第21話「夕暮れの帰り道で⑤」
【side隼人】
「うわあ、この子、見て。足がすごく短い」
冬華は、足元をのっそりと歩いている猫を見ながら言う。
「ぽてぽて歩いててかわいいー」
かわいいのは、冬華だよ。
俺は心の中でそう呟いた。
ペットショップの前で翔たちと別れた後、俺たちは同じショッピングモールの中にあるネコカフェを訪れていた。緑のやつが「隼人くんを猫派にしたいんだったら、ちょうどいいかもー」などと言って、勧めてくれたのだ。
店内は想像していた場所とは少し違っていた。「カフェ」と名のつくくらいだから喫茶店に猫が居るような場所なのかと漠然と想像していたが、実際は、ソファや絨毯があり、その上に座って猫を観賞する。飲み物はドリンクバーが設置されていて、そこから自由に飲んでいいらしい。なぜか、マンガも置いてあった。カフェというよりは、マンガ喫茶に近いという感じだ。
「どう、隼人? こんな風に猫に触れ合ったら、猫派に鞍替えせざるを得ないんじゃない?」
冬華は床に転がる猫の喉元を撫でながら、目を輝かせた。
「まあ、実際、猫はかわいいと思うがな」
俺は犬派ではあるが、猫嫌いというわけではない。実際、猫は好きだ。だが、二者択一で選べ、と言われたら犬を選択するというだけなのだ。
俺がそう説明すると、
「ふーん。でも、せっかくなら猫派に転んでもらおう。ほら、この猫さんも言ってるわよ」
冬華は猫を撫でながら呟いた。
「『隼人にも撫でてほしいにゃん!』」
「ぐはぁ!」
にゃん……だと……?
え、今のは幻聴か……?
俺が動揺のあまりに言葉を失っていると、
「『あれあれー、隼人は僕の可愛さにうちのめされちゃったのかにゃん?』」
「うわああああ!」
猫口調の冬華、可愛すぎる!
こんなん聞いたら、神の子も三日と待たず復活しちまうよ!
「ちょっと、隼人。なんでいきなり床に倒れ込んだの?」
床でのたうち回る俺を、冬華が目を丸くして見ていた。
いかん、冷静にならねば……。
「いや、ちょっと猫と同じ目線になって彼らを観察してみようかと思っただけで……」
「あ、ちょっと猫派に傾いてきたようね」
冬華は嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ほら、一緒に猫ちゃんたちをしっかり観察しましょう」
「お、おう」
いかん。一旦ここは猫に意識を集中させよう。でないと、冬華への想いで心臓が爆発して死んでしまう。俺は深呼吸をして、気を鎮めてからもう一度、床に這いつくばる猫に向き合った。
「ほらほらー、ごろにゃーん」
猫をあやす口調になった冬華のかわいさは、天井知らずだが俺は何とか自分の情動を抑え込む。
(もってくれよ、俺の身体……!)
「よしよし、君、毛ふさふさだねー。ちょっと、触らせてねー」
そう言って、冬華が猫を触るために姿勢を変えたときだった。
「あ……」
先程も言ったように猫は床に寝そべっている。その猫を触ろうとすれば、自然に身をかがめる姿勢になる。しゃがみ込んだ冬華。今日の冬華の服装はブラウスに、薄手のカーディガン、そして、膝丈のミニスカート。彼女は猫に夢中になって、自分の今の姿に無頓着で――
「おい、冬華!」
彼女のスカートの中が、俺の方にばっちりと見えていた。
彼女の下着の色までばっちりと目に焼き付いてしまう。
「な、なに?」
「お、おまえ、スカート……」
「え?」
冬華は俺に指摘されて、初めて自分が無防備過ぎたことに気が付いたようで――
「きゃ……」
慌てて自分のスカートを抑えた。
彼女の白い肌がほんのりと赤く染まる。
「気をつけろよ。他の奴に見られたらどうすんだ」
「うん、ごめん……ありがと……」
なんだか妙な空気になってしまう。
俺は努めて今の情景を忘れようとするが、どうしても頭から離れない。そんな俺の心の内を冬華は見抜いたのだろう。じとりと俺を睨んで言った。
「隼人のえっち……」
顔を真っ赤にしながら俺を見る冬華。
俺は思う。
(やっぱ、猫よりも犬よりも冬華が一番かわいいんだよな……)
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