七つの月に照らされて

烏川 ハル

七つの月に照らされて

   

 部屋に差し込む朝日を感じて、俺はパチリと目を開ける。

 目覚まし時計なんて存在しない、爽やかな自然の世界。一日二十四時間とか、分とか秒とかの概念がない以上、時計なんてあるわけなかった。

 最近では、一日の長さが元の世界の『二十四時間』と同じかどうか、それすら怪しく思えるようになってきた。感覚としては、元の世界の十数時間くらいが、この世界の『一日』に相当すると思う。

 窓に歩み寄り、カーテンを開ける。太陽が浮かぶ空には、七つの月のうちの一つが、まだうっすらと見えていた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。今日も、冒険に出かけるのかい?」

「はい、今日は『常葉の森』へ行くつもりです」

 階下の食堂で、フェリーネさんに挨拶をしながら、朝食をいただく。

 フェリーネさんは、この世界に迷い込んだ俺を拾ってくれた、親切な人だ。歳をとって引退するまでは、他の大陸の言語などを調べる学者だったらしい。

 言葉も通じなかった俺に、ここの言語や常識を教えてくれただけでなく、こうして衣食住まで提供してくれている。彼がいなかったら、俺の人生は、異世界転移した直後に終わっていたことだろう。

 フェリーネさんは、確か今年で九十七歳。とはいえ、この世界では、百歳どころか百五十歳を超える人も大勢いるし、そもそも四十歳を過ぎてから結婚するのが普通。だから元の世界の一歳が、この世界では二歳に相当するのではないか、と俺は想像していた。


 朝食の後、いつもの装備を整えて、『常葉の森』へ。

 村から少し離れた、怪物の湧いて出るポイントだ。

 この世界で怪物狩人モンスター・ハンターとして暮らす俺にとって、そうした『怪物の湧いて出るポイント』――いわゆるダンジョン――を回るのが、毎日の仕事だった。

 そもそも異世界転移した時点で、おそらく俺は、ファンタジー小説でいうところの冒険者とか勇者とかになる運命だったのだろう。元の世界では、特に運動に秀でていたわけではないが、この世界では体が軽く、ジャンプ力も凄まじい。

 だから……。


「ハッ!」

 掛け声と共に跳躍して、怪物の攻撃をかわす俺。

 目の前のモンスターは、茶褐色の肌をした、二足歩行の小鬼。武器として、小さなナイフを手にしている。醜く歪んだ顔と、節くれだった手足を持つ彼らは、この世界ではゲイラグと呼ばれる種族だった。俺は初めて見た時「あっ、ゴブリンだ」と思ったので、そういうモンスターなのだろう。

 今、俺が対峙しているのは、三匹のゲイラグ。やつらは俺のジャンプ力に驚き、一瞬、動きを止めてしまう。そんな彼らに対して、俺は降下の勢いを込めて、剣を振り下ろす。

 結局。

 三匹が全て倒されるまで、ほとんど時間はかからなかった。


 夕方までに、さらに何度かゲイラグの集団と遭遇した。

 他に、ゼリンマという低レベルのモンスターも現れたが、こちらも簡単に始末。ちなみにゼリンマは、見るからにぷよぷよとした不定形のモンスターであり、色が赤だったり青だったり緑だったり……。俺は心の中で、勝手に『スライム』と呼ぶことにしている。

 先ほど、俺自身の肉体に関して「この世界では体が軽く、ジャンプ力も凄まじい」と説明したが、それだけではなかった。なぜか、妙に疲れやすいのだ。いや、より具体的には、息切れしやすい、というべきだろうか。

 別の世界から招かれた勇者であっても無双はさせない、というこの世界の意思を感じる。大丈夫、これくらいの方が、古き良きファンタジー小説のようでバランスがとれている、と俺は納得していた。

 もしかすると、ただ単純に、俺が暮らしている辺りの標高が高く、酸素が薄い、というだけかもしれないが。

 どちらにせよ。

 この点に関して俺は、ここで体を動かすのに向いていないので、いつも夕方早めに、怪物狩人モンスター・ハンターの仕事を切り上げることにしている。

 今日も俺が帰宅したのは、まだフェリーネさんが夕食を作り始める前だった。


 夕食の後、浴室で一日の疲れを洗い流す。この世界に風呂が存在しないのは残念だが、魔法式の湯沸かし器を利用したシャワーがあるのは、不幸中の幸いといえるだろう。

 こうして今日も、無事に一日が終わった。この世界の神様に感謝しながら、俺は就寝する。


 小さい頃、俺は読者が好きだった。でも好きな本の種類は偏っていた。

 まずSF小説は、もう科学的な設定の時点で「そんな小難しい理屈、いらねえよ!」と思ってしまうから嫌い。

 推理小説は、終盤まで読んだ時に「そんな真相わかるかよ」とか「うまく作者に騙された!」とか思うから嫌い。

 歴史小説は、小説を読んでいるのではなく、歴史の勉強をさせられている気分になるから嫌い。

 ホラー小説は、怖いから読めない。恋愛小説は、他人の惚れた腫れたの何が面白いのか、わからない。いわゆる文学作品も、展開が地味で退屈。

 そんなこんなで結局、俺が読むのは、ファンタジー小説ばかりだった。自由気ままでワクワクするような、空想の世界を楽しんでいた。

 この世界では、あまり『読書』という文化自体が広まっていないが……。でも、ここは異世界。世界そのものが、まるでファンタジー小説なのだ。こんな世界に来ることが出来た俺は、とても幸せなのだと思う。


――――――――――――


 ベッドの中で、すやすやと眠る一人の少年。

 彼は、ここを『ファンタジー小説のような異世界』と思っているようだが……。

 幸か不幸か、彼は知らなかった。

 ここは異なる世界ではなく、地球と同じ宇宙に存在する、遠い遠い惑星の一つに過ぎない、ということを。

 大気の組成や重力などが異なるのも、ただ単に別の星だからに過ぎない、ということを。

 大好きなファンタジー小説よりも、むしろ嫌いだったSF小説の世界だ、ということを。




(「七つの月に照らされて」完)

   

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