第20話「夕暮れの帰り道で④」
【side冬華】
「わあ、かわいいー」
私たちがショッピングモールをうろついていると、視線の先に、いくつかのガラスケースが見えてきた。そのガラスケースの向こうには、たくさんの犬や猫が居た。ここはペットショップ。たくさんの動物たちを見ることができる。
ガラスケースの中にいるのは、どれもこれも子犬や子猫で愛くるしいことこの上ない。
「いいね。こんなかわいい子飼ってみたいよねー」
私はガラス窓を覗き込みながら、隼人にそう言った。
「ああ、そうだな。動物を飼うっていうのは、なかなかいいものだ」
隼人も感慨深げにうんうんと頷いている。
「でしょでしょ!」
隼人が同意してくれたことで、私はさらにテンションを加速させる。
「本当に飼えたらかわいいだろうなー」
「ああ、かわいいだろうな」
「猫」
「犬」
「……?」
「……?」
私たちは思わず、まじまじと互いの顔を見てしまう。
「かわいいだろうねー」
「ああ、かわいいだろうな」
「猫」
「犬」
「………………」
「………………」
隼人は口をあんぐり開けて、こちらを見ていた。たぶん、私も同じ顔をしている!
「ええ、飼うんなら猫でしょ! ころころしててかわいいし、散歩なんかに連れていく必要もないし!」
「いや、犬だ。犬は力強さと愛くるしさの両方を兼ねそろえている。それに主人に対する忠誠心も持っている」
く……そうだった。隼人は昔から犬派だった。確かに、私が『ドラ〇もん』を見ている間に隼人は『フラン〇ースの犬』を見ていたし(?)
私たちは「マンガ好き」という大枠の趣味は合うのだが、細かいものの感性は結構違う。そういう些細な趣味の違いのせいで同じ作品を読んでもまったく違う感想を抱いたり、意見が対立したりもする。
今回も同じだ。
私は猫派。
隼人は犬派。
さながら、『ロミオとジュリエット』の『キャピュレット家』と『モンタギュー家』のように、私たちはいがみ合う運命だったのかもしれない。
「猫!」
「犬!」
「猫!」
「犬!」
私たちは一歩も引かずに張り合い、睨みあう。
むう……なんとか、隼人を猫派に寝返らせないと――
そんなことを考えていたときだった。
「やあやあ、楽しそうだね、ご両人」
「わあー、冬華ちゃんー、隼人くんー、久しぶりー、ていうか昨日ぶりー」
私たち二人に声をかけてきたのは――
「翔?」
「緑ちゃん?」
私たちの友人の袖崎翔くんと星川緑ちゃんだった。
翔くんは隼人の友達で、緑ちゃんは私の友達。二人は幼なじみで付き合っているらしい。
翔くんは、飄々とした印象の明るい男子。中学時代からクラスのムードメーカーといった感じだった。隼人とは、よくケンカをしているけど、それは本当に仲が良いからこそできるじゃれ合いという印象だ。
緑ちゃんは、ほわほわした印象のかわいい女の子。一緒に居ると空気がいい意味で緩む。だけど、翔くんとはよくケンカをしている。だけど、それも完全に「痴話ゲンカ」というやつで、むしろ、仲直りでいちゃつくためにケンカしてるんじゃないかって思うときもある。
「なんで翔たちが、ここに?」
隼人は翔くんに尋ねる。
すると、翔くんはどこか芝居がかった仕草で、大げさに両手を開いて言った。
「日曜日、健全な高校生がすることといったら一つだよ、隼人。もちろん、僕はマイハニーと愛を深めることに勤しんでいるのさ」
「うぜえわ」
隼人は露骨にげんなりした顔して、吐き捨てた。
要は二人はデート中だったということだろう。二人は付き合っているのだから、そういうことも当然あるだろう。
いいなあ、と純粋にうらやましく思う。
「まあ、僕らはデート中なわけだが……隼人と冬華ちゃんは……」
翔くんは意味ありげな瞳で私たちを見た。
「まあ、ここは突っ込まないでおこう。あえてね。今はきっとそのタイミングじゃないからね」
「何言ってるんだよ、おまえは」
二人の会話に割り込むように緑ちゃんは言った。
「それでー、冬華ちゃんとー、隼人くんはー、猫を飼うか、犬を飼うかで争っているのかなー?」
彼女が喋るだけで空気が一気に和む。
場を盛り上げられる翔くんとはお似合いの関係だと思う。
「ふふ、将来のことをそこまで考えてるんだねー」
将来……?
緑ちゃんの言っている言葉の意味が解らず、私は首を傾げる。
隼人も彼女の言葉の意味が解らないようで、私と同じように首を傾げている。
「あれー、将来一緒に住むことになった後、どっちのペットを飼うかでもめているのかなーって」
「へ……?」
確かに、冷静になってみれば、隼人が犬派であったとしても何も問題はない。問題があるとすれば、それは私と隼人が将来一緒に住むようになったとき、どちらを飼うかという話で、つまり、一緒に住むとは――????
つまり、けっこ――
「あ……」
隼人は顔を真っ赤にして目をぐるぐると回していた。
たぶん、彼は今、私と同じことを考えている。
「「そういうことじゃない!」」
私と隼人は同時に声をそろえて、そう叫んだのだった。
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