第39話 お疲れ様のお手軽ペペロンチーノとカルボナーラ&ラムプリン 下

 フライパンの水が沸いてきた。

 スパゲッティを投入。火は強火。水分を飛ばしていくイメージだ。

 四月一日が興味深そうに覗き込んでくる。


「最初、見た時は『こんなんで美味しくなる筈ない!』と思ったけど……」

「でも、お手軽だけど美味いだろ?」

「美味しい!! 何で? 何で??」


 高校時代と同じ瞳で、大エース様が聞いてくる。

 俺は、水分が飛んできたフライパンを揺らし、スープを麺に絡ましていく。


「これって、考えてみるとリゾットの作り方なんだよな。フライパン一つで出来て、美味い。素晴らしい。電子レンジ、後?」

「ん~……後三十秒です! 篠原軍曹殿!」

「了解した。四月一日二等兵」

「え? 私、少佐だけど??」

「……お前、軍隊の階級とかあんまし分かってねぇだろ? 皿三枚。カルボナーラはシェアな」

「は~い」


 四月一日が食器棚から、シンプルな白の皿を三枚取り出した。

 黒猫、白猫。そして、黒猫と白猫、両方が描かれている。……いつの間にか、大分、食器もこいつの趣味に侵食されてきたような?

 若干、懸念を感じつつ、置かれた皿にペペロンチーノを巻きながら盛り付けていく。トングなんて洒落た物はないので、菜箸だ。

 隣の四月一日も、トマトコンソメスープをスープカップに入れている。


「それさー」

「ん?」

「どうして、山見たいに盛り付けるんだろうね? 見栄えなのかな??」

「冷め防止だろ」

「…………」


 あっさりと返答し、最後に乾燥パセリを散らす。おお、美味そう!

 丁度、電子レンジが俺を呼んだ。素晴らしいタイミング。

 ペペロンチーノの皿をテーブルへ。黙っている四月一日へ指示を出す。


「カルボナーラを仕上げるから」

「……準備しておく」

「お、おおぅ」


 サラダ用のキャベツを荒々しく両断しつつ、四月一日は不機嫌そうに答えてきた。そうなるポイント、あったかっ!?

