どんでん返しって何だろう

渋川宙

広辞苑との戦い(笑)

 たまたま暇を持て余し、たまたま近くにあった広辞苑を広げてみる。こんなこと、新型コロナウイルスの影響で学校が休みになっていなければなかっただろうと、我ながら本には無関心の宮本玲奈は思う。だって暇。本当に暇。これならば高校に行っていた方がどれだけマシか。とそれはよく、要するに暇を持て余し、何だこの分厚い辞書はと手に取ってみた。

 ちなみに辞書の持ち主は本の虫と表現していい、我が母親のものである。ホント、勝手に入った母の部屋は本にまみれている。プチ図書館状態だ。人生の楽しみの総ては本に集約されている。本人はそう言っているが、ここで地震にあったら圧死して終わりだ。楽しみが凶器になるよと、そんな心配をしてしまう。それはともかく。

「どれどれ」

 えいやっとたまたま開いたページの文字を追う。開いたのは「と」エリアの最後のページだった。難しい頓証仏果なんていう見たことがない単語から、どん底なんていう解説いるのかって言葉まで載っている。

「へえ、とんちんかんって、鍛冶屋の音が揃わない様子からなんだ」

 意外と楽しくなって文字を追っていると、どんでん返しという言葉で目が点になる。

「は?これって「がんどうがえし」ってのを引かないと意味が解んないってこと?」

 一番目に書いてある説明は解りやすい。よくあるどんでん返しだ。しかし、二番目に書いてある「がんどうがえし」とはなんぞや。しかも同じで済ませんな。解んないでしょとツッコミを入れたい。これがスマホならばそこを押すだけでその意味が出てくるが、紙の辞書にはそんな便利機能は付いていない。

「面倒だけど、暇だから引いてやるか」

 普段は絶対にやらない。いや、すでに普段は絶対にやらないことをやっているのだ。その次の手間くらい、もののついでにやってやっても問題ない。と、なぜか上から目線の心境で「か」のページを捲る。

「あった。は?」

 がんどうがえしの意味が書かれているところを見つけたのだが、なんと、それはがんどうの項目にあり、しかも漢字で書くと強盗だった。

「強盗返しなの。え?物語の最後で話がひっくり返ることの語源が強盗?」

 ちんぷんかんぷんだ。一先ず、説明へと目を走らせる。何だか意味が解らない。取り敢えず「がん」と読むのは唐音というらしい。

「舞台装置のことなのか」

 しかし、後ろへ90度倒し、最初は底の面となっていた面を垂直に立てて場面を転換させることと言われても、さっぱり理解できない。

「辞書ってこういうところが嫌なのよねえ。どうしてそれで日本人総てが理解できると思ってんだろ。解らん」

 さらに仕方なくウィキペディアを引くことになろうとは。なんか屈辱を感じる。お前が馬鹿って言われている気がする。もちろん僻みだが、頭のいい奴らはこんな分厚い辞書を難なく駆使してさらに理解しているのかと思うと、無性に負けた気がする。腹立つなあ。

「あったあった。へえ。歌舞伎の装置なのか。って、太