第145話 最悪且つ的確な提案

 部屋に入ってきた人物を一目見るなり、ラシャは「げっ!」と嫌な顔をした。


「いつまで油売ってんの?さっさとスタンに報告しに行くよ」


 アードラはずかずかテーブルに近づいていくと、ラシャの首根っこをむんず、と掴み、強引に椅子から引きずり下ろした。


「放せ!!バカ!!性悪!!スケコマシ!!女の敵!!!!」

「あ―、はいはい。わかったわかった」


 棒読みでわかったと言いながら、アードラはラシャの首根っこを掴んだまま、ずるずると引き摺っていく。


「ちょっと!襟が伸びる!マジで放せ!!」

「わかったわかった。うるさいなぁ、もう」

「誰がうるさくさせてると思ってんの?!?!って、……ぎゃああああああ※□♯$¥*/?%!!!!」


 ようやく解放されるかと思いきや、アードラに荷物のように肩に担がれ、ラシャは半狂乱。人の言葉さえ失った。

 一部始終目撃し、ドン引きするミアとイェルクに、「二人とも邪魔したね」と一切悪びれもせず、絶叫する荷物と化したラシャを担いでアードラは執務室へと急ぐ。


「……お前ら、普通に入って来れないのか」


 今日も今日とて、書類と格闘中らしいスタンが、積み上げられた書類の山の間から呆れ顔を覗かせる。


「あれ?この前より書類増えてない?捌ききれずにどんどん溜まってる訳?死んだ伯爵グラーフは書類なんて溜め込まず、いつも机の上きれいだったのに。無能だねぇ」

「吸血鬼の研究関連等、伯爵アールの時よりも軍や国政機関と深く関わってるせいで書類仕事倍増してるだけだが?」

「「出た出た、言い訳」」

「お前ら、そういう時だけ結託するな!」

「てゆーか!いい加減下ろしてよ!!」


 どっちもうるさいなぁ、と、ぼやき、アードラはようやくラシャを解放する。

 床へ下ろされた次の瞬間、ラシャはアードラに蹴りをお見舞いしたが、さらりと避けられてしまった。ムカつく!


「……で、何か掴めたか」


 書類の山を器用に隅へとずらし、スタンは二人へ問う。

 問われた二人は、それぞれ新たに得た情報を元に私見を述べていく。


 アードラ曰く、標的は性交渉後の女性の吸血を好むのではないか、と。

 ラシャ曰く、標的は己の正体を今まで知らずにいた混血の吸血鬼で、何らかの形で能力に目覚めてしまった上に、短期間で能力向上しているかもしれない、と。


「ラシャの話と併せて、ちょっとした可能性に気づいたんだけど」


 真面目な顔で、アードラはとんでもないことを口にした。


「ダンナか恋人のいる女子とさぁ、ヤッてる最中に性癖刺激されて大興奮の余り、つい噛んじゃった。それがきっかけで自分が吸血鬼だって知って力に目覚めた。興奮ついでに吸血行動に出た……、って可能性、大いにありそうじゃない?」

「はーああああ?!?!なっ、……☆♨◆□&%#¥!!!!」

「……よくもまあ、そんな悪趣味な思考ができるな」

「そう?悪趣味だけど、いい線いってると思わない?」

「同族としては認めたくないが……、正直有り得そうな気がしてならん」

「ちょっ、み、認め……▼◇※■☆」

「ラシャ。共通語なり、カナリッジ語なり、コーリャン語なり、何でもいいから人の言葉喋ってくれ。俺だって虫唾が走って仕方ないんだ」

「言っておくけど、僕もさぁ、こんな発言自分でも言うのイヤなんだからね?」

「で、ただ標的の変態性掴んだだけで報告は終わらないよな?」

「もちろん」


 続けろ、と、スタンは視線で促す。


「僕の情報網駆使すれば、三日で標的の居場所は掴める。あとは陽動で誘き出す。ただ、思いついた陽動には一点だけ大きな問題があるんだよね」

「問題?どう動く算段だ?」

「標的は男と関係した直後の女の子を狙う……、ってことで、僕とラシャが一発ヤッたあと、ラシャに標的の居場所付近をうろついて囮になってもら」

「「却下!!!!」」

「って言われるのが目に見えてるから、まあ、この作戦はナシの方向で」

「当たり前だ!!!!」


 スタンは机をドン!と力一杯拳で叩く。叩いた拍子に書類の山が見事に崩れ去っていくのもかまわず、「どんな作戦かと思えば……、もっと真面目に考えろ!!」と怒り心頭だ。ラシャは怒りを通り越し、ただただ真っ赤な顔で全身を大きく震わせ、言葉を失っている。


「心外だなあ。僕はいつも真面目なんだけど」

「どこがだ!」

「標的を手っ取り早く引っ張り出すには、最も好む餌を投げ込む。一般女子に頼むわけにはいかないし、烏合精鋭外メンバーにはちょっと荷が重い。そもそも、烏合の数自体が二年前のハイディマリー事件のせいで激減、不足が今も補い切れてない」

「烏合の不足は俺の責任もある。そこは悪いと思っている」

「別にスタンに責任はないでしょ。ああ、でも……」


 アードラが名案得たり、と微笑む。

 こういう場合、名案は名案だが、思いついた当人以外にとっては迷惑千万な内容な場合がほとんどだ。スタンの警戒心が最大限まで引き上げられる。


「ラシャは無理でもスタンにはできると思うんだよね」

「は?何がだよ?」

「前も、基本的にはラシャと僕との二人でって言いつつ、他の精鋭介入の可能性ほのめかしてたし?」

「おい、何が言いたい?」


 アードラの笑みが益々深まっていく。


「あのさ、ロザーナ貸してくんない?」

「……は?」

「厳密に言うと、スタンと……」

「言いたいことはわかった!皆まで言うな!!!!尚更却下だ、却下!!!!今日のお前最悪すぎるぞ!!!!組織の女たちを何だと思ってる!!」

「うん、ラシャに関しては言ってはみたものの、さすがに悪いとは思ったよ。でも、ロザーナなら、いつもあんたとしてることしてもらうだけだし?特に問題ないかなと。一応あの、今の精鋭の長だし、並みの吸血鬼なら充分相手取れるしね」

「前半は聞かなかったことにするが、後半には同意する」

「そういうことで、早速ロザーナに話つけてくる」

「はあ?!おい待て!勝手に話を……」


 スタンが引き止めるも虚しく、アードラはさっさと執務室から一人出て行ってしまった。

 あとには、未だアードラの問題発言の衝撃から抜け出せず、呆然自失のラシャと、アードラを追いかけたいのに、ラシャを放っておくのも気が引け、動くに動けなくなったスタンが残されたのだった。

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【本編完結済】お姫様になれない私たち ~血が苦手な吸血鬼と銀髪美少女賞金稼ぎ~ 青月クロエ @seigetsu_chloe

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