選―Senro―路【三津学 別記譚】

瀧月 狩織─Takituki Kaori

別記譚 壱 『その子の名は…』

#三津学の裏話

#本編では登場しない小話

#別記譚の転載禁止



別記譚 壱『その子の名は…』


☆あらすじ

他人には、言えない過去は誰しもある。この話は、とある子が『学園』に辿り着く前に経験した『過去の記憶メモリー』を今作で覗いて頂こう。


────────────



どんなに、季節を過ごしても。


どんなに、時を経ても。


ずっと、ずっと脳の記憶組織にこびりついて落ちない記憶モノがある。




悲鳴、嗚咽。滴る音が何処からか響いて、音が耳の奥に住み着く。


鼻を刺激するのは、びた生臭さ。

か細い声は、次第に大きくなっていき。そして──




『イタイ、イヤだ、ヤメテぇ…』


『アガッ…、イタイ!イタイヨッ!!ヤダァ!!ナンデ!ドウシテ!!』


心がざわつく。


耳を塞いで、ただ縮こまることしかできなかったボク。


聞き慣れた声が、徐々にかすれて聞くに絶えない音に変わる。


なのに、隠れて息を殺すしかない自身が無力で、保身を優先する部分の、なんて醜いことか。


『アァっ、メがっ…ミエないよっ……。』


『イ゛ァ…ヤメデッ…ア゛ァァァァァ!!』




一際、大きな叫びと同時に破裂音が聞こえた。意図も容易く、潰される。高い所から落とされた西瓜が割れるような音にも似ている。




訪れた、静寂。




ゴリッゴリッ…とり潰すような音。

ピチャンピチャン…落ちて、響く水音。

目が熱くなる。目尻が、熱をもって堪えようと口元を手で覆う。


胸の奥で、ボクは謝るしかできなかった。もう遅い。誰も許しちゃくれない。でも、ボクが逃げ遂せること。


それを望んだのは、今まさに、事切れた"少女ら"なのだから。


ボクは、遠ざかる鎖の音を合図に走り出す。水溜まりを躊躇ためらうことなく踏んで、足が汚れるのもいとわない。


走って、走って。


自身にまとわりついている錆びた生臭さを振り払いたい。ここを抜け出せたら、雨が降っているといい。少しでも洗い流したい。


どのくらい走ったのか。


でも、錆びた生臭さは微かに感じる程度だ。だから、それなりに離れられたはずだ。


冷たく、澄んだ空気が肌を撫でた。


《ああ、外だ。》


空は真っ暗だった。


あのトテツモナイ所に連れ込まれたのが、太陽がカンカン照りの時間帯だったはず。足下を草がサワサワと触れてきて、一歩踏み出せば土の感覚がした。


《出られた。出られたんだ。》


その安心が、気の緩みを生んだ。


目の前が真っ暗になって、膝から崩れ落ちた。力が抜けていく。


ああ、ダメだ。


こんな所で、倒れてしまったら捕まってしまう。視界が狭まって、手足の感覚もなくなっていく。


ダメだ。負けるな。


けど、こんなにも負けたくないっていう気持ちがあるのに、言うことを聞いてくれない。なんで、だよ。本当に、こういうときばかり役に立たないポンコツな肉体だな。


「なぁ、…ボク…じゅうぶんにがんばったやろ…。あの子らにつたえられへんけど…はしったで…。ちゃんと、はしったで…。」


「シア…、きみの、力いっぱいのむらさきいろのめ…キレイやったなぁ…」


「……シオン、ボクにゆうきくれてありがとうなぁ…。ちゃんと、はしれたで…。」


風が吹く。

そろそろ、雨が降るのだろう。

そんな水気を含んだ風だ。




「…ボクも、いくから…。」




─────────────




チュンチュン…チュンチュン…


鳥がさえずる声が聞こえる。


《なんで、鳥の声なんだ…?いや、まぶしいな。しかも温かい、いや、重たい?》


微睡まどろむ思考で、いろいろ考えるよりも答えが視界のすぐそこにあった。

それは、両隣を陣取って寝息を立てている少年と少女だ。


「……ボク、生きてるの…?」


喉がガラガラだったが、そう呟かざるを得ない気分だ。


小さい声のつもりだったのに、聞こえたらしい右隣を陣取っていた少年が目をこすって、ゆっくり目を開いた。夜空の如く、深い青色の瞳。まだまだ幼い瞳がクリクリとしていて飴玉のようだ。


