第23話「夕暮れの帰り道で⑦」
【side隼人】
「次はあれ、やろうよ」
冬華が指さした先に視線を向ける。
「プリクラか……」
人が、二、三人入れる程度の大きさの箱がたくさん並んでいる。ピンクや赤などのカラフルな蛍光色のものや、大きくモデルの女性が書かれた少し高級感のあるものなど、様々な種類のものがある。そのどれもに列ができていた。主に並んでいるのは、女子のグループが多い。だが、何組かは男女のカップルも混ざっていた。
「ほらほら、行こう」
「あれに並ぶのか……?」
俺は女子ばかりの列に並ぶことにやや気後れしてしまう。
そんな俺の様子を見た冬華は言った。
「駄目よ。カップルでプリクラを取るっていうのは、義務と言っても過言ではないのよ」
「それは過言だろ」
「でも、隼人の……その……彼女もとりたがるかもしれないでしょ。なら『練習』しておかないと」
「………………」
まあ、俺は本当は『練習』なんてする必要はないんだが、確かに冬華には『練習』は必要だろう。
「わかったよ」
俺は渋々、列に並ぶことにした。
並んでいる人数のわりに、自分たちの番が回ってくるのは早かった。おそらく、複数人のグループが一緒に写真を撮っていたからだろう。
「ほら、こっちこっち」
のれんのようなものをくぐると、正面にカメラと液晶の画面。周囲のスピーカーから元気のよい音楽が流れてきた。
俺はよく解らないので設定などはすべて冬華に任せることにする。冬華は慣れた調子で設定をしていく。
「さ、並んで」
冬華の言葉で、俺はカメラの前に屹立する。
「そんな証明写真じゃないんだから、もっと力抜いていいわよ」
「そう言われてもな……」
そもそも、俺はあまり写真が得意ではない。これが形として残るんだと考えると、どうしても身構えてしまうのだ。
そのときだった。
スピーカーから何やら声が聞こえてくる。
『もっとくっついて~』
「へ?」
気の抜けた女性の声でそう指示された。
おそらくは、俺たち二人の距離が遠くて、綺麗に画面に収まりきっていないのだろう。
しかし――
「いや、くっつくって……」
そんな冬華と密着するなんて、恥ずかしすぎて頭が爆発してしまう!
俺が動けなくなっていると、
「……ほら」
冬華は一歩、俺の方に歩みより、俺の腕に抱き着いた。
「お、おい……!」
「仕方ないでしょ、狭いんだから……」
冬華は顔真っ赤にして俯いていた。
彼女が腕に抱き着くと、それなりにサイズのある彼女の胸が俺に当たるのだ。
(こんなはしたない真似、駄目だろうが……!)
女の子が男に軽々しく、くっつくのはよくないよ?!
俺が目を丸くしていると、
「勘違いしないで! これは『練習』! 『練習』だから、仕方なくやってるだけだから!」
「お、おう……」
そう言われてしまうと、俺はもう何も言えなくなってしまう。冬華の『練習』に付き合うと了承したのは俺だ。彼女の本当の「彼氏」相手ならまだしも、それ以外の男にこんな真似をさせるわけにはいかないのだから。俺が『練習相手』になる他ないのだ。
俺は深呼吸して動揺を鎮める。
『カメラを見て~』
その後のことはあまりはっきりと覚えていない。なんとか写真を撮り終えた後は冬華が何か色々操作していたけれど、俺はただ茫然と立ち尽くしているだけだった。
「楽しかったー」
冬華はぐっと伸びをしながら、夕焼けに彩られたアスファルトの道を歩いていた。
「今日はありがと、付き合ってくれて」
冬華はそう言って、天使の微笑みを見せた。やはり、彼女は世界中の誰よりも美しい。
「俺も楽しかったから、おあいこだ」
「そっか。ならよかった」
俺は軽やかに歩を進める冬華の後ろをゆっくりと歩く。
「あ、そうだ、これ。渡してなかった」
そう言って、冬華は鞄から何かを取り出した。
「これ、さっきの……」
「そ、プリ」
先程のプリクラだった。
二人が並んで映っている。どちらの表情もやや硬い。肌が白く修正され、目も心持ち大きくなっている。これがプリクラの補正という奴だろう。
「ありがとよ」
俺は差し出された写真を受け取る。
正直、修正は要らないと思う。冬華は冬華のままで最高だからだ。だけど、それはそれとして、これは冬華とのツーショット写真だ。それは単純に嬉しかった。
「隼人」
冬華は自分の分のプリクラをそっと胸に抱いて言った。
「これ、私、一生大事にする」
冬華はそう言って、優しく微笑んだ。
「たとえ、これから隼人一緒に居られなくなることがあっても、これを見たら今日を思い出せるから」
「………………」
俺たちはずっと一緒には居られない。
二人はただの幼なじみに過ぎないから。もし、それでもずっと一緒に居たいと思うなら、もう一歩前に進む必要がある。
だけど、それはもうできない。
冬華には、もう彼女が選んだ相手が居るのだから。
「そうだな……俺も大事にするよ」
いつか、二人が違う道を進んで離れ離れになったときも、これを見て思い返そう。
今日という時間が確かにあったということを。
いつの間にか二人を照らす夕陽は沈んでいた。そして、夜の世界が目の前にやってきたのだった。
幼なじみが両想いとは限らないだろうが 雪瀬ひうろ @hiuro
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