この作品は疑いなく名作である。が、与えられた評価は過小であると言わざるを得ない。それは何故かと言えば、扱うテーマの特殊性であろう。
狙撃手と戦争。
終戦後の満州と大国の策動。
少女と少女の関係性。
難しい。見慣れない。これに尽きる。知識が不足しすぎて、言及するのに憚られる。
だから、語りえないから、敬遠されがちなのかもしれない。
だが待ってほしい。真の名作とは、難解な主題性や哲学性とエンターテインメントを両立するものである。本作はまさにそれで、戦争、諜報、風土、民族、文化についての圧倒的な知識と、民族と国家、戦争と個人、惨禍と女性といった思索性を共に内包している。それらを堅実な国語とコミカルな表現を使い分けながら補強しつつ、その目を見張るほどのキャラクターの魅力で淀みなく運営している。とかく、キャラクターの個性と風土の表現だけでも相当な面白さを享受出来るから、読んで後悔することはないと断言しよう。
長々と書いたが、おもしろい。この5字以上に本作を形容するに適切な言葉はない。
とにかく面白いから、よんでくれ。
序章、第一章だけでもいい。それで十分、そこを読めば、最後まで読まずには居れないだろう。
自分にとり語りえないことについて、語り、考え、楽しんでもいいじゃないか。かの哲学者も、自分の言葉を晩年になって完全否定したのだから。
なかなかよい冒険小説には巡り会えないものですが、この作品はまさに堂々たる冒険小説。個人的にはたいへん楽しんで読んでいます。舞台設定のチョイスもうまいし、キャラクター造形も巧み。さらには──個人的な嗜好の話で恐縮ですが──銃火器の描写が見事! キャラクターの個性と銃火器のチョイスがうまくリンクされていて、さすがだな! と感心してしまいます。
そして、何よりも、この作品は、人間の痛み、悲しみ、それでも失われない誇りをきちんと描いていて、それが何よりもよいと思います。それこそが、この作品を冒険小説たらしめる大事な要素です。
まだまだ冒険ははじまったばかり……これからの展開から目が離せません!
物語、特に非現代日本が舞台の小説は、往々にして「質感」が大きなウェイトを占める。
その世界にある常識、そのキャラクターの来歴ゆえの思想や振る舞い、知識量に裏打ちされた些細な設定…要は考証の細やかさである。これが描写や物語に反映できている作品は強い。
ならばこの作品は? 最強である。殺伐百合でここまで強い作品が現れてしまったことに恐ろしさすら感じる。こんなレビュー読んでる暇があったらさっさと本編読んでくれ。
舞台は戦後の満洲。主人公はソ連の女狙撃手(元)と、大日本帝国のもとで戦った女反共コサック兵(元)。複雑な事情を抱えながら旅を続けるふたりは幼い日本人少女に出会い、彼女の日本帰還に協力する…今の話の進展度は、だいたいあらすじに書かれているところまでである。
しかし密度がすごい。狙撃手のゾーニャが従軍していた頃の銃撃戦、コサック兵のヴィカが得意とするナイフ術、二人が野営してごはんを食べるシーン……こんなエピソードのひとつひとつが、綿密な考証に裏付けられて圧倒的な説得力を生んでいる。こんなの文章読んでるだけで面白い。
もちろんキャラクターの人物描写もぬかりない。生まれ育った環境がいかに反映されているかが細やかに描写されている。また主人公二人は一見仲睦まじいやり取りが多く見えるが、根本的なところで断絶を抱え、互いに距離を保っている。圧倒的百合。13話を読め。
そして何がすごいかというと、この質感と考証の細やかさが物語の面白さに直結しているのがすごい。
前述したようなシーンやキャラクターの細やかさだけではなく、物語そのものの骨太さダイナミックさでも楽しませてくれるのだ。この物語はかなり恣意的な表現をすると「戦後満洲怪獣大決戦」である。崩壊した満洲を舞台に米ソの諜報機関や中国共産党軍まで暗躍しているのである。
いやこれもあらすじに乗っているのだが、もうこれは実際に読んでほしい。説得力が圧倒的だ。女子三人旅がこんな連中とどう渡り合うのか考えただけで心が躍る。
早く続きが読みたいけど毎回こんなに心乱されるのも困ってしまう。そんな気持ちにさせられる本作、一刻も早く読みなさい。
満州帝国は日本、中華民国、ソ連、モンゴルと国境を接しており、各国の対立やソ連に反旗を翻す白系ロシア、コサックなどの政治・民族的な要因などが加わり、その歴史を複雑に彩っている。各国の諜報機関が活躍することでは租界時代の魔都上海と劣らない。ハルビンの特務機関、白系露人事務局、ハイラルなどのロシア人部隊の編成などを考えると、特務や諜報の規模は上海よりもはるかに大きい。
にもかかわらず、極東やシベリア、満州を舞台とする小説は少ない。満州というより大陸浪人であるが、『夕日と拳銃』の主人公のモデルである伊達順之介などモンゴル、満州から中国東北部にかけて夢を描いた人々の情熱、そして時代の変化共に挫折していく結末など、魅力的なエピソードが多いにも関わらず。個人的にはこの時代と場所は最高の舞台であると思っている。
残念に思っていた時に本作の『颶風の愚者、螺鈿の裸者』を読むことができた。これからの展開が楽しみであるが、まずは第二章「コサックの血脈」の魅力を語りたいと思う。
満州崩壊後のその混乱期に、ゾーニャとヴィカが共産党八路軍と邂逅し、戦闘へとなだれ込んでいく。敵味方が使用する武器の特徴を、実戦の緊張感の前でうまく本作は説明している。照準を合わせ、只引き金を引くだけでなく、女性の骨盤の大きさゆえの射撃時の優位性を説いたり、昔の相棒を思い出したり、姉の教えを思い出したりする。そして引き金を引いた後のスピーディな展開など読者を飽きさせない。コンビを組むヴィカも銃撃と近接における抜刀を緊張感と躍動感を持って描かれている。そして冷静なゾーニャと、相手の感情に合わせてしまうヴィカのやり取りでもって戦闘は終了する。こういった戦闘描写の巧みさを是非読んで味わってほしい。
ゾーニャとヴィカの二人の出会いは、ゾーニャが所属のソビエト赤軍と共に、白系ロシアへの襲撃を行い、ヴィカの祖父が戦死したことがきっかけであった。陸軍中野学校、現れなかった関東軍、誇り高きコサックの死、興味深い単語の羅列は、それらを経て何故二人か共に旅をしているのかと、色々な予想をしてしまう。白樺の大樹の前での約束、真紅の血を流すゾーニャの前で、という語句だけでも想像が掻き立てられるのだ。
無限に弾丸を飛ばすことができれば面白いと独白し、温度と湿度の上昇を感じた後に、今日は狙撃をするには良い日に思えた、と独白するゾーニャが一番印象深く残っている。歴史の徒花である旧満州や極東で、美しい世界描写と峻烈な戦闘描写を主人公たちが織りなしながら紡いでいく物語を是非味わってほしい。