 若干、慄きつつ電子レンジから、耐熱容器を取り出す。

 そこにバターを投入。まずはバター。卵液を入れる前にバター。こうせず、卵液を投入してしまうと、だまが出来てしまうのだ。

 混ぜ混ぜ。


「…………」


 四月一日は頬を膨らましながら、テーブルに黒猫と白猫のランチョンマットを敷き、ペペロンチーノ、簡単なサラダ、スープを置いていく。早くしないと、冷める。

 バターが溶け切った容器へ、卵液を投入し、混ぜ混ぜ。

 カルボナーラの匂いがしてきた。

 四月一日が近づていてきて、隣から箸を伸ばしてきた。


「あ、こらっ! まだ、黒コショウ振ってないだろうがっ!!」

「……ぐぅ」


 大エース様はよろめき、冷凍庫へふらふら。

 急冷させておいた銚子ビールを回収した。

 そして、開けて


「んぐ……んぐ……んぐ……ぷっはぁぁぁ!」

「……キサマ。人が作っている最中に飲むとか、虐めか? 虐めなのか?? それが、四月一日幸のやり口なのかっ!?」

「……篠原雪継君。今日という今日は、言っておきたいことがあります!」

「お、おぅ?」


 皿に盛ったカルボナーラへ、黒コショウをたっぷり振り付けテーブルへ運ぶ。量自体は精々一人前だ。

 エプロンを取り椅子にかけ着席。

 すぐさま、四月一日もエプロンを外し俺のエプロンに重ね、前の席へ座った。ビールが差し出される。


「さんきゅ。ほれ、食べようぜ? 冷めちまう。冷めたスパゲッティとか、最悪だ」

「……む~」


 未だむくれている大エース様を促す。

 ビールを手に取り、


「「いただきます~」」


 二人して手を合わせ、ビール缶を合わせる。

 まずは、ペペロンチーノから――美味い。お手軽ながら美味い。


「どうよ?」

「……今晩も、美味しい……」

「ん。なら、良し」


 スープも口にする。

 短時間ながら玉ねぎがよく炒めてある。


「スープも美味いな~」

「! そ、そう?」 

「世辞を言い合うような付き合いかよ。で?」

「……えへ♪」


 四月一日は嬉しそうにはにかみ、カルボナーラに手を伸ばした。

 スパゲッティを食べつつ、銚子ビールを飲む。


「で? さっき、言いかけてたのは何だよ??」

「あ、そうだった。雪継! もう少し! 女子力を下げてっ!! 追いつかないでしょうっ!!! あ、カルボナーラ、取って~☆」

「何を今更……。自分で取れっ! 自分でっ!」

「取ってくれなきゃ、話の続きはしないっ!!」

「お前……仕方ねぇなぁ」


 呆れつつ、小皿に最後のカルボナーラを取って渡す。

 既にお互いペペロンチーノの皿は空だ。

 何故か、珈琲が飲みたくなってきた。プリン用に準備しておくかー。

 立ち上がり、珈琲メーカーと、珈琲豆が料理の匂いを吸ってしまうので空調のスイッチを入れる。窓は開けておいたけど、案外と残るのだ。

 戸棚を開けつつ、四月一日を促す。


「ほれ? 続きを話せよ~」

「雪継、前々から思っていたけどね……普通の男の子はね……こんなに手際良く、料理しないの」

「ふむ。だが――俺はする。そして、女子にニンニクたっぷりのペペロンチーノを食べさせる!」

「そ、そこに使命感を持つなぁっ!!」

「じゃあ、お前の分だけ、ニンニク抜くか? ん? ん??」

「ぐぅ…………そ、それは、嫌だけど……。あ、でも、プリンの前に歯は磨くね。雪継も磨いて! お互いニンニク臭い珈琲とか嫌でしょう?」

「……まぁ、一理はある」


 食べ終えたテーブル上の皿を回収し、軽く紙で拭き、文明の利器! 食洗器へ。

 考えてみれば、これも四月一日が持ち込んだ物だな。

 あれ? 

 もしかして、キッチン内にある物の過半が今や四月一日のなんじゃ……この思考は危険だ。大変、危険だ。

 珈琲メーカーに豆を投入する。食べ終え、皿と缶を片し、先んじて歯を磨いている大エース様を呼ぶ。


「普通のでいいよな?」

「エスプレッソで!!」


 歯ブラシを咥えつつ顔を出し、即答。これである。

 化粧も落とし、髪をゴムで結わえ、ラフそのものな恰好。馴染み過ぎじゃね? あと、少し酔っているみたいだ。

 珈琲メーカーのボタンを押し、俺も洗面台へ。

 四月一日が指示してくる。


「ちゃんと、しっかり、磨いてねっ! ねっ!! 何があるか分からないんだからっ!!!」

「お前は俺の母親かよっ!」

「え? 違うけど? 私は雪継の――……汚い。流石、雪継、きたない。そうやって、わたしをゆうどうじんもん、しようとしてる~」

「はぁ? 何を言ってるんだか」


 携帯が震えた。

 ポケットから取り出すと、妹の幸雪だった。通話。


『お、お兄ぃっ!!! 逃げてっ!!! 今すぐ、逃げてっ!!! そこの四月一日泥棒猫さんは、大それたことを考えているんだよっ!!』

「? ……よく分かんねぇけど、明日、実家に顔を出すな。親父に、寿司ネタは買ってくわ、と伝えてくれ」

『あ、は~い』

「――ふっふっふっ。も・ち・ろ・ん~わたしもねぇ?」

『!?!! こ、この声は……あ、悪霊退散っ!!!!』

「わたし~いいこだも~ん☆」


 俺の携帯をひったくった四月一日は明らかに酔った様子で、妹と楽しそうに会話しながら、ソファーへ。

 ……こいつ、このまま寝ちまうんじゃないか? プリンを食べさせたら、急ぎ帰らせねば。風呂は貸さん。

 強い決意を固め、俺は口を水でゆすいだ。

 

 さて――プリンと珈琲だ!

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