エピローグ 所詮はクソゲー。B級なので。






 神無月鏡夜は神に愛された証たる力を与えられた。────というよりは、その力の一端を飲み込んだというべきか。


 それを消化するために私は様々なことをした。

 夕陽の魂を混ぜて食べやすくもしたし、いろいろと認識を変えて彼自身を紅葉秋音でありその人生を歩んだという設定でゲームを作り上げたこともあった。



 ある意味、この夕青で作り上げた世界は私こそが神様なのだ。

 何でもできるし、何でもやれる。


 嫌なことがあったらリセットすればいい。

 ふざけているようだったら殺して、またリスタートすればいい。


 そうして作り上げたまぜこぜの世界で────鏡夜はようやく完成した。

 彼の魂の隅々まで神の力が混ざったのだと分かった。


 ならば私がやるべきことは彼を元通りにすることだけ。

 夕青ゲームを終えたら現実に返しましょう。

 でもそれは、ちゃんとした現実じゃない。だって本物の彼の身体は今もなお気絶した状態で────きっと、病院のベッドで眠りこけているはずだから。延命措置が無くならない限り植物状態でそこにいるだろう。


 彼だけじゃない。あの場にいた子供たち全員が私の食料となった。

 そうして残った肉体は、見つけた家族が希望を持って病院で目が覚めるのを待ち続ける。それはもう哀れなほどに。



 だから私が終わらせよう。

 その希望を打ち砕いて、絶望を味合わせて食べてやるのだ。



 魂を食べれば食べるだけ力が増す。

 私の中の世界が広がる。何もかもが私の玩具のようなもの。


 神無月鏡夜を食らってゆっくりと吸収されるのを待っていた。鏡から外の世界へ飛び出るのに────この薄暗い世界から、ようやく自由を謳歌できるのだと待ち望んでいたのだ。



 その刹那、だった。



「えっ?」




 これは何だ。

 何が起きている。


 だって私は、ちゃんと食べたはずだ。

 かみ砕いてゴリゴリと、二度と起き上がれないほど何度も何度も傷つけた魂だ。私に似たドロドロとした魂に仕上がったから食べられたはず。


 それなのに何故、私の中で鏡夜の魂を感じるのか。



「あがっ────!」



 衝撃。吐き気。そうして激痛に襲われる。


 身体の中から何かが破裂するような。

 魂の内側を壊されていくような感覚だった。


 何故!? 

 だって私はちゃんと食べたのに!


 身体がボロボロと内側から壊れる。壊される。

 こんな感覚は久しく感じていなかったもの。


 あの赤色の怪物に似た力。

 私が得たと思っていたのに。なぜまだ神無月鏡夜が抵抗するのか。


 それに何で!?

 身体がひび割れて壊されていく。その内部から零れ落ちるこの輝きは、白兎の魂を感じる。

 



「ふざけるなぁっ!!」



 また邪魔をするのか!

 私の夢を壊そうというのか!?



 涙を零し、鏡の外へ向かって手を伸ばした。

 まだ私は自由になれていない。


 私はこれから、ゆっくりと神に近づいて────あれらを全て壊して、そうしてようやく世界から認められるようなそんな存在になるはずだったのに!!



『無理だよあきねちゃん。貴女はもうただの人間。悪霊より酷い存在になり果てかけた、神から最も離れた化け物になりかけてるんだよ』



「っ────」



 身体の内側から響いた声に、怒りが込み上げる。

 私はユウヒ。妖精ユウヒ。その名は紅葉秋音のものでしょう。



「私は化け物なんかじゃない! 妖精ちゃんから神になって、上へ這い上がろうとしてるだけのちっぽけな存在。誰にも認められなかったんだから、私が今からやることで誰からも認めてもらえる存在になろうとしているだけ!!」



『誰からも認めてもらってなかった? そんなことないよ。ねえ、あきねちゃん……私はちゃんと、認めてたよ。貴女がすごく頑張ってたことも。貴女がいっぱい、大変だったことも』



 悲しそうな声が聞こえてくる。

 それに腹が立つ。だって私は────。



『あきねちゃんは最初にどんな夢を持ってたの?』



「あっ────」




 不意に、あんなにも激しい怒りと殺意で満ちていた心が落ち着いていく。

 それはきっと、思ってもみない言葉だったから。



 私はどんな夢を持っていたっけ?



