別記譚 漆(しち)『それぞれの選択した路。』


別記譚 しち

『それぞれの選択した路。』


〜あらすじ〜

北関東地区で、それなりに有名な一族がいた。陸をまも風神かぜかみ、海をまも今地いまじの両家である。

今作は、そんな両家の一番上の子どもがお互いの気持ちを吐露し合う話である。


#別記譚の転載、自作発言を禁じる

#三津学の裏話

#本編に出てこない話



────────────



二〇六六年七月のとある日。

北関東は、盆地のせいもあり梅雨が明けてから猛暑(の極み)のような日が続いていた。

ミンミン、ミンミン…

つがいを探すために必死に鳴き続ける蝉の声を他所に、父方の祖父が──国を守る仕事を定年退職してから趣味で──経営している居合道場の軒下のきしたで弟と風鈴の音を便たよりに涼んでいた。


「暑っついよぉ〜!」

「ワタシだって、暑いよ」

「うわぁーん、兄ちゃんのその話し方 好きじゃない〜」

「おや、なんてこと言うんだ。仕方ないだろ?慣れてもらわなきゃ」


頬をふくらませて、ブゥーブゥーと文句を垂れる弟に目を細めて笑う。


ワタシは、今地いまじ澪留みおる。先月(六月)の誕生日で十四歳になった(中学一年生)。そんなワタシの隣で縁側の板の上で大の字になっているのが弟の居葉おるはで─誕生日が済んでいないから─小学三年生の八歳だ。実は、二人兄弟ではなくて三番目にあたる末っ子がいる。カワイイ妹で、四歳になったばかりだ。そして、家同士で仲良い風神かぜかみという家からも末っ子が生まれている。カワイイ妹と同い年だ。

仲がいい、別の言い方をするなら懇意こんいにしている風神家は、(現主人の代で)五人の生まれた子が全員「男」だったりする。なので、うちのカワイイ妹が唯一の女の子ってことも相まって、蝶よ花よと可愛がられている。どんな風にこれから成長していくのか楽しみだ。


「兄ちゃーん、夏休みには宿題手伝ってよぉ」

「えー、どうしようかなー。ワタシも、課題あるしなー」

「来年のお年玉!少しだけ、あげるから!」

「いやいや、おかしいでしょうが。父さんたちが頑張って、働いて稼いだお金で取引しようとしないの」

「じゃあ。ふつうに手伝って?」

「まったく、口が達者だね。誰に教わったんだか」


ニヒヒ、内緒!と笑う居葉おるは

八歳とは思えない言葉巧みな弟に、タメ息がもれた。実に末恐ろしい。明らかに、こんな話の進め方を教えた人がいる。それか、『聞いて覚えろ、見て盗め』の道場訓にならって真似するような場面があったのだろう。榛名はるなさん─父さんの兄弟だから、おじさん─か、もしくは風神の次男、いつきくんも小学五年生なのに頭の回る子だった気がする。また、タメ息がもれた。


「これぞ、悪影響……」

「兄ちゃん、タメ息ばっかしてると老けるよー」

「余計なお世話だよ」


足をぶらぶらさせて、もう何度目かの『暑い』と言葉にした弟のお腹を軽くチョップした。何すんだよ〜!とプリプリ怒ってくる。そのまま、じゃれ合いになって騒がしくしていた。ジャリッ…、地面を踏み込む音がする。動きを止めて、勝手口のほうを見やる。そこに居たのは──


「あ!やあ、マナブくん!」

「……やあ」

「暑いのに、稽古かい?せいが出るね!」

「うん、まあな」


じゃれ合っていた居葉を置いて、訪問して来た子に駆け寄る。居葉が、ちょっとだけ残念そうにしたのが見えたけどスルーする。

訪問して来たのは、風神の長男坊・まなぶくん。ワタシと同学年(今は、半年間だけ私が年上)だ。


にこにこ、嬉しくて緩んだ顔のまま諭くんの顔を見やる。でも、視線を逸らされてしまった。


まなぶくんは、素っ気ない。

同学年だけれども、五人兄弟の一番上ってことは両親や親族からの期待がすごい事だろうし、彼も根っからの負けず嫌いなのだ。努力を重ね続けた先が、感情をおもてに出すこともムダな時間なんだと行き着いたらしい。そして、彼にはちょっとした癖がある。とりあえず、弟のほうに向き直る。


