第8話 感無量

繰り返し電話が鳴り響く。その度に佐久間氏の顔がちらつき酔いが醒めていくのだった。

弁解したいのはわかる。

だが、ちょっと度が過ぎたんじゃないか?

とは思いつつ、私は佐久間氏との思い出を振り返っていた。

いつでも優しかった、いつでも助けてくれた。

佐久間氏の親切心には本当に舌を巻く。


今回の事は水に流そう、というか、酒で流そう。


「なんだよ~彼女だったんだって~水臭いじゃないか~」なんて言って笑い飛ばせば済む話。

佐久間氏との関係に軋轢を生じさせたくない。

彼女との時間より佐久間氏と過ごした時間の方が圧倒的に長い。

一瞬の恋心より長年の友情だ。


私は引き出したお金600万と遺言を残した録音機を思い出した。

今でも彼女に財産を譲りたいか?

今となっては難しい。

すぐにでも音声を消去した方がいいとわかりつつも、あの時意を決した思いは尊く、崇高で思い出は美化され、ボタンを押すのに二の足を踏んでしまう。

そこで思いついた。

あの音声は残したままで、文を付け足そうじゃないか、と。

もう恋なんてしない、なんて言わないよ絶対流だ。


少し巻き戻しをした。

「・・・・・・私の遺言が尊重されることを切に願います」

よし、ここからだ。

「なんて、宣言しましたが・・・・・・状況と心境が変わった為、か、変わった為、遺言を修、修、修正させて頂きき・・・・・・ます。

私の財産は・・・・・・全財産は・・・・・・

えっと・・・・・・え~引退した、盲導犬達の幸せのためめに・・・・・・全て・・・・・・

全てて・・・・・・寄付、寄付致しまます」


よし、これでいい。緊張してたのか、上手く言葉がでなかったが、下心が1ミリもない遺言。完璧だ。

本来こうあるべきなんだ!


満足感をつまみにウイスキーのボトルを空にした。

酔い過ぎたか?右手のしびれが止まらない。

めまいと強烈な頭痛が襲いかかる。

水を飲みに台所へ向かうが足がふらついてよろけてしまう。

私は床に引っ張られるようにして倒れてしまった。





数日後、私は佐久間氏によって発見された。

脳梗塞だったらしい。

私は最後に恋をし、友を持ち、許し、痛みに耐え続け、おまけに寄付もした。

悔いる事が何ひとつない。




立つ鳥跡を濁さず。

私は明るい世界へ大きく羽ばたいた。





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(仮)ハッピーエンド 井上 流想 @inoue-rousseau

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