第22話「夕暮れの帰り道で⑥」
【side冬華】
「もうー、なんで取れないのー?」
私はガラスケースの中を必死で覗き込む。
ガラス一枚隔てた向こう側にはたくさんのぬいぐるみが積まれていた。
私はUFOキャッチャーに夢中になっていた。先程から何度も百円を投入しているが、少し位置が変わるだけで、まったくとれる気配がない。
「ていうか、今更なんだが……」
私の後ろに立っていた隼人はなぜかあきれ顔をしていた。
「それ、何のぬいぐるみなんだ……?」
「え? 隼人、これ知らないの?」
私は驚いて思わず隼人の顔をまじまじと見てしまった。
冗談を言っているわけではなさそうだ。どうやら、隼人は本当に知らないらしい。
私はガラスの向こう側のぬいぐるみを手で示して言った。
「これは『詐欺うさぎ』よ!」
「さぎ……? その……グラサンうさぎって、そう呼ばれてるのか……」
「そうよ、かわいいでしょ?」
私はにこりと笑ってそう言った。
『詐欺うさぎ』は、サングラスをつけ、携帯を手に持ったうさぎだ。『森の犯罪者シリーズ』の一匹で、『詐欺』の犯罪を司るうさぎのことだ。
「いや、全然かわいくないんだが……」
「ええー、嘘?!」
隼人は何を言っているの?
「このサングラスの向こうのすさんだ目とか、頬に傷があってちょっとダーティな感じとか、こんな見た目で犯罪者なところとか、すごくかわいいじゃない?」
「うん、その辺がかわいくないんだよ」
「ええー」
たまに隼人の感性が理解できなくなるときがある。基本的にはいい趣味していると思うけど。
「まあ、いいわ。実際、このぬいぐるみを取れたら、隼人にも撫でさせてあげる。それでかわいさが解るはずよ」
「そりゃどうも」
そう言って、私は再びUFOキャッチャーに向きあったのだが――
「ああ、あとちょっと!」
「ああ、駄目、戻っちゃった!」
「ぜんぜん、持ち上がらない!」
ぬいぐるみは一向に持ち上がらない。このUFOキャッチャー、壊れてるんじゃないの……?
私が何とかぬいぐるみをゲットしようと、色々な角度からぬいぐるみを覗き込んでいると、
「おーい、大丈夫か?」
「むう、まだよ!」
私はもう一度、百円を投入しようとした瞬間だった。
「ちょっと、貸してみろ」
そう言って、隼人は私の肩にそっと手を置いた。
(んなぁ!)
隼人の大きな手に触れられて、私の体温は急上昇する。
(やばい、たぶん、今、私、真っ赤になってる)
こんな顔、隼人に見られるわけにはいかない。
私は咄嗟に隼人の後ろに回り、叫ぶ。
「じゃ、じゃあ、変わってあげる! ちゃ、ちゃんと取ってよね」
ああ、こんなかわいくないこと言いたいわけじゃないのに。ついつい、照れ隠しで口調がきつくなってしまう。
「任せろ」
だが、隼人は気にした様子もなく、自分の財布から硬貨を取り出すと、UFOキャッチャーに投入した。
私は隼人の背中越しにクレーンの行方をじっと見守る。
隼人は角度を調整しながら、ボタンを操作していく。
しかし――
「あれ? ずれてない?」
隼人は狙っていたぬいぐるみより随分手前でボタンから手を離してしまった。
すると、隼人はぬいぐるみから目を離さずに言った。
「こういうのは、無理に一発で取ろうとするとドツボにはまるんだ。見てろ」
そう言って、二つ目のボタンを操作し、縦軸を合わせる。降りてきたアームの端がぬいぐるみに当たる。しかし、そのまま、挟めるような角度ではないが――
「あ、動いた」
アームが元の角度に戻る力でぬいぐるみは転がり、取り出し口の方へかなり近づいた。
「こうやって、少しずつ動かすんだ。そうすりゃいつか取れる」
「……へえ」
このあと、隼人は二回硬貨を投入し、ぬいぐるみの位置をずらした。
「たぶん、そろそろ行けるだろ」
そう言って、隼人はアームの位置を調整する。
「あ、持ち上がった!」
「よし!」
ここまで冷静だった隼人も小さくぐっと拳を握りしめた。
持ち上がったぬいぐるみは、アームに連れられ、取り出し口の上に移動し――
「取れた!」
私の欲しかった『詐欺うさぎ』のぬいぐるみは、見事に取り出し口のもとへと落ちてきた。私は思わず、勢いよくしゃがんでぬいぐるみを手に取る。
「やった!」
ぬいぐるみの柔らかな感触が私の掌に返ってくる。こうして触れて初めてこのぬいぐるみが手に入ったんだっていう実感が湧いてきた。
「どうだ?」
隼人は得意げな顔でこちらを見た。
「ありがとう、隼人!」
やっぱり、隼人は最高だ。
「このぬいぐるみ、大事にするね」
もちろん、ぬいぐるみそのものを手に入れたことも嬉しい。だけれど、隼人が取ってくれたという事実がそれ以上に、私の胸を温かくしてくれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
なんとか、うまくいったようだな……。
いかにも余裕ぶった調子でプレイしたものの、本当は俺は特別UFOキャッチャーが得意というわけではない。得意げに講釈を垂れたが、あの知識は全部、以前、翔に教えてもらったものだ。
『UFOキャッチャーができるようになっておいて損はないよ。なんだかんだで女の子はぬいぐるみが好きだからね。スマートに取ってあげたら好感度上昇間違いなしさ』
そのときの翔の言葉は聞き流していたが、今、実際に役に立ってしまった。この冬華の笑顔は奴の教えがあって得られたものだ。
(翔に今度、礼をいっておくか……)
俺は心の中でそう呟いた。
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