多那

異民族の少女

 なぜここにいるのかわからない。

 多那トナは自らの瞳の色をのぞき込む。鏡は、いつも望まぬものを映し出す。

 黒い髪は同じだ。だが、この碧い瞳は多那が皆と違うことの証明である。



 その容姿から多那たち一家が異民族であることはすぐにばれてしまう。

 游国は亮族りょうぞくの国。かつては様々な民族がいたという。政略結婚の甲斐もあり、王族の中にも苹族へいぞくの血を持つ者がいた。彼らが王として君臨していた時は苹族にもそれなりの地位が約束されていた。しかし苹族の国がくやその近辺の国が游との闘いに敗北してからは、亮以外の民族は北へと逃亡するか亮族の従僕として生きるようになった。

 苹族であるが多那に樂の記憶はない。だが、多那の両親は樂の地にとどまることを選んだ。その結果、貴族の従僕になることを厭わなかった。


 父、多爾袞ドルゴンは夜寝る前に多那の頭を撫でながら、樂の言葉で話しかける。その時しかその言葉を聞くことはない。家にある書物も樂語で書かれているものが多い。だがもしこのことがばれたらすぐにでもこれらは回収されるだろう。

 焚書ふんしょは知識を消し去る。

 樂の言葉を話す民は離れた場所へと連れていかれる。

 言葉は相手がいなければ話すことはない。話さなければ忘れてしまう。


 鏡に映る多那の碧眼は、過去を現している。滅びた国の歴史を、游で生まれ育った多那も背負わなくてはならないのだ。ひとえに多那が苹族であるという一点のみを理由として。



「私は」

 訛りひとつない美しい游語を話し、誰よりも游人らしく所作を学び、游のために尽くそうという心意気があっても、誰一人として多那を游人と見ない。多那は自らの瞳が恨めしかった。

 鏡をにらみつけても、鏡の中の多那が顔をしかめているだけだった。

 この瞳。


 この瞳が琥珀色でさえあれば、私は游人になれるのに。


 碧の瞳から流れるそれは透明だった。

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