別記譚 弐『責任と進級』

#三津学の裏話

#本編では登場しない小話

#別記譚の転載厳禁


選─Senro─路

別記譚 弐『責任と進級』


☆あらすじ

時は、二〇七六年。

ニホン国の海域のどっかに存在する離島が有する学園で、軍医として勤務している男がいる。

今作は、そんな男が『押し付けられた』話を覗いて頂こう。



────────────



俺は、揚羽乃あげはの


所謂いわゆる、軍人ってやつであり医者だ。またを軍医。そして、本土の奴らから『鳥籠とりかご』と揶揄やゆされる孤島である妖島ヨウジマに着任した前線帰還者だ。


元は、本土のほうで一介の医療人として前線をメインに人の命を助けてきた。……助けられなかった命のほうが多いけどな。


ついでに、この島へ移住するときに一番の腹心で信用と信頼の両方の気持ちをおいてる都築つづきっていう軍医も連れて来た。

本土でのうのうと暮らさせてやるつもりは一切なかったから道連れだ。異動の辞令書類を見て固まった都築に『独身同士、仲良くしようや』って肩を組んだら、下腹部に──しばらく、うずくまって動けなくなるレベルに華麗な肘鉄──クリーンヒットをもらったのは記憶に新しい。


で、今。軍医として離島にある学園に着任してから二年目。


俺は、とても驚いている。驚いているし、全力で叫び出したい気分になっている。


目の前には、ニコニコと人良さげな笑みを浮かべている学園のおさ──総司令長──であり、雇用責任者が居るし。固まってる俺の隣に何もないような顔している階級がひとつ上の上官軍医と、同じ場の空気を吸っているの、だが。


「あの、これはどう言った状況でありますか…?」


「まあ、驚かれるのも仕方ないですねぇ」


「喫煙所にいたからな。丁度いいから、連行させてもらった。」


「そ、うですか…。」


胃が痛い!!

俺は、普段こそ人をからかう側にいる。嫌がる相手を限度のあるからかいで弄るのが好きだ。

だが、この状況は好ましくない。

ましてや、同じ場の空気を吸ってるのは上官二人だ。


《嫌な予感しかないっ!!》


俺は、その場で心の声を大にして叫びたい気分になった。叫ばないけどな。


「あの、どうしてワタクシをこの場に連れて来たのでありましょうか…?」


慣れない丁寧語。

俺は、階級も役職も人を扱う側だ。こうやって、自身より上の階級と同じ場の空気を吸うとストレス性の胃痛が起こる。あまり、知られてないがデリケートなんだよ。そして、隣に立っているほうの上官こと黒軍くろぐんの常駐軍医──学園の初代卒業生──薬藤やくどうツヅミ中佐ちゅうさ


(薬藤中佐のことは、経歴を知っているだけで、前線を一緒にしたことはない。年齢も一〇歳もはなれている。)