「おるは〜」

「なーにー?」

「じい様のとこに行って、おやつ食べてきなー」

「えー!このタイミングで!?ぼく、兄ちゃんたちの稽古するの見て…」

「いいからー。行ってくれたら、ワタシの分も食べていいからさー」

「ほんと!?」

「本当、だから行っておいで」


やったー!、弟の居葉はサンダルを足に引っかけてワタシたちの横を通り過ぎていく。遠ざかる背中を見送って、諭くんにウィンクする。


「……いつも悪いな」

「ワタシは何も。まだ、オルハがお菓子でつられてくれるところに感謝だよ」

「まあ、そうだな」

「ほら、上がって上がって」


諭くんは、頷いてワタシに背を押されつつも縁側から道場へ上がる。背筋が伸びる。無言で一礼し、肩にかけていた竹刀しない入れの布袋を壁に立てかけてから用具入れの部屋へ歩いて行った。

そう、彼は“自分より年下の子に稽古する姿を見られるのをいやがる”という癖があるのだ。たしか、ワタシも道場の中でも年齢が年長になりつつある中学生。弟や、近所の子らにワイワイとされながら見られるのは嫌かもしれない。少しだけ、分かるかもな…、そう思いつつも自分が諭くんと同学年で何より誕生日が早くて良かったと一人で嬉しくなっている。


用具入れから出て来たまなぶくんが、防具をドンッ、足元に置いた。しかもワタシの分も取ってきたようだ。てっきり、素振りや打ち込みの自主練をするのだとばかり思っていたので首を傾げる。あの、ワタシもやらなきゃダメなのか?…なーんて言えなかった。とりあえず、着替えろと無言で、圧だけで語ってくる。クイッと顎で指図。やる気がなかったと言い返せるわけもなく、苦笑いしつつも、視線に答えて床に正座する。三歩離れた所で、諭くんも着替え出す。


「着替えたか」

「うん、終わったよ」

「じゃあ、乱取りと行くからな」

「お手柔らかにー」

「無理だな」

「なんでさ」

「相手が、ミオルだから。」


──ミオルだから。


そんな言葉に、嬉しさが込み上げて笑ってしまう。諭くんが真面目にやれよ!と怒ってくるけど、幼なじみで良かったなって心底、思った瞬間だった。


これが日常だ。

些細なことで、嬉しくなって楽しいと思える日々。ワタシの日常。

続いてほしいと願って、防具の紐を結った。



─────────



そんな諭くんと幼なじみで良かった。って喜んでいた感情や思いに影が差す出来事が起きる。


転機が訪れたのは、一年後のことだった。穏やかに日々を過ごしていて、学校でも『進路』という単語をやたら耳にするようになった一五歳の年(中学二年生)。春の温かな気候から肌を焼く夏の厳しい暑さと陽射しも駆け足でなくなり、弾み足で寒さがやってきた。

季節がすっかり変わって、道場の裏手に植えてある桜の葉が真っ赤な色に変わるし、ヒラヒラと落ちていく瞬間なんて切なく見えてしまう。

そんな十一月。


「う〜、寒くなってきたぁ…」


この時季になれば、日が暮れるのも早い。午後五時も過ぎたら辺りも真っ暗だ。肩を縮こませつつも、道場から自宅への帰路を歩く。


男児、弱音を音にするべからず。


なーんて、格言。なんかの武芸特集記事で見かけた気がするけれども全く心に響かなかったのが現状だ。寒けりゃ、寒いと言葉にする。そのほうが、人間味があると思う。


「ただいまー」


くもりガラスの嵌められた格子戸こうしどを開く。学校の同級生と比べても、広くて大きな立派すぎる日本家屋へ入る。

この家には、父方の祖父母とワタシたち家族で暮らしている。お年寄りと同居というのは、今の時代に珍しいかも知れない。ただ生活する上で必要な居間や台所を除いても各々の個人部屋、おじい様の趣味部屋、父さんの書庫…等など。思い浮かべても多いなと思うし、余るくらいの部屋数がある。夏休みの間に、弟の居葉おるはが友だちとお泊まり会をしていた。その時に、家の中を友だちくんたちが探索していたものの"迷子になるかとおもった"と、言っていた。それくらいにだだっ広いのだ。