「おにいやん…?」


「…うん、そうだよ。おはよ。」


「ホンマに、おにいやん…?えっ、目ェさめたんか…??」


「うん、起きとるよ。あの、ボクはなして助かったんかな。それと、どのくらい眠ってて──」


「カレン!カレンッ!起きたって!おにいやん、目ェさめとる!!」


ボクの言葉を遮って、右隣の少女を揺り起こす少年。いや、待て待て。寝てる子をわざわざ起こす必要性はないだろ。



そう、思ったけど遅かった。



ボクが制止させるより少女が少年の手を握って、苛立ちながら目を覚ましたからだ。


「んっもぅ、アホォ!うっさいねん!もうちょっと寝かしてくれてもエエや……えっ、おにぃ!!」


「あははっ…、おはよ。自分ら、元気やな?」


少女が、口をパクパクと金魚みたいに開いたり、閉じたりする。


そして、急にブワッと大粒の雫を目から溢れさせた。その雫が、ボクの手の甲に落ちてきた。熱く感じたのに、すぐに冷たくなる。


《ぬれる感覚がする。生きてる。ボクは、生きてる。あの子たちが身代わりになってくれたから。この子らの元には帰って来れた。》


「わわっ!カレン、泣くなや!ブッサイクになるで?」


「やかましいわっ…いまくらい、泣かせてぇなっ…!」


「しゃーないな!ワイの胸で泣くんや!」


力任せにギュウギュウと少女を抱きしめる少年。

少女は、抵抗を見せるものの少年の服に顔を押しつけて『よかった。ホンマに、よかった』と涙声で言葉にした。


疑惑とわだかまり。


《誰が、どうやって孤児院ホームまで送ってくれたんだ…?いや、忘れてたけどボクもお腹、腕、足首…。思いつくだけでもたくさんケガしてたはず…。それも、痛くない。痛くないくらいに眠っていた?》


頭に次々と思い浮かぶ考え。

けど、その思考を停止させる。部屋に訪問者だ。コンコンコン…とノックしてから、入室してくる。


優しげで、物腰からして善人な雰囲気がある中性的な大人。


大人は、目を瞬かせた。


「おや、なにやら騒がしいと思ったら。ここに二人が居ったんやねぇ?」


少年が、無言で頷き。少女も目をこすりながらも顔あげて、頷く。


「……『先生』…。」


「自分、よう寝とったな。目ェ覚めたようで、よかったわ。ケガは痛くあらへん?」


「はい、おかげさまで。どのくらい寝とったんか気になるところです。」


せやなぁ?と『先生』が自身の顎に触れながら小首を傾げた。少年が、何かを察したようで空気を読んで少女をベットから下ろして手を引いた。『ほな、行こ。おにいやんにキレイで冷たい水のませたろ?』『うん、井戸まで行こ。』と言い合いながら部屋を出ていった。