彼は、ニヤニヤとして俺の肩をポンポン叩いてくる。一気に、嫌な予感が増幅する。この人の、ニヤつき顔にいい事なんてないって学園に着任してから学んだ。


「でさ、今度からオマエさんに替わってもらうことになったから。頑張ってな?」


「え?」


「コラコラ。それでは、説明を省きすぎかと思いますよー?」


「ん?ああ、確かに。閣下の仰る通りですな。……揚羽乃少佐。」


「はっ、はい!」


やべぇ、恐い。

この人に階級をつけて呼ばれるなんて色んな意味で恐いのだ。


《喫煙所で鉢合わせしたときは、めちゃくちゃ砕けた呼び名で声掛けてくるくせに…!なんで、そんな本気な顔をしてるんだ!?》


俺は、カラダがこわばる。


「おおー、ガッチガチ。まあ、そう気を張るなよ。単に、揚羽乃少佐には役職の追加をお願いしたいだけさ。」


「役職の追加で、ありますか?」


「おう。俺が、人事の采配さいはいとかしてんのは知ってるよな。」


「ええ、もちろん。」


「閣下、お願いします。」


「おや、私からでいいので?」


「何のために、この場をお借りしているのか分からなくなりますぞ。」


「まあ、それもそうですねぇ?」


総司令長が、組んでいた手を解いてスッ…と表情が引き締まった。


「来月付けで、赤軍あかぐん常駐軍医、揚羽乃少佐。貴官を軍医管理委員会 会長補佐ならびに支部長に任命す。」


「はっ!!」


相手の覇気はきに、身についていた礼法がカラダを動かせた。隣の薬藤中佐が感嘆の声をあげるくらいに見事な敬礼…だったらしい。


「……って、え?支部長…??」


「まっ、そういうことだ。俺が長年勤めてきたが、あき…いろいろ手が回らなくてな。頑張れよ?」


「揚羽乃少佐は、とても優秀な人材と認識しております。よろしくお願いしますね。」


「つまりは、この妖島ヨウジマに属する軍医を統括するもの。俗に軍医長ってことだなぁ?」


一瞬にして、緩く揶揄からかう空気へとなったが。

俺の頭の中は、特大の疑問符で占領されている。


《グンイチョウ…?俺が、支部長?単なる少佐の俺が?島に属する軍医のトップ…??》


「ありゃ、また固まってんな。」


「衝撃が大き過ぎましたかねぇ?やはり、通達で知らせたほうが良いのではと進言したはずですよ。」


総司令長が、やれやれと呆れを態度に出して肩を落とした。


「いやぁ、なかなかに面白い顔が見れたからなぁ?やはり、対面での宣言のほうが楽しいな。」


貴男あなたの、変な趣向に巻き込まんでくださいな。」


「閣下こそ、ノリノリだったでしょうに?」


「……お互い様というやつですよ。」


「ハッ!!俺が、軍医長っ!!」


「あ、覚醒した。」


薬藤中佐に、肩を組まれる。

さほど、身長が変わらないが数センチは大きい中佐に頭を撫でられながらダンディな顔面が近づいた。


「おめでとう、揚羽乃少佐。出世だな。」



──そう、出世だ。


だが、なんか言いかけた言葉もあったようだし、今以上の立場になるということは責任もついてくる。つまり、俺の苦手な状況にまんまと追いやられたわけだ。


「俺がっ、軍医長なんて無理だァァァァ!!」


「ハッハッ〜、元気だなぁ?」


「何事も経験ですよ。」


俺の叫び声に、窓辺で羽を休めてた鳥たちが飛び立った。




─────────



「……ただいまー。」


「なっ!にが!!ただいまですか!!」


「うっへぇ…都築つづきぃ…。うるさいし、元気だなぁ?」


「あなた、一服して来るって出てから二時間も居なくなりますか!?」


部下の都築が、ご立腹である。

俺の、腰掛けた革張りのネイビーブルーのソファの背もたれをバシバシ叩いてくるのだ。

俺は、耳を塞ぎながら へいへい と軽く受け流す。だが、言い逃れるにしては良いネタを現在は持ち合わせてる。

ズイッ!と縦に丸めた紙を都築に突きつけた。動きを止めて、訝しげに目を瞬く都築。

俺は、視線で紙を見ろと合図する。静かになった部下を他所に、背もたれに再びもたれかかる。


「ゑ?あ、あの揚羽乃少佐っ…??」


《ああ。テンパってるのか都築…。》


「こ、これはいったい…なんの??えっ??」


「書いてあるとおりだな。まあ、出世しましたー。」


先程、返された薬藤中佐の態度をなぞるように軽い返事をする。都築が、豆鉄砲を食らった鳩のように目を白黒させているのが面白い。


「う、嘘だろぉぉぉ…!?」


「マジモンでーす。嘘じゃないでーす。」


「んぁぁ、責任が!!山のように!!」


「ははっ。俺が支部長ってことは、オマエも副官なわけだ。……がんばろうなー、都築。」


「いやぁ!!帰りたいっ!!」


「帰さねぇよ?俺と仲良くしようなぁー。」


「勘弁してくれぇぇぇぇ!!」


この日、やたら騒がしい赤の軍医 執務室の前を通った学徒や教官により、俺と都築がデキている…という根も葉もない噂が立ったのは言うまでもない。








『ニ〇七六年 春。


前任者 薬藤ツヅミ中佐 の推薦により、軍医管理委員会 会長補佐ならびに妖島支部 支部長としての職を 揚羽乃少佐 へ讓渡、任命する。

途中辞職はおおむね禁則とし、任期満了のみ解任とする。


立会人 三之院さのいん 義継よしつぐ 少将しょうしょう の名をもって、この記録を公式とする。』



この公式文書は、後日に赤軍へ訪ねてきた──ひまつぶしに来た──薬藤中佐の手によって、(抵抗する赤の軍医をガンと無視しつつ)額縁の中に飾られたのだった。




別記譚 弐『責任と進級』

〜おしまい〜


投稿日 2020/10/18(日)

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