スポーツカバンを置き、外靴を脱いで、上がりかまちに腰掛けたときだ。ふと、違いに気づく。

この玄関では、見慣れない靴が靴入れの棚から離れた位置に揃えられている。でも、ワタシからしたら見慣れた靴だ。持ち主が誰なのか、すぐに理解した。──まなぶくんだ。

諭くんが、この家に来ている。諭くんの親御さんやほかの兄弟の靴は見当たらない。つまり、一人で来ている。すぐに立ち上がって、後で回収しようと荷物を玄関先に放置して家の中を歩く。この部屋数がある家の中で、誰とどこの部屋で話しているのか。とても気になった。

何せ、諭くんはワタシの部屋に遊びに来たことがほとんどないのだ。ワタシも、諭くんの家に遊びに行った記憶が少ない。(諭くん自身。兄弟が多い。そのせいで人を呼ぶことを避けている部分もあったからだ。)それでも、家同士で、幼い頃からの付き合いだ。成長した今では、学校でも道場でも会えるし会話だってしている。でも、何かモヤッとした気持ちが芽生えた。


──この感情は、何なんだろう。


台所で夕飯の支度をしている母さんとお手伝いのマツエさんに帰宅を手短に告げ、そのまま暗い廊下を進んで、角を曲がる。ギシッ、床板が鳴るものの客室が並んでいるところまで来た。『あ、』と声が漏れる。すぐにどこの部屋が使われているのか判明したからだ。何せ、ふすまが少し開いていて室内の明かりが漏れていた。そろり、そろり…


明かりの漏れている客室の近づく、あと少しで隙間から覗けるくらいのところで床に正座する。息を潜め、室内の音に耳を傾けた。


──なぜか、静かだった。


二分、三分くらい息を潜めて、聴覚に神経を全集中していたのだが。

あれ、この部屋じゃなかったのかな?と思って部屋を覗いて確認しようと足を崩しかけた時だ。


「そうか…、ついにか」


父さんの声だ。

でも、何だか緊張しているのか声がかたいように思う。父さんの声に続いて、聞き慣れた幼なじみの返事が聞こえた。


「はい、師範。俺は、いえ…、わたしは本気です」

「…キミの意思は強いと。…正直にいえば、私は反対だ。何せ、この島で行われていることは自衛軍の中でも黒い噂しか聞かない」

「ですが、噂ばかりでは真実がわかりません」

「だから、身をもって体験しに行くと?」

「そうです。わたしが、生きて帰ってくれば噂は噂だったと証明になります」


父さんのため息が聞こえた。

でも、なんの話なのか理解できずにいる。さっきから黒い噂やら、生きて帰るやら、こんな平和な日々に不釣り合いな会話だとしか思えない。


「いずれ、ミオルと海に出るものだと思っていた」


肩が跳ねる。驚いた。なんで、父さんがワタシと諭くんで交わした子どもじみた約束を知っているのか。いや、それとも薄々だとしても『親』だからこそ『子ども』の変化に気づくのだろうか。ワタシの心臓が、バックン…バックン…少しだけ速く脈を打つなかで、諭くんの焦ったような声が聞こえる。


「それはっ…」

「マナブ、よく聞きなさい。…今まで、風神と今地は各々の宿命として陸と海を守護してきた。だがな、もう陸に縛られる必要なんてないんだ。どうせ、マサルさんは好きしろとしか言わなかったのだろう」