「一週間やね。今日で、七日目やで。」


少年と少女が、出て行ってから『先生』が答える。


《七日。だいたい騒ぎが起こると、騒がしさが落ち着いてくる期間とも言える…。》


「…ボク、そんなに眠っとたんか…。」


「あの子らは、ほんまに残念で仕方あらへんわ。でも、自分だけでも草原で見つけられた時は心臓が止まるくらい嬉しかったで。」



帰ってきてくれて、おおきに。


感謝と迎えの言葉。


けど、ボクの心には響かない。だって、あのトテツモナイ所に居た時に聞いてしまったんだ。



『クニミ局長は、何を考えてるんだろうな?あんな幼い子どもを使って、するなんて。』


『止めとけ、そんな話をするとおまえの首が使われるぞ?』


『おっと、そりゃあ堪んねぇな。まだ首とカラダは仲良くさせておきたい。』


『だが、どの子も10歳になるかならないかくらいだったな。』


『ああ、それも揃って お面 を身につけてたぜ?』


『つーことは。何かの目印かもな。そのお面が。』


『おいおい、冗談はよせよ。じゃあ、なにか?そのお面を持ってる子たちが材料ってことかよ。』


『案外、冗談じゃないかもな。……まあ、下っ端で新参のオレらにはわからん事だが。』


『ハハッ、違いねぇ』


そのあとは、聞こえなくなった。

けど、たしかに衣擦れさせつつも笑い合う男たちの声を聞いた。


──クニミ局長。


局長なんて言う、呼称は知らない。知らないけど、クニミっていうのは『先生 』と同じ名前だ。


ボクは、まっすぐ『先生』の目を見つめる。少しでも、不振な挙動があれば噛みついてやろう。

そう、警戒してのことだ。


「あの、先生。ボク、訊いておきたいことが…」


「……何を見てきたか、分からん。いえ、分かりたくもあらへん、けんど、親である ワタシ を警戒するのはよしなんせ。」


先生が、ボクが居るベッドに腰掛けてきた。そして、両頬を包み込むように手で覆ってきた。真っ黒で、太陽の光さへものみこんでしまうじゃないかって思うくらいに黒い瞳と目線が合う。



自分は、いい子だから。

ね?そうやろ?



トロリ…

そう、何かが流れ込んでくるような感覚だった。その音を耳にした途端に、力が抜けて布団へと包まれていた。


そして、この記憶メモリーをしばらくの間。忘れていた。


今思えば、擬似的なつくられた家族ごっこ。一番、上だった『姉』と同い年の『姉』がいなくなったからボクが『一番』。なんで、いなくなったのか、どうしても思い出せなくて、でも『弟』と『妹』を守る存在にならなきゃいけなかった。

けど、そんな家族ごっこは長く続かなかった。


ボクの年齢が数えて一二歳だったか、そのくらいの頃。

避難をうながす鐘のけたたましい音が夜中に外を支配する。


カンカンカン!、カンカンカン!


煙、熱、燃え上がる火。


泣きわめく『弟』と『妹』の手を引き、抱えて火から逃れるように外に出た。ボクにとったら、長く生活してきた唯一の家。不審火だったのか、放火による事件なのか。


詳細は分からないけど、孤児院ホームが火災で燃えて、生きること、逃げることで必死だった。だから、忘れていたのかもしれない。逃げている先で、新しい孤児院ホームに辿り着いた。けれど、そこは前の所よりこじんまりとした所だった。だから、『弟』と『妹』を置いていくことになった。『先生』の元を真っ先に離れた。

泣きながら、待って!行かないで!と年こそ一つ二つ違うくらいだけど、心が出来きっていない『妹』『弟』に泣かれた。



──────────



そんなことも、忘れていたのか。


思い出したら、こんなにも鮮明なのに。


突如として『記憶メモリー』が荒波のごとく流れ込んできた。


ボクの、いや、『私』の手が赤黒く染まったことによって思い出した。


「アツメ、よくやった。旦那様もお喜びになられる。」


紳士的な立ち振る舞いなのに、どこか空恐ろしい空気をまとっている男が私の頬についた赤黒い液体を拭う。

孤児院ホームから出て来て、暮らせる場所を求めてフラフラしていた。貧民街で息をひそめて、生きていたら手を差し伸べられた。


その手を取って、辿り着いたのが 少年 に女装させる趣味を持った金持ちの家だった。


そこで、ボクは『私』になる。

私として、生きてる。


昼は、使用人。

夜は、家の邪魔となる存在を葬る仕事人としてのお役目。


二つの顔を使い分ける。



──信念と仮面。


私が、生きる為に"汚れる"のを厭わなくなった頃合に、その記憶メモリー が蓋を吹き飛ばす勢いで開いた。


《ああ、そうだった。ボクが、本当にすべきこと。それは、"真実"を掴むことだ…。》


赤黒い液体を服の袖で拭う。

やっと、欠けていたピースがはまった気がした。


詩音、詩愛。

ボクは、生きているよ。

これからも、生きれるように強くなろうと思う。


もっと。もっと強くなる。

真相を掴むために必要な力を身につけなければ。





「ボクの、名前のとおりに 収集 しなきゃいけんな。」


血塗れた手を夜の主役である月へと、重ねた。





信念を決め、重石を背負いし子。


その子の名は、しゅう


名は体を表す。

真実まことを手に入れる為、新たに険しく苦痛の重なる選路センロを歩き出す。








別記譚 壱〜おしまい〜


投稿日 2020/10/15(木)

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