 ああそうだ────。

 私は最初に、普通になりたいと思った。


 皆と同じように生きて、誰からも嫌われない。

 奴隷のようにされない、人形になりたくはない。ただ普通の人間に────。




「あ、ああ……そうですか。私はきっと……普通に生きて、普通に死にたかったのですね……」




 彼女の声は、もう聞こえない。


 きっとあれは走馬灯の一種。

 半分の魂を食らった時に見た。彼女を弄ぼうとしたときに言われた言葉だったような気がする。


 諦めているわけじゃない。

 今だって、出来ることならこのまま自由になって生きていきたいと思った。でもその後はどうしようかと────少しだけ躊躇してしまったんだ。



 だって私は、妖精ユウヒちゃんは友達もいなくてたった一人で誰にも認められることなく、死ぬことのないまま精神が擦り切れる果てまで生きることになるでしょうから。


 そんな思いを抱いてしまった。

 きっとこれが、最後のチャンスだと。



「あきねだなんて……私にはもったいない名前ですよ……」



 抵抗する暇もない。

 薄暗い世界が明るく照らされていく。


 ボロボロと崩れていく身体はもう痛みなんてなかった。

 私はきっと、このまま死ぬだろう。


 神様とやらに嫌われたまま、私は死ぬ。

 その先に何があるのかは分からないけれど。

 このままずっとよりは良い気がする。



「もうちょっとだけ、遊びたかったな……」




 このまま死ぬのはなんだかすごく、寂しいと────。






・・・




 あれから数か月が経った。

 どうにも記憶がそのままであるせいで本来の俺達が何をしていたのか思い出せず、若干の記憶喪失状態で神隠しに遭ったようなものだと騒ぎになってからようやく落ち着いたところだった。



 俺達の身体は十歳ぐらいの少年少女。

 俺は神無月鏡夜であって、紅葉秋音はあの弓矢を共に放った彼女そのものであるらしい。


 俺達と一緒に居た奴らにも記憶はあった。

 行方不明となってしまったままの冬乃は────まだ、その死体すら見つからないままでいる。



「結局……赤色の神は会うことならずか……」


「まあ、星空んとこの神様じゃないかって考えだったんだろ鏡夜は。でも普通神様とやらには会えるわけじゃねえし、ここはホラーゲームの世界じゃないんだからさ」


「ふん」



 子供の身体なせいか、いろんなループを通じて成熟してしまった精神とかみ合わずクラスメイトから俺たちは少しだけ浮いた存在となってしまった。

 それでもまあ、あの無慈悲すぎたホラーゲームよりマシだろう。


 結局あの力は何だったのか。

 全ての原因たる神様とやらも分からずにいることだけが歯がゆいが……。



「なあ鏡夜」


「なんだ」


「妖精はもういないよな? この世界も妖精が作り上げた世界とか、そういうわけじゃねえよな?」


「そう思うのならもう一度あの地下へ行ってみるか?」


「嫌に決まってんだろ!」



 何事もないままきっと、このまま普通に生きて普通に死ぬのだろう。


 妖精はもう二度と現れない。

 俺達の記憶に刻まれた、あの悪夢の日々を忘れない限りは────きっと。






・・・





 あれから何年の月日が経ったのだろう────。

 何事もなく成長し、悪霊やら妖精やらに殺されるような怖い思いもせずに済んで、また時間が経ったように思う。



 桜が舞い散る季節。


 春というのは、始まりの空気を感じた。

 しかしどうにも桜坂の喧しいものを思い出してしょうがない。

 

 それかあの悪夢の始まりたる入学式を何度も繰り返したせいだろうか。



 ドタドタという慌ただしい足音が、夕日丘高等学校の廊下に響く。

 それに眉を寄せた神無月は扉の方を見た。


 今いる場所は理科準備室。アルコールの匂いがほのかに漂うその場所へ、騒動はやってくる。



「神無月先生ぇぇぇぇ!! 前作主人公! た、助けてくださいお願いしますぅ!!」


「……はぁ」




 紅葉秋音に似た雰囲気を感じる新入生が、夕日丘高等学校の教師となった神無月鏡夜に勢いよく土下座した。

 なんだかデジャブを感じるような光景だった。



「また妖精の仕業か……?」



 B級ホラー映画のように何かが起こりそうな不穏な最期なんて必要ないが、どうやらそうはいかないらしい。

 

 まあそれでも、何が起きてもきっといつかはハッピーエンドに終わるだろう。

 妖精に食われることなく老衰で死ねたのであれば、それが鏡夜にとっての望ましい死なのだから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ かげはし @kageha4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