「…………」

「図星か。私も、長い付き合いだからな。マサルさんの言いそうなことくらい予想できる」


──マサルさん(漢字で書くと将軍のショウの一文字で 将さん)というのは、風神の現主人。つまりの諭くんたち兄弟の父親だ。関東南部のアツギにある自衛陸軍基地で、そこそこ偉い立場の職に就いているし、年齢こそワタシの父さんより三歳上だ。


ワタシは、覗き込む。部屋の中で父さんと諭くんがどんな表情で、どんな気持ちで言葉を交わしているのか。それを見届けなきゃいけない。そんな使命感に駆られている。


「迷っているなら、考え直しなさい。時間は、まだあるのだからな」

「……」

「そろそろ、夕飯だ。ナマブも食べてから帰り…」

「いいえ、師範」

「マナブ?」

「迷っていません。わたしは、自分の決意から『学園』に進むとお話しているのです」

「では、海に出るのは諦めるのか。私を納得させても、ミオルが引き下がるとは思えんが?」

「ミオルが、納得しないってなら力で捩じ伏せます」


父さんが、吹き出して笑う。

さすがに笑いを堪えられるような返答ではなかったようだ。ワタシも、室内に乗り込みそうになったが何とか耐えた。


《おいおい、力で対抗するって!ワタシはゴリラか何かか…!!しかも、やたら本気な顔なのがムカつくなぁ…!》


父さんの咳払いが、響く。


「すまん、続けなさい」

「…師範。今のニホン国は、海より陸での争いのほうが発生件数や軍が出動しての暴徒鎮圧の例が増えているという情報を目にしました。だから、わたしは一年…、一日でも早く。友や、家族を守れる存在になりたいのです」


覗き見た諭くんの瞳。そこに、強く重たい『決意』が宿っていた。雄々しく茂る万葉樹の葉の色が思い浮かぶ。


「そうか…」

「はい」

「わかったよ、マナブ。今日、持って来ている書類は預かろう」

「師範、」

「いい。礼なんて言うな。私からは一つだけ。…その『決意』を貫いて見せなさい」

「はい、気張ります。一族の恥にならないように」


父さんのてのひらが、まなぶくんの頭を撫でた。父さん、どんな表情なのかな。角度的に見えないけど、諭くんたちのことも実子くらいに思っているから優しい顔をしているのだろう。

ワタシは、芽生えていた感情がわかった。言わずもがなヤキモチだ。学校でも、道場でも顔を合わせているのに、相談もなしに地元を離れようとした諭くん。ワタシだけだったのか、ワタシの一方的な感情だったのか?そう、なじってやりたかったのだ。あの瞬間は。でも、しなくていい。しなくて良かった。覗き見なんて、タチの悪い方法で諭くんの『決意』に触れてしまったけれど、応援したい。


ワタシだって、守れる存在になりたいから。


見つかる前に、立ち去ろう。何事もなかったかのように明日も顔合わせられれば最高だ。

痺れつつある足で、立ち上がろうと膝立ちになる。けど、ワタシは次の瞬間に呻いていた。


「うんぐっ…!」

「という事で、ミオル。マナブと話し合うといい」

「ミオル?、いつからそこに…!」

「ミオルくらいの歳の子って知的好奇心が旺盛だし、隙間があったら覗きたくなるよね。まあ、だから開けておいたのだけどもね」


《すべて、策略どおりだったのか。さすが父さん。でも、今は苦しいです。》


ブレザーの後ろ襟首を掴まれて、いい感じに気道が圧迫されている。ワタシが、金魚のようにハクハクとしだすと絞まりがゆるんだ。むせて、咳き込む。


「ミオル、平気かー?」

「とぅ、さん、」

「すまん、すまん。思ったより気道を絞めてしまったみたいだ。まあ、キミたちは口数が多くないしな。…少しくらい話し合いなさい」


この反省の色のなさ。

大人としての責任能力を疑うところだが、絞め技がつい強くきまるってのは武道をたしなんでいる人あるあるな気もしなくないので、深く追求するのは止めておこう。というより、そんな気力を一瞬にして削られた。何だか楽しそうな雰囲気で茶封筒を抱え、客間から出ていく父さんの背中を恨めしい視線で見送る。『ミオル、大丈夫か』傍に、心配して寄って来てくれたまなぶくんがこちらを覗くような体勢をしている。


