第40話 食後のプリンとエスプレッソ 

 冷凍庫で急冷させておいたプリンを取り出し、キッチンの上へ置き確認。

 ――うん、良い感じだ。

 四月一日も幸雪との通話を終え、此方へやって来た。


「どう? どうどう??」

「ここまでは良く出来てるな。――が」

「が?」

「…………」


 俺は微笑みつつ口を閉じ、皿を二枚取り出した。

 そして、それを容器代わりにしたカップの上に被せる。

 四月一日へ告げる。


「プリンって、見栄えも大事だと思わないか? ――此処から先はセルフサービスとなります。悪しからず、ご了承ください」

「なっ!? こ、ここで、再びの鬼軍曹モード!? 私の方が偉いのにっ!!」

「ふっ……戦場を知らない士官は、どさくさに紛れて味方から撃たれるのが定番なんだ、よっと」


 皿を押さえながら、一気にカップをひっくり返す。落ちた感覚。良し。

 ゆっくり、とカップを上へ。

 四月一日が歓声をあげた。


「おお~」

「上出来だな」


 見事、プリンは皿の上に鎮座。我ながら、良く出来たのでは?

 皿をテーブルへ運びると、丁度、珈琲メーカーが呼んだ。良い香りだ。

 エスプレッソ用の小さな珈琲カップを用意しつつ、未だひっくり返していない四月一日を促す。


「ほら、早くしろよー。珈琲も冷めるし、折角、冷やしたプリンも温まるぞー」

「う、うるさいっ! ゆ、雪継、うるさいっ!! い、今、やるとこだったのっ!!! 人のやる気をなくさないでっ!!!!」

「……子供か」


 呆れつつ、エスプレッソを入れていく。

 あ、そうだ。プリンにラム酒を少しかけても美味いかもしれん。

 えーっと……確か、戸棚に。


「……薄情者ぉ」


 いそいそと探す俺をギロリ、と四月一日が睨んでくる。プリンを作っている時点で、甘々だと思うが?

 軽く手を振り、再度促す。

 大エース様は深呼吸。そして、自己暗示。


「――大丈夫。大丈夫よ、幸。私なら出来る。雪継が出来たんだから」

「料理に限って言えば、俺の方が諸々出来るけどな」

「う~る~さ~いぃ~。――……四月一日幸、いきますっ! ていやっ!!!」


 四月一日は掛け声と共に、皿とカップをひっくり返した。

 ――沈黙。

 そして、俺を見る。


「…………雪継、こ、これで、大丈夫かな?」

「分からん。確認するのだ、四月一日二等兵」

「……私、士官だもん」


 唇を尖らせながら、カップを上へ。

 ――皿の上にプリンはいない。

 四月一日は再度、皿とカップをくっ付け、上下に振る。


「どうだっ! これでどうだっ!! 落ちろっ!!! 性悪プリンっ!!!!」

「……そんなこと言ってると」


 カップを外すも、プリンはおらず。

 四月一日は再々挑戦しようとし――


「あっ!?!!!!」


 その瞬間、プリンが落下。

 床にぶちまけられることはなかったものの、崩れた形で皿の上へ。


「……う~。うう~。ううぅ~。ゆきつぐぅ……」

「……仕方ねぇなぁ。取り合えず、座れ」


 半泣きになっている酔っ払いな大エース様は、見るからに凹んだ様子で着席した。

 俺は自分の皿と四月一日の皿を交換する。

 そして、ラム酒を多めにかけ、一口。


「お、美味いな」

「なっ!? なぁっ!?!!」


 隣の四月一日が騒ぐ。五月蠅い奴め。

 こいつのプリンにラム酒は止めておこう。これ以上、酔わせると面倒だ。

 エスプレッソを飲み、軽く手を振る。


「ほれ、食べろって。ラム酒は駄目だ。何せお前は酔っ払いだからな。プリンを自分で出せないくらいに」

「………………うぅぅぅ!」

「痛っ! 本気で殴んなっ、酔っ払いっ!」


 四月一日は呻きながら、俺の右腕をグーで殴ってきやがった。恩を仇で返すとは。酷い女め。

 スプーンで綺麗なプリンを食べつつ、四月一日はぶつぶつ。首筋まで真っ赤になっている。


「…………バカ。ひきょうものぉ。いじめっこ。こういうことを、あっさりするなぁ…………き……」

「? ……おい。顔、真っ赤だぞ? それ食べたら、帰って寝ろ。明日も出かけるんだからな? 実家行く前に、寿司ネタを買わねば。遅刻したら躊躇なく置いて行く」


 四月一日はプリンをスプーンですくい、食べ、優雅な動作でエスプレッソを飲み干し、不敵に笑った。


「――甘い、甘いわね、篠原雪継君。私が、篠原家の場所を覚えていないとでも? これでも営業課の大エースなのだけれど?」

「うわ、この人、自分で『大エース』とか言ってるよ……。あ~うちの最寄駅、再開発されたから、案外と風景変わってるぞ?」

「――……本当に?」

「本当に。だから、とっとと帰って寝ろ。御馳走さん」

「…………」


 俺はプリン食べ終え、立ち上がる。

 これだけなら、食洗器を使うまでもない。とっとと洗っちまおう。

 シンクへ皿とカップを置き、洗っていく。四月一日が立ち上がる気配がした。

 そのまま、隣に並び、二人で洗っていく。

 四月一日が甘えた声を出した。


「…………ねー」

「駄目です」

「私がこっちに泊ると、襲いたくなっちゃう?」

「……酔った女を襲う程、飢えてねぇなぁ」

「じゃーじゃー、酔ってなかったらぁ?」

「…………多分、眠くなるまでゲームするんじゃね?」

「…………確かに」


 四月一日は複雑そうな顔をする。

 そして、譲歩してきた。


「お風呂は入るっ! で、朝は起こしてっ!! もーにんぐこーる!!!」

「――……電話は二度だけだ」

「交渉成立☆ ふふふ~♪」


 四月一日は満面の笑みを浮かべ、くるり、と回った。

 ……こいつ、本当に高校時代と変わらねぇなぁ。

 苦笑していると、四月一日の動きが止まった。


「じゃ、お風呂入ってくるねっ! 覗くなよぉ?」

「…………さっさと、行け」

「きゃ~♪」


 大エース様は、楽しそうにお風呂場へ駆けこんで行った。


 ――なお、お風呂場から出た四月一日は、そのままソファーで寝てしまい、結局、泊まったことを報告しておく。ベッドに移すの大変だった。

 しかも、寝ぼけやがって、頬に散々キスまで……。

 もう、お婿に行けない……。 

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ただ、隣に住んでいる女の同僚と毎晩、ご飯を食べる話(旧版) 七野りく @yukinagi

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