別記譚 参『お姉ちゃん』

#三津学の裏話

#別記譚の転載禁止

#本編では登場しない小話


選─Senro─路

別記譚 参『お姉ちゃん』


☆あらすじ

この話は、ニホン国の本土の東側にある名も知られていない村で生まれ育った少女の過去話。


──────────



その土地は、奥深い森にぐるりと囲まれた孤立した集落。交通手段と言えば自動二輪車、自家用車(自動四輪車)、自転車で。

公共交通機関と呼ばれる代物は、一日に一〇本走れば上等と言われるくらいの辺境の地。

この村の特産品は、森を北西に進んだ先にある鉱山で採れる鉄や鋼をもちいたかんざしや鉄砲玉である。そして、そんな鉄やはがねが採れる山を所有し、半世紀余りで名家へ成り上がった一族が居た。


──その一族の名が 古戸嶋ことしまである。


古戸嶋の家は、代々変わった髪色の女児が産まれることで有名だった。残念ながら男児が産まれても黒か茶色であることから、女児だけに発生する特殊な遺伝子があるのだろう。

村民からは鉱山の山神様に選ばれた存在と敬われるくらいに神秘的な髪色なのだとか。


さて、この古戸嶋ことしま

現在は、家系の中では幼い姉妹が一番若い。勿論。次女である娘が一番若くて当たり前なのだが、次女から七つ年の離れた姉にあたる長女も若い。だが、長女の容姿、ましてや存在を村民の中で知るものが少ないのだとか。

古戸嶋の娘──冴紅さくが話すには、雲のような白さであり、雪のような白さの髪をしている…だとか。

村民からすれば、不思議だった。

古戸嶋の家の女児は、桜だったり、紅梅だったり…。愛でられる木に多い色合いをした髪色が普通だ。例に漏れず、姉を語る冴紅もあでやかで目が冴える美しさがある紅色の髪をしている。

その為か、村民は冴紅の話を信じなかった。中には、古戸嶋の家までおもむいて事実か確かめようとする強者も居たくらいだ。だが、古戸嶋の家を護っている悠崎ゆうさぎの男に阻まれて確認できず。

そもそも、冴紅は幼い。幼い身の上なのに、周りの人が大人ばかり。年が幾分 近い『姉』を夢に見ている。そう言った結論が出された。村民が決めつける。古戸嶋の夫婦の間に遅く生まれた娘、それが冴紅であると。

つまりの妄言扱いだ。


──寒さがやってきた、とある日のこと。

村民の中で、古戸嶋の娘と年の近いヤンチャな男児らがニタニタと誰かを囲うように笑っている。『おみゃーの言う"姉ちゃん"との思い出を話してみろ』『おみゃーのあねごは、どんなひとだ』と興味津々で、ヤンチャな男児らのたまり場になっている空き地で囲むのだ。散歩をしていた冴紅さくを呼び止めてまで。


「てんてんてん、てんじんさまのおまつりで、てんてん、てまりをかいました…」


冴紅は、歌い出す。

聴け、これが姉様と口ずさんだ歌だ。そう、言わんばかりに歌い出す。

だが、歌の途中でヤンチャな男児らの一人──ガキ大将が、冴紅の二つ結びにしている髪の右側を強めに引っ張った。


「そんな歌!おいらのあねきも歌うんだよ!おみゃーのあねきの話を聞かせろってんだ!」


強めに引っ張っられたショックと、痛み。冴紅のクリクリと大きな瞳から飴玉みたいな雫が溢れた。

ガキ大将は、髪から手を離して、狼狽うろたえた。他人の泣き顔に弱い。正常な感覚だ。むしろ、他人の泣き顔を見て興奮する人は変わった癖を持っていると言っても差し支えないだろう。ガキ大将の子分の一人が、ガキ大将を非難した。『あーあー、ユウザキにしかられんぞっ』と言う。ガキ大将の顔色が悪くなる。


余程、その『ユウザキ』が苦手なのだろう。


「おい、泣くなよ。引っ張って、ごめんよ」


冴紅の乱してしまった髪を一度、ほどいて結び直してやろうとするガキ大将。

だが、結び慣れていないのがバレバレだ。綺麗に高い位置で結われた左とガキ大将の手の届く位置までしかない右──ひしゃげた結い紐の蝶ちょ結び。明らかに、何かがありました…と言っているようなものだ。