「大丈夫、じゃないかな、たぶん」

「いや、どっちだよ」


苦笑いをしながら、ワタシの頬を撫でてくるまなぶくん。竹刀しないだこ。やわらかいはずのてのひらで部分的に少しだけ固く隆起りゅうきしている。幼い頃から、頑張ってきたあかしだ。撫でてきた掌に甘えるように、頬を擦り寄せる。どうか、今だけはきみの決意の邪魔をさせてほしい。


「ねえ、マナブくん」

「なんだ、甘たれ」

「えー?甘えてなんかいないよ」

「どうでもいいさ。で、なんか聞きたいんだろ?」


──どうせ、全部聞いていただろけど。


怒るわけでもなく、拗ねるわけでもなく。手を振り払わずに居てくれる優しい幼なじみ。感情を出すことを控えるようになったワタシの、幼なじみ。大切な人。

聞き出したいことは、たくさんある。


いつから決めてたの?

ガクエンってのはどんな場所なの?

身の危険性はどのくらい?

いつから居なくなっちゃうの?

なんで何も言ってくれなかったの?


口に出してしまうと、とんでもなく面倒臭い奴に成り下がりそうな疑問たち。それでも、その中で一つだけ聞きたいこと。


「マナブくん、そのガクエンには長期のお休みとかあるの?」

「あると思うよ、一応」

「そっか、あるんだね」

「ん?そんなことが聞きたかったのか」


きみにとったら、そんな事でも。ワタシにとったら必要なことだよ。その長期のお休みで帰省してくれるかもしれないってことでしょ。だったら、寂しい思いせずに済みそうだ。

とまで、言えなかった。

何だか、女々しすぎる気がしたから。


「マナブくん、ワタシも負けないからね」

「何がだよ」

「きみが、陸で頑張るってんなら。ワタシだって陸が脅かされないように海を守るよ」

「……ミオルは、海好きだもんな」

「そりゃあ、海が外部から陸を一番で守るばしょだからね」


──そうだな。


諭くんは、ワタシの隣に寝転がってきた。表情なんてこれっぽっちも変わってないし、ムスッとした顔なのに。その瞳の奥に、揺らぐ気持ちが見え隠れしている。


「マナブくん、約束しよ」

「なんの?」

「絶対に、帰ってきて」

「うん、強くなって戻ってくる」


約束だよ。約束な。


小指と小指を絡めて、ギュッと握り合う。握りあった指がジンッ…と痺れた。離れている間に、この痺れなんて忘れちゃうだろう。

それでも、この瞬間だけお互いがお互いに『大切な人』だから。



そのあと、夕飯だと呼びに来た父さんがニヤニヤと笑っていたのは絶対に、盗み聞きしてだろうと理解したので。腹いせ紛れに、汁物に使われている父さんが苦手なキノコ類を多めによそって置いた。











──それから数年後。

学園の課程を修了し、故郷さとに戻ってきた幼なじみ。

逞しく武人としての在り方を身に宿した彼は、あの頃の『大切な人 』だと指切りした頃の甘さなんて微塵も残ってなかった。全くの別人だった。


ワタシは、目を見張る。

歓喜の声をあげ、彼を迎え入れる親戚たちの間から変わった──成長した姿を見たことで何も声をかけられなかった。

かけらないままで、今度はワタシが故郷さとを離れて軍学校へ入校することとなる。


淡い気持ちなんて、そんなもの。


ワタシは、一八歳になった事と、近しい存在の変化を見た事でやっと気がついたのだ。


──御国を守る。


言葉にするのは容易たやすい。

けれど、それがどんなに辛くて厳しい世界への入口なのかを。





「おかえり、風神少尉。


…さようなら、マナブくん…」







別記譚 しち

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