首切り役人みたいな扱いで、ほんとうにお前は満足なのかよ」

「……」


 何も言い返せずにいるカルドスに、俺はさらに畳みかける。


「いいかカルドス、忠義を尽くすってのはな、ただ黙って言うことを聞くことじゃねえ。バカ息子が間違った方向に行こうとしてるなら、首根っこつかまえて正しい道に戻してやるのが忠義ってもんだろうが。クソガキの下僕じゃなく、先王の第一の友人としてものを考えろよ」

「……まえは」

「なんだ?」

「おまえは、私を人と扱ってくれるのか」

「人の心がなきゃ、俺の言葉で斧の勢いを鈍らせたりしねえだろ」


 そのとき、俺の手首に何かがしたたり落ちた。


「お前、泣いてんのかよ」

「不思議な男だ。お前には、先王陛下と同じ匂いがする」


 カルドスは斧を床に置くと、俺に背をみせた。


「お前たちに面白いものをみせてやる。この先へ案内しよう」

「面白いもの?」


 いぶかしみつつも、俺たちはカルドスの後についていった。カルドスが部屋の奥の壁を押すと、壁がぐるりと回転した。隠し部屋の中に積み上げられていたものを見て、俺たちは息を呑む。


「へへっ、若王の野郎、こんなもんを隠してやがったのか」


 俺が唾を飲み込むと、足元から耳障りな鳴き声がした。床に目を落すと、ネズミが白い粒のあいだを駆けていくところだった。





 ◇





「だ、誰が入ってきてよいと言った!」


 青ざめた顔をして怒鳴ったのは現バイア国王、ラーヴァ2世だ。肥満した身体を玉座に押し込めつつ、小刻みに震えている。


「先王の友人が王に会うのに許可なんているのかよ」


 王に面会しようとしたら衛兵にとがめられたので、邪魔する兵士は皆カルドスが投げ飛ばしてしまった。カルドスの強さを知っている兵士も多く、そいつらは皆逃げてしまったので、俺たちは簡単に王宮に入ることができた。


「だ、黙れ。平民ごときが王にそのような口をきくなど許さぬぞ」

「先の王様はもっとフランクだったもんだがねえ」

「余は父上とは違う。バイアが国家として諸国に認められるには、秩序というものがなくてはならないのだ」

「体面をかざる前に、まずやることがあんだろうがよ」


 青筋を浮かべるラーヴァ二世の前に、カルドスがひざまづく。


「陛下にわたくしから一つお願いがございます。先王の蓄えたコメを、民に開放してくださいませ」

「な、なんだと?畜生の分際で、余に意見しようというのか」

「先王陛下は、いざという時のため、和王国から買い付けたコメの備蓄を命じられました。飢饉のときに民を飢えさせないためです。今がそのときではありませんか」

「馬鹿を申すな。今コメを解放すれば、民は何かあれば国にたかることばかり考えるようになる。民に侮られては国は成り立たぬぞ」

「こんなときに役に立たない国なら要らねえな」

「だから平民は黙っておれ!」

「陛下、ここが陛下が名君となるか、暴君となるかの瀬戸際でございます。もし陛下が民にコメを与えるなら、陛下は名君として名を残せるでしょう。ですがここでコメを惜しめば……」

「どうなるというのだ?」


 ラーヴァ2世は口の端を釣りあげた。まだカルドスを牛だと侮っているらしい。でもこいつの頭の中身は人間だ。それもかなり立派な部類の。


「わたくしの独断で、先王陛下の義倉を解放いたします。山と積まれた俵を前にして、民はどう思うでしょうか。飢えに苦しむ民を放置し、高値でコメを売りつけ、御用商人に利益を独占させるこの国の姿をまのあたりにすれば、間違いなく暴動が起きるでしょう。この国の民は手練れの冒険者です。この者たちの中から、次の迷宮王があらわれるかもしれません」

「……余は、この座を失いたくない」


 王は肘掛けを二度叩くと、観念したように目を閉じた。


(大したやつだよ、お前は)


 カルドスの牛の頭の中には、どれほどの知恵がつまっているのか。ミノタウロスにしては頭のまわりすぎるその男の大きな背を、俺はしばらく見つめていた。





 ◇





「なあカルドス、そろそろ飯にしたらどうだ」


 俺は差しだされた椀に粥をそそぐと、列に割り込む者が出ないよう見張っているカルドスに声をかけた。カルドスは朝から昼時まで休むことなく、炊き出しの列の整理をしている。律儀なやつだ。


「和王国には、サムライは民の楽しみに遅れて楽しむ、という言葉があるのだ」

「サムライ?……ああ、和王国の武人のことか」


 まだ見たことはないが、サムライというのは強いだけでなく、王には一途に尽くす連中らしい。そういえば、カルドスも東方から流れてきてラーヴァ1世の仲間になったと聞いている。


(和王国だけがバイアと国交を結んでいるのは、もしかして……いや)


 隣の列を見ると、でカルドスが屈強そうな男を列の後ろへ戻していた。あいつが何者か、それは今はどうでもいいことだ。

 

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