「なぁ、素直に謝ろうぜ」


「で、でもよ。やっぱ怒られるだろ?」


「泣かしたのはゲンちゃんだろ?ゲンちゃんだけで行けよな」


「頼むよ。一緒に来てくれよ!」


「ヤダよ。おれ、ユウザキの怒ってるときの顔キライ。」


やはり、異口同音に『ユウザキ』という存在が苦手だ、嫌いだと言う子分たち。困り果てたガキ大将が、冴紅の顔を袖で拭ってやる。もう一度。


「ごめんよ。」


バツの悪そうな顔をしつつ、謝る。

冴紅は、その場では頷いて許すことにしたようだ。ガキ大将が手を差し出す。冴紅も、躊躇ためらうことなく差し出された手を握り返す。


「じゃあ、家行ってくる。」


「おん。ユウザキによろしく」


「せいぜい、反省しろよー」


「ゲンが怒られるのに、ラムネを一本!」


「じゃあ、オイは棒つきキャンディな!」


「勝手にカケゴトすんな!」


子分たちが、笑い声をあげて走り去っていく。その背中を見送る冴紅とゲン。


「行こっか」


今時、珍しい草履ぞうりで和装の冴紅。

そんな冴紅の歩幅に合わせて、ガキ大将のゲンちゃんは歩く。


「なあ、さっきの歌」


「うん」


「おいら、嫌いじゃない。だから、もっかい。歌って」


「いいの? 」


「うん。聞きたい」


ガキ大将の頼みを聞いて、冴紅が口ずさむ。かわいらしいコロコロとした声音で歌い出す。

歌を歌い終わる頃合に、ゲンちゃんの足が古戸嶋の家が構える大きな門の前で止まった。ヤンチャな男児らのたまり場である空き地から、そう離れていないのだ。

ゲンちゃんは、緊張で冴紅の手を強く握った。その緊張が伝わってか、冴紅の表情も強ばった。ゲンちゃんが、深呼吸してダンダンダン、ダンダンダン…と門を叩く。


「すみません!コトシマさんの娘さんを連れてきましたっ!すみませんっ、誰かいませんかっ!」


門の板越しに声を張る。

十秒もせずに、内から走り寄ってくる足音が聞こえた。そして。


「はい、どなたかな?」


「イイダの、ゲンですっ!さくちゃんを連れてきましたっ」


内から聞こえた問いかけの声は、男性だ。だが、年こそ十代半ばくらいの声音をしている。『今、開けますよ』という言葉の後、ギィッ…と蝶番ちょうつがいが音を立てて、戸が内側に開いた。開いた途端、冴紅がゲンちゃんの手から離れた。離れて、門の内にいるであろう男性へ抱き着いたのだ。ゲンちゃんが、あっ…と音を漏らす。だが、名残り惜しく感じても、手を繋いでいた冴紅は他の人の胸の中に居る。


「おや、冴紅さん。この髪はどうされたのです?」


「……どうもしてないです」


「しかし、お出かけになるときは…」


「どうもしてないのですっ」


否定の言葉を発する冴紅。てっきり、真実を洗いざらい話されるものだとゲンちゃんは予想していた。なので、冴紅の意外すぎる発言に瞳孔が細くなってから大きく開いた。…つまりの驚いた猫のような表情になった。

冴紅に抱き着かれた男性──いや、青年は困った顔をする。冴紅を軽々と抱き上げて、腰からお尻を腕で支えてから、ゲンちゃんを見た。

ゲンちゃんは、怯えた表情になる。苦手意識が、幼さゆえに隠しきれないのだ。


「伊々田殿の次男のゲンさん、でしたね」


「は、はいっ…」


「冴紅さんのおぐしが乱れている…その理由を知ってらっしゃいますか?」


「えっと…そのっ…おいらが…」


子分たちから、せいぜい反省しろと言われた身の上だ。冴紅が庇うようについた嘘も、年上である青年にはバレていることだろう。だが、至って怒気など感じられない優しい声音でゲンちゃんへ問うて、ゲンちゃんの答えを引き出そうとする。ゲンちゃんの顔色が優れない。今にも、逃げ出しそうだ。


「にいさまっ、すぐるにいさまっ」


「うん?どうされましたか」


「あのね、さくがいけないの。さくが、ゲンくんたちとあそびたいっていただしたからっ」


「……ゲンさん。本当ですか?」


また冴紅さくによるゲンちゃんを庇う嘘。真実かを問う青年──悠崎ゆうざきすぐるの声に怯えつつも、頷くだけ頷くゲンちゃん。


「さくちゃんが、鬼ごっこにまじりたいって!言われて!つい、本気になっちゃって!んで、そでを掴むよりさくちゃんの髪を掴んだほうが早くてっ!だからっ!!…ごめんなさいっ!!」


