少年との出会い
朝陽が目にまぶしい。
手で日陰を作り、顔をしかめながら多那は籠を持って鶏舎へと向かった。市に売りに行くのが日課である。
少しでも日銭を稼ぐことが出来るのなら上々だ。
市に行くのは
両親ともに
母は、かつては腕の良い化粧師として名門の柳家に抱えられていた。
母は当主の妻の髪を梳き化粧をすることを仕事としており、関係も良好であった。しかし当主が急死してから待遇が変わってしまった。前当主には子が無かったためその甥が後を継いだが彼は有名な異民族嫌いだった。
妻に触れれば汚れが移るといい、苹族である母を追い出したのだ。その際に口答えをしたという理由で母は
父は
少しでも稼がなくてはと多那は常に焦っていた。
市は王宮からほど近い場所で開かれる。朝早くから賑やかな店が立ち並ぶ。
良いにおいにつられて足が止まる。腹が減るが、まずは金を作ることが先だ。たいした額にはならずとも、朝餉を母に買いに行くくらいは出来るはずだ。
このあたりなら良さそうだと、布を広げ売り物を並べる準備をしていた。
「異民族」
その言葉が自分に向けられていることを理解している。多那は軽く目を伏せ、足早にその場を離れようとした。ここではダメそうだ。どこに行っても“異民族”と軽蔑する人はいるがあからさまにいわれては、商売にならない。
ゴ……――。
その瞬間、鈍い音とともに痛みに襲われた。足下に落ちてきた拳よりも一回りちいさな石で多那は全てを悟った。衝撃にふらつき、尻餅をつきながらも大切な卵が入った籠だけは死守した。少しでも金に換えなくては生きていけない。
市にやってきた人々は遠巻きに多那を見つめていた。奇異の目は、彼女を助けるつもりはないが、ここで死なれては困るから早く立ち上がってどこかに行ってくれと訴えている。
恥辱に唇を震わせながらも、多那は何事もなかったかのように立ち上がろうと努めた。弱みを見せてはいけない。
両手に籠を抱きしめたまま、体勢を整えることは難しい。籠を地面に一度置いてから立ち上がれば良かった。焦ってしまうと全てを同時にこなそうとしてしまう。
「あ、卵が」
せっかく守り抜いた卵が腕からこぼれ落ちてしまう。
「よ、っと」
卵が地面に打ち付けられる瞬間、大きな手が卵を救いだしてくれた。
お礼を言おうと顔を上げると、そこにいたのは多那よりも幾分か年嵩の少年だった。肩にも腕にも筋肉が盛り上がり常に剣を握るのだろうと想像がついた。しかしその割に顔は幼く、大きな瞳や溌剌と弧を描く眉が余計に彼を幼く見せていた。端正な整った顔立ちだが表情のせいかやんちゃな印象が拭えない。
「大丈夫か? 傷は?」
その声に、自分が先ほどの石によってこめかみから血を流していたことを知った。
「ありがとうございます。傷、はたぶん大丈夫です」
あまり男性の顔を眺めるのは品がない。多那ははっと気づき視線を少年の手の中の卵に移した。
よかった。割れてない。
卵を見て思わず口角を上げた多那の様子に、少年はふふっと笑った。
「
少年は多那に手を伸ばした。戸惑いなかなかその手を取れない多那の手を引き、彼女を立ち上がらせる。
多那は少年の思惑がわからず、うろたえるばかりだった。あまりに都合が良すぎる。それに見たところ身なりも良く、身分もありそうだ。
ただ多那を哀れに思っての提案だろうか。
「卵を買いに来たのは本来の目的じゃないけど、ちゃんと買うからさ。それいくらだい? きれいな色だね」
なおも怪しむ多那に「仕方ないな。相場がわからないけど、これくらいか?」と少年は銭が入った袋を取り出し、数枚の金貨を抜いた後袋を多那に握らせた。
「じゃ、この卵もらっていくよ」
飄々とした声が多那の腕の中から籠を攫っていった。
「ちょ、ちょっと待って。多すぎるわ。こんなにいただけません」
正気に戻った多那は去って行こうとする少年の背中を捕まえた。
「多い分にはいいだろ? 籠代も含めてってことで」
「だめよ。正当なものなのだから正当な対価をいただかなくては。これじゃ、詐欺みたいじゃない!」
少年は首をかしげて、多那の言葉を反芻した。そして、盛大に笑い出した。
「いいね、いいね。そういう考え好き。多くもらえる分には文句を言わない人が多いからね。正当なものね、よほど美味しいんだろうね。君はどこの
少年は、多那をどこかの家の下働きだと思ったらしい。
「
少し迷った末に、樂の名である「多那」ではなく游名を名乗った。葉明蘭は偽名などではなく、生まれたときに両親からもらったもう一つの名である。
「
爽やかな笑顔に多那は思わず顔をしかめた。
華宴~かえん~ 藤枝伊織 @fujieda106
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