第八話 種明かし
梅太郎は、急に忙しくなって驚いている。
雲額寺で偽物を掴まされそうになった日から三日目。
何故か虎の爪に関する情報が泉の如くぽこぽこと湧き、ひっきりなしにもたらされるようになった。
しかも、そのほとんどが、
「うちに虎の爪があった」
というのである。
灰色の石の半ばに豪壮な爪痕が三本。
まず間違いないと誰もが請け合う。
収拾が付かぬ。
なんなら涼森家の庭でも見つかっている。
そこで梅太郎は、虎の爪の所有者たちを一堂に集めて真偽のほどを確かめようと思った。
場所は、なんとなく偽物など出して恥ずかしかったのであろう雲額寺の本堂で。
勿論うみなり屋に行って、店主を呼び出した。
店主のみぎわは、いつも通りちょっと引け腰について来る。
「本物でしょうか」
梅太郎が問うと、うみなりや殿は、
「さあ。これだけそっくりに並べられては真贋どころじゃ御座いませんねえ」
と首を傾げた。
何だか少し、顔が緩んでいる。
「面白いですか?」
うみなりや殿は微笑んで、
「本物が分からなければ、喧嘩にもならんでしょう」
そう、梅太郎に謎をかけたのだった。
ともかく虎の爪を探すという試みは、この日をもって頓挫する。
父と兄は梅太郎を叱った。
地に足をつけ、何かしら涼森家の家名を上げ、さらに加藤肥後守様に役立つような商売でも探してこい、と懇々と諭したのである。
梅太郎は考えた。
自分に何が出来るのか。
何が向いておるのかを、真剣に考えた。
それで近所の女性陣からうみなりや殿はどじょうが好きと聞き出して、うんといいのを持っていき、
「拙者、うみなりや殿に弟子入りしとうございます」
と言ったのである。
その時うみなりやのみぎわが静かに頭を抱えたのを、梅太郎は生涯忘れることはないだろう。
だが、と梅太郎は固く誓う。
遠くにいらっしゃる我が真の父上。
梅太郎は父上の名に恥じぬように精進いたし、必ずや虎の爪を見つけて進ぜますぞ、と。
×
ごいさぎが首になったと聞いたのは、梅太郎が訪ねてきた翌日の夕暮れ。
忍びの世界において「首になった」といえば比喩ではなく文字通りの状態を指す。
引退した伊賀者におちょくられたことが、甲賀方の癇に障ったのだろう。
だから嫌なのだ。
忍びなどは滅んだ方がいい。
種明かしをしてしまえば、あの日ごいさぎが盗んだ虎の爪は偽物だったのだ。
本当の虎の爪は、世間に流布した「三本爪の痕のある灰色の石」とは全く違う。
琥珀の勾玉だ。
その真の姿を知っておるのは地鎮の儀に立ち会った肥後守とその配下数名、僧侶、そして、みぎわ。
地鎮の儀を、みぎわは「何だか銭の種になりそう」だと思って見張っていたのだった。
うみなりやの取扱商品のうち三割は、自己仕入れ品である。
勘の鋭い肥後守配下の兵に呼び止められたことはあったが、そこはそれ、みぎわが余りにも平凡なのでお咎めなしで放り置かれてしまい、あれよという間にお宝の姿を確認した。
そして、本物を盗むことが出来たという次第。
本物が盗まれたからこそ、盗難騒ぎの折に肥後守は本物が存在しない「三本爪の痕のある灰色の石」であることを殊更に喧伝し、それが定説になったのである。
みぎわにとっても良い隠れ蓑になった。
ことり、と天井の板が鳴る。
まだ日の高いうちからかさごが動いているとは珍しい。
「おかえり」
「気色悪」
「何じゃ挨拶しただけだちゅうに」
「そこが変じゃと言うとるの。で、具合の良いことに(あんばよう)かさごは面白い話を仕入れてきた。褒めろ」
「へいへい偉い偉い」
みぎわの頭上から石が降ってきた。
ごつんと当たる。
「避けやあて」
呆れたようにかさごは言った。
「まあええわ。梅太郎の父御がわかったぞ」
「ほおん」
みぎわは、はっきり言って何の興味もわかない。
農民の不倫話(絶対にそうだと思う)に首を突っ込んでどうするのか。
そもそもみぎわは、早々に梅太郎を破門するつもりでいるのだ。
「聞くのか、聞かんのか」
「もったいぶらんと言え」
一瞬の間を空けて、かさごは、
「加藤肥後守清正の庶子じゃと」
とんでもない大砲を、うみなりやにぶち込んでいったとさ。
(了)
うみなり屋繁盛記<虎の爪> 東洋 夏 @summer_east
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます