第7話 シュークリーム

調子がすこぶる悪い。

ジャスト35度の超低体温である。

何度計っても変わらない。

体温計が壊れてるのか?

彼女が来たら体温計を使ってもらって、壊れているか判断しよう。


私は盲目となって初めてのイメチェンという、ポップな事をしてみた。

眼帯と眼鏡を外し、サングラスをかけた。

これからはタモリさんスタイルだ。


「おはよう、あれ髪切った?」

「おはようございます。あっ!サングラス!」

「ちょっとイメチェン」

「似合ってますよ~」

「あ、ありがとう」

お世辞とわかっていながらも照れ臭かった。

「体調はどうですか?」

「うん、あんまりよくないんだ。そうそう、この体温計で計ってみてくれるかな?

壊れてるみたいなんだ。平熱はいくつくらい?」

「36度3分くらいですかね~」

「じゃあ、ちょっと計ってみてくれる?」

「はい」

彼女は体温計のスイッチを押し、脇に挟みながら、郵便物の仕分けを始め、買い物した食品を冷蔵庫に入れてる様子だった。

「ピピピ36度2分です」と台所の方から聞こえていたが、彼女が近づいてきて「36度2分でした」と報告してくれた。

ということは、壊れてはいないようだ。


「今日の目薬しましょうか」

「あ、その事なんだけど、もうしなくてよくなったんだ」

「え?」

「完全にもう見えないんだ」

「え!」

「だから、もう目薬はしなくていいんだよ」

「・・・・・・」

「でもさ、よかったよ、おかげで目の痛みもなくなったしさ」

彼女は固まっている様だった。

「遅かれ早かれ、こうなる事はわかっていたしね」

「なんて言っていいか・・・・・・」

「今までとそんなに変わらないよ」

「佐久間さんには言ってあるんですか?」

「あ、そう言えばまだ言ってないや。昨日だったから」

「昨日、見えなくなったんですか?」

「うん、昨日」

「病院とかには行かなくていいんですか?」

「病院に行っても何もする事ないしね」

「そうですか。何かできる事があったら言ってくださいね」

「うん、ありがとう」

「ちょっと、お風呂掃除してきます」

「うん」


少し息が上がる。それから、変な冷や汗。

少し横になろう。

私はソファーに横たわり、呼吸を整える事に努めた。

しばらく経ってから、彼女が近づいてきた。

「真田さん、コーヒー飲みません?」

「うん、お願いしようかな」

ちょうど喉がカラカラに渇いていた。

「私もご一緒していいですか?」

「うん、もちろん」

「今日、シュークリーム買ってきたんです!」

私がシュークリームに目がない事をどうして知っているんだ?!

「シュークリーム大好きなんだよ、どこのシュークリーム?」

「コージーコーナーのシュークリームですよ」

なんてお目が高いんだ!

シュークリーム好きな私は今までいろんな店のを食べ比べてきた。

生クリームとカスタードクリームが二層になっているもの、又は混ぜ合わせたもの、シュウの皮が硬いものから柔らかいもの。

一周周って結局一番だと、この先もずっと食べ続けていきたい、そう思ったものはやはり定番のコージーコーナーのシュークリームだった。


「真田さん、これ、一口で食べたことあります?」

「一口?無理でしょ!」

「私、一口で食べれるか挑戦したことあるんですよ」

「どうだった?」

「横からクリームが零れ落ちてきて大変でしたよ、結局二口になっちゃいました」

「二口でもすごいよ」

彼女の口は大きいんだな~と思わぬところでヒントを頂けにやけてしまった。

「真田さん、挑戦してみます?」

「え!いいよ~」

「ははは、そうですよね~」


私はジャンボシュークリームを頬張り、このひと時を心の底から満喫していた。

私が食べ終わると同時に彼女の大きな口が開いた。


「あの、私、真田さんに謝らないといけないことがあります」

こんないい気分でいるのに、なんだ?なんだ?

「私、嘘・・・・・・ついていました」

「え!」

「私、子供なんていないんです。不倫の話も嘘なんです!」

内心、やったじゃん!と思ったが、でも何故そんなウソを?とすぐに疑問が湧いた。

「実は・・・・・私、そもそも、ビラを見てここに来たんじゃないんです。佐久間さんに頼まれて来たんです」

「え?」

「佐久間さんは、その・・・・・・お客さんで」

私にはまるでちんぷんかんぷん。一体何語を話しているんだ?

「私、もう一つお仕事してるって言いましたよね」

「うん」

「私、デリヘルしてるんです」

「え!」

「そこで佐久間さんと出会って、仲良くなって、普通に食事したりするようになって。なんていうか、つまり、付き合ってるんです私達」

「えええ」

頭を鈍器で殴られたようだった。

「佐久間さんに真田さんのお世話をしてくれないか頼まれたんです」

「・・・・・・」

なんて灰汁どいんだ。

佐久間氏は私を掌握していたって事か?

「誤解しないで下さいね。佐久間さんは悪気ないんです。本当に真田さんの力になりたかっただけなんです」

彼女が佐久間氏をかばっている。

青天の霹靂とは正にこのことだ。

あまりのショックに体の不調を忘れてしまった。

二人の茶番劇に見事騙されていたってわけか?

穴があったら入りたい。

「でもなんで子供の話なんてしたの?」

「真田さんの視線が、思いが、私に向いてるように感じて、咄嗟に嘘ついちゃったんです。虐待と不倫のニュースを混ぜあらせて。本当にごめんなさい。軽蔑して嫌いになってくれるかなって思って・・・・・・。」

なんてこったい。

「そっか。それなのに、財産あげるなんて言い出して、へそで茶を沸かす話だったよね?」

つい、皮肉交じりに言ってしまった。

「・・・・・・財産の話されて、困って、もう嘘だって言わなきゃって」

惨めな気持ちで一杯になった。

「・・・・・・本当にごめんなさい。もし、私の顔なんてもう見たくないって思うなら・・・・・・もう来ませんから、言ってください」

なんて勝手なんだ。

「・・・・・・考えとくよ」

「はい」

「ちょっと気分が悪いから、寝てもいいかな」

「はい」

「適当に帰っていいから」

私は大人げなく不貞腐れて彼女との会話を強制終了した。

「佐久間さんに目の事、伝えておきますね」

私は狸寝入りをして返事を返さなかった。


彼女が帰ったことを耳で確信すると、台所へ行き、アルコールを探した。

ふたを開け鼻を近づけウイスキーだと確認。

暗澹たる思いと一緒にロックで何杯も飲み干した。

思いのほか心地良く酔って気分がいい。

怒りも憎しみも嫉妬も妬み、持ってるだけで邪魔くさい。もうどうでもいい気分だ。

大きな宇宙からしたらこんな事などちっちゃな事。

別に死ぬわけじゃあるまいし。

あ〜くだらん。馬鹿馬鹿しくて笑けてくるわい。

私は右手に握りこぶしを作り、思い切り天に向かって腕を伸ばした。


「笑っていいとも!」













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