第4話 外出事変
時は少し流れて、その週の土曜日。
恭雅は自分の愚かさで泣きそうになっていた。
「私たちの、仲間になってください」
速見木乃夜は確かにそう言った。
その頼みに、恭雅は即答できなかった。
あの、とか、えと、とか、しどろもどろに返答を濁す恭雅を見て、しかし木乃夜はそれを全肯定した。
「――完璧だね」
「今のどこを見てそうなったの!?」
曰く、彼女らの求める「メンドクサイ」素質のある人間が、見知らぬ人の誘いに即答するはずがないとのことだった。
なるほど言われてみればそういうもんかもしれない。むしろここで返事を引き延ばせるだけ引き延ばす人間こそ、共に戦うに相応しいらしかった。
というわけで、恭雅の答えは保留になった。
週末に彼女らの「アジト」を見に行って、そのうえで決めてくれて構わないということだった。まるで部活の仮入部だ。
そうしてこの場での会話はお開きとなり、恭雅はいったん日常に戻ってクソのような日々を淡々と過ごし、そして土曜日がやってくる。
ここからであった。恭雅が自らの愚かさに泣きそうになったのは。
まず最初にして最大の難関がやってくる。
――土曜に予定があるなど、めんどくさすぎて家を出る気にならないのだ。
昨日、やっとクソのような平日が終わったところなのだ。本来であれば土日というのは解放の日であり、己を縛るものは何ひとつ存在してはならない。
だというのに! なぜ予定がある!?
恭雅は過去の自分を呪った。だがあの日は、謎の黒い怪物に襲われ、速見木乃夜という少女に助けられ、さらにその少女に「才能あるね」とまで認められた。
まったく断れる雰囲気じゃなかったのだ。誰が当時の彼を責められるだろう。
そうして恭雅はその時の自分をなんとか許した。実に数分をかけてしまった。
だが、それはまだよい。その奥に、次なる迷いが待ち受けていたのだ。
結局、恭雅は「アジト」に向かう前提で準備を始めていた。なけなしの私服の中から、少しでもマシなものを探す。
……そんなものはないのだが。
でも、それでも、一点でもマシになりそうなものを探そうと、時間を使ってしまった。なぜそんなことをしたのか。
速見木乃夜という、女の子が待っているからだ。
いや、もちろん分かっている。井谷恭雅は
――その上で。その上でなお、自分の服が気になる!!!
ああ、なんと無様だろうか。筋が通っていない。理屈に合わない。恭雅は「淡い期待」を抱いてしまっている。どうしてもそれを消せないでいる。
恭雅は「モテるはずがない」理性と「ワンチャンほしい」本能をどちらも等しく理解し、結果、己の愚かさに涙すらしたのであった。
「僕は、僕は、なんて無駄な思考と、無駄な時間を……!!」
速見木乃夜が見ることがなかった自宅での光景。しかしこれもまた井谷恭雅の「メンドクササ」の真骨頂が発揮されていたのだった。
さて、そうして何とかようやく、待ち合わせの駅前にて。
恭雅は当たり障りない無地の服を中心に、ガッチガチに固まって立っていた。
そこには先に、木乃夜が待っていた。
「あー、遅れるほうのパターンだったかー。いいんだよ、私たちのような人は、死ぬほど早く来るか、何かを考えすぎて遅れるかの二パターンだから」
平然と立ち、ひらひらと手を振る少女。
その姿を見た恭雅に電撃が走った。
速見木乃夜は先日とまったく同じセーラー服姿であった。
――制服という選択肢!!
男子だと珍しいかもしれないが、ない選択ではなかったはずだ。
一枚、上手。恭雅は目の前の少女に確かな経験値と格の違いを感じた。
さて。恭雅が連れられてきたのは、近場のマンションの一室であった。
階層は、なんと地下。日当たりが皆無ゆえに安く借りられるのだという。
「緊張しなくていいからね」
木乃夜は部屋のドアに近づきながら、絶対に無理な要求をした。
いや、これ、絶対に無理だと分かって言っているだろう。
涼し気なイメージの少女の口元は、少し
そしてそのまま、少女はドアに設置されたインターホンを押した。
ややあって、ノイズ交じりの音声が繋がる。
その音声は、木乃夜にこう投げかけた。
「――合言葉を言え。『人類は』?」
ええっ、と、恭雅はうろたえた。まず合言葉などという旧態依然としたシステムに頼っていること自体にもびっくりした。
だがしかし、それより何よりも。この合言葉の内容はなんなのだ?
人類は――どうあるべきなのか。こんなことを考えだしたら一昼夜でも結論は出まい。果たしてその答えとは。木乃夜はどう答えるのか。
恭雅が逡巡するうちに、木乃夜は一歩前に出て、答えを口にした。
「――『減らそう』!!」
意外な答えだった。「人々を守りたくなんかないよね」と言っていた木乃夜だ。
正直「人類は愚か」「人類は滅べ」くらい言うものだと思っていた。
それがあえて「減らそう」とは。
「……不服?」
木乃夜は恭雅のほうを向いて微笑んだ。
「でも、メンドクサイ私たちの答えは、いつだって単純にはならない。そうでしょ? 人類絶滅したら私たちはゴハンが食べられない。それに全員が愚かと言い切るほど人類が愚かじゃないのも知ってる」
「……なるほど」
「だから、減らそう……なんだけど」
木乃夜は会話しながら、インターホンの向こう側に呼び掛けた。
「これ、合言葉的には微妙だよねえ」
『そうだねえ』
すると、返事があった。女性の声。憶測だが、大人だろうか。
「もう次から『クリームパン』『おいしい』とかにしません?」
『あはははは、全員がそれに同意できるならいいんじゃない』
会話がアホすぎる。
この時点で恭雅は、自分が何をしにきたのか忘れつつあった。
とりあえず木乃夜はかわいいし。
だがもちろん、その本番は、この後に控えていた。
ドアが開き、恭雅は部屋の中へと通された。
そして開口一番、いかにもそれらしい言葉で、歓迎されたのだ。
「井谷恭雅くん、だね。ようこそ、我々――レジスタンス『
たのしい街の壊しかた ~魔獣はびこるこの街で、ぼくらは魔獣の味方をする~ 渡葉たびびと @tabb_to
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