一人の食事

 その晩、先ほど雹華の代わりに罰を受けた侍女の姿はなかった。


 代わりに新入りの侍女が夕餉を運んできた。


「あの、侍女は」


 言いかけて、名前を知らないことに改めて気づく。

 彼女たちは雹華に仕えることが仕事であり、名前を伝えるほど親しくする必要は無い。それに自分が口を開こうものならまたほかの人が犠牲となるかもしれない。


 新入りの侍女も恐らく口をきかないように言われているのだろう。淡々と食事を並べ、茶を入れた。その間ずっと俯いていた。


 雹華は話しかけるのを諦め、数年前なら決して口にすることの出来なかった茶碗に盛られた米を見下ろす。


 名前は知らない。話をしたこともほとんど無い。

 それでも、庇ってくれたあの侍女に謝罪をしたい。

 彼女の行動は良心からのものではない。雹華に礼儀を教えるのが彼女の役割であったのだから、雹華がそれに反したというのなら彼女の落ち度である。


 雹華はやるせなさに涙が抑えられなかった。

 自分の行動一つ自由にならない。

 行動の結果が自分に返ってくるのなら、責任を持って全て受け入れる覚悟はある。しかし、他者への罰として返ってしまう。


 どんな体罰を受けるよりも辛かった。


 だからこそ誰も雹華に何も言わないのだろう。


 箸を手に取り、少しずつ口に運ぶ。

 上等なものを食べられるのは女王のおかげ。

 貧民街にいた頃はいつも飢えていた。

 女王の威光の上にある今の生活で何も言うことは出来ないのだ。


 今日の茶は游でも特定の高山でしか栽培が許されていない「花柳雪月」。游の特産品である。この地にしか無い唯一無二の茶。

 茶の飲み方を教えてくれたのはあの侍女だったか。

 食事の最後は茶で締めたいところだが、必ずある水を飲まなくてはならなかった。

 蓋碗に入った透明な水。やや粘性があることを除けば、普通の水と変わりは無い。

 これが何なのかわからない。恐らく高貴な人の飲む飲み物なのだろうとだけ雹華は考えていた。

 唯一、食事の中で苦手なものである。


 それは、舌が痺れるほどに甘かった

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