ちょう

東屋猫人(元:附木)

ちょうと姫君

 むかしむかし、あるところにちょうと友達という一風変わった少女がおりました。少女はいつも大人の目を盗んではそのちょうと共に居、おしゃべりを楽しんでいました。

ちょうもかごに入れられているとはいえ、毎日色とりどりの花の蜜を食すことができて満足しておりました。ある日、ちょうは少女へ問います。


「ねえ、ねえ。なんで他の人じゃなくておれを友人にしたのさ。そりゃあおれにとってはこの上ない情調だけどね。お喋り相手がいないとつまらないし。でも君にはたくさんの話し相手がいるだろう? なんでその人たちの目を盗んでここまで来るのかおれにはさっぱりだ。」


「そりゃわたしだって最初はそんな気なかったけれど。だってあなたったら色んな風景やお話を知っているんだもの、魅かれるに決まっているでしょう。ね、ね、もっとお話しましょう。わたしも話すからあなたもお話をして。わたしは——じゃあ、お父様のとっておきのお話をするわ。あなたもとっておきのお話をして頂戴。」


少女はかごに縋ります。それを見たちょうは、じゃあおれから話すよ、と言ってとある昔話をしました。


「むかしむかし。あるお山に非常にたくましく精悍で、計算高い山賊がおりました。彼らは我慢強く、じっと息をひそめて獲物を待つのが得意でした。そんな彼らはあるとき、とあるかごを大事そうに囲んで運ぶ一団を見つけました。きっとあのかごの中にはお宝が入っているに違いない。そう考えて、一行を襲ったのです。

あるものは石をつかい、あるものは刃を、またある者は拳を振るって一行をけちょんけちょんにして、流れる汗やら何やらが水たまりを作りました。

山賊のお頭がついにかごの中を見ると、珠のような男児がおりました。きっと身分の高いものに違いない。そうして山賊は男児を抱え住居に戻り、風の噂が流れてくるのを今か今かと待ちました。


しかし一向にそんな噂は流れてきません。山賊たちは仕方なく、その男児を仲間に加えることにしました。男児は色々とこき使われますが効率よく諸々の仕事をこなします。しかし嫌なことが一つだけありました。夜、寝るときです。男児はいつもぐずりますがお頭は気にすることはありません。却って面白いものを見るような目で男児を見ます。そうして伽に誘い、色々な話をし、知恵をつけさせるのです。またお頭は寝様も悪く、疲れている男児には酷なものでした。眠っていたいのに度々起こされてしまうのです。それでも男児がそこに居続けたのは必要としてもらえたからです。男児はそれを至上の喜びとしていました。親方から離れても、必要とされていることさえわかれば男児は幸せだったのです。そうしてすっかり山賊に育て上げられた男児は、今や立派な一人の山賊と相成りました。おしまいおしまい。」


「あら、その男の子は変わりものなのね。大変で嫌なら逃げてしまえばいいのに。」


「それでもそこに居たいくらい皆が好きなんだよ。」


「そういうものなのかしら。——じゃあ次はわたしの番ね。わたし、実はお父様のへそくりの場所を知っているの。お父様がこっそり使ってる、この上の階の大きい桐箪笥の中。見てしまったわ、大判小判のお金がいっぱい。それを何に使いたいのは知らないのだけれど、大事に大事に取ってあるの。五日に一度、隠しに来るわ。あともうそろそろだ、って言っていたからもうへそくりはおしまいになるのかもしれない。ねえ、城主であるお父様がそんなにお金をためているのはなぜかわかる? 何かをお隣の城へあげるから、その対価なんですって。それにしても、なんであんなにこそこそしているのかしら。

……なにもないといいな、あなたとおしゃべりできなくなってしまうのは、いや。」


「あなたはおれが好きなの? 」


「ええ、だいすきよ。このまま結納をすませてしまいたいくらい。」


「でもおれはそれには応えられないよ。だって好きというのが嫌いだから。」


「なあに、なぞなぞ? 」


「さて、どうかな。」


そういってちょうはかごから外へ花びらをふぅっと放ちます。


「なにしてるの? 」


「あのお花も閉じ込められては可哀そうだから、ああやって返してあげるんだ。」


「とっても優しいのね、ちょうは。」


「ところであなた、もう部屋に戻らなくていいのかい? もう月があんなに高くなってるよ。」


そういって、ちょうは外をのぞき込んで上を指さします。


「あらいけない。戻らなくちゃ。ちょう、またね。」


「うん。」


そうしてしばらくすると、わあわあという喧噪が下から聞こえてきました。山賊が押し入ってきたのです。山賊はかごを壊し、ちょうを抱えました。


「諜のお勤めご苦労さん。この上だな。」


「うん、そう。もう少しで国に送り返されるところだった。姫君がおしゃべりで助かったよ。」


諜は苦い顔をしています。


「おや、姫君はお嫌いで? 」


「ああ、嫌いだね。こんな籠に閉じ込めるなんて。昔を思い出すよ。」


「だはは、俺たちがお前をかっさらった時までのか。」


「そうそう。息苦しいったらありゃしない。情調は情調。あの子は幸運って意味でとらえているみたいだけど、怒りの情調だなんて思ってもみないだろうね。そもそも友人と言っている人間に対してちょうと呼ぶなんて。」


「おやおや。じゃあさっさと退散しますかね。お頭が待ってるぞ。」


「んふふ、おれが必要なんだね、しょうがないなぁお頭は。」


お城のものが辿り着いた時にはかごにちょうの姿はなく、箪笥の中の大判小判もすっかりなくなっていましたとさ。おしまいおしまい。

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ちょう 東屋猫人(元:附木) @huki442

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