ゲンちゃんの冴紅の言葉をなぞるように出ちあげた嘘。だが、耐えられずに謝罪を言葉にした。

優は、その謝罪を受け止める。


「そうなのですね。…わかりました。ゲンさん、この話はこの場限りとしましょう。冴紅さんの父上…、古戸嶋の旦那様にご報告はしません」


「ほ、ほんとっ…??」


「はい。ちゃんと、謝ってくれたゲンさんを悲しませることは僕もしたくないですからね」


「あ、ありがとうございますっ!!」


嬉し泣きをするゲンちゃん。

冴紅は、どうして嘘をついてまでゲンちゃんを庇ったのか。幼いながらもすぐるが怒る姿が怖い事実を知っているし、一度スイッチの入った優のお説教が長いことも知っている。だから、ゲンちゃんをかばったのだろう。

そもそも、冴紅は髪を引っ張られたショックで泣いたように思われているが、心の中の七割が『姉』の存在を信じてもらえなかったことが涙がこぼれた起因なのだ。


「さて、送ってくださってありがとうございます。ゲンさん、気をつけてお帰りなさい」


「はいっ、おじゃましました。さくちゃん!またなっ」


「うん、またね。ゲンくん」


ツバ付き帽子を被り直してゲンちゃんは、手を振りながら門から出た右側へ走り出す。

さすがは、ヤンチャな男児。スタタタッ…と走って、すぐに背中が見えなくなる。すぐるがタメ息を吐く。門の戸を閉めて、冴紅を抱え直した。


「それで、冴紅さん。本当はどうなのですか? 」


「ほんとうも、なにもないのです。さくがいけないのです」


「でも、本当は鬼ごっこの間に引っ張られたわけじゃないのですよね?」


「……そ、それは…」


「僕はゲンさんを今更、問い詰める気などないですよ。ただ僕だけには本当のことを話してほしいな…と思いまして」


すぐるは、冴紅の髪から結い紐を解きながら、問いかけた。本当に、優しい声音で。でも、冴紅がわかってないだけで白状しなさい…、と圧をかけているのだ。


「……すぐるにいさまは、さくに、おねえちゃんがいるのをしっていますか」


「冴紅さん、それは…」


「すぐるにいさまも、ほかのひととおなじですか?やっぱり、さくがおかしいとわらいますか」


瞳の中が、溜まった涙でキラキラと光る。優の胸が押しつぶされる感覚を覚えた。そして、その涙を流させまいと幼く、小さいカラダを抱きしめた。


「いいえ、いいえ。僕は、笑いません。笑いませんよ、冴紅さん」


「すぐる、にいさま…」


「けれど、この話は旦那様や、家の人に話してはいけません。話したければ、僕との二人の時に致しましょう」


「どうして…?なんで、ダメなの。にいさまは、おねえちゃんがいるってわかってくれるんでしょ??」


優は、何を知っているのだろうか。いや、何かを知っているからこそ堪えるように、波立たせぬよう冴紅に言い聞かせた。


「悲しむからです。その話をすると哀しむのですよ」


「だれが…?」


「お姉様ですよ。冴紅さん、お姉様を哀しませたくないでしょう」


「おねえちゃんが、かなしむ…?」


「冴紅さんが感じた。痛い、悲しい、苦しい…そういった想いをお姉様にさせてたいですか?」


冴紅は、下唇を噛みしめて首が取れんばかりの勢いで横に振った。優が、その行動を受け止めた。


「いい子ですね。冴紅さん」


「さく、おねえちゃんがスキ。すぐるにいさまがスキ。だから…!」


「はい、約束しましょう。お姉様の話は、」


「すぐるにいさまとのときだけ…!」


冴紅は、優の首に腕を回す。そして、肩へ顔を埋めた。肩に濡れる感覚がある。優のてのひらがゆっくりと撫で落ちていく。


「冴紅さん、室内なかに戻りましょう。旦那様と奥様がお待ちですから」


───────────


「てんてんてん、天神様のお祭りで、てんてん、手毬を買いました…」


深白みくさま、深白みくさま。お部屋にお入りください。寒くなってきましたよ」


「…ええ、今 戻ります…」


周りにあるのは塀と大きな蔵。そこに、ぽつん…と建つ平屋から老婆が人を呼んだ。名を呼ばれた子が、振り向いた。吐き出した息と同じくらいに真っ白い幼さが少し残る乙女。

乙女は、ザリザリと足をずって平屋へと戻って行った。


《おねえちゃん、さくのおねえちゃん。くもみたいまっしろで、どこかいっちゃいそうなおねえちゃん。》


《さくの、おねえちゃん。》


優の体温に安心し、微睡まどろみの中にいる冴紅。心の中で、存在を信じてもらえなかった『姉』を呼び続けた。



──これは、とある少女の幼い頃の話。姉の存在を信じてもらえず、悲しむ少女の話であり、少女の姉の存在を信じたけれど、口外するなと約束させた青年の話でもある。


この二人は、後に家同士が決めた『許嫁いいなずけ』となるのは…


また別の話である。







別記譚 弐『お姉ちゃん』

〜おしまい〜



投稿日 2020/10/21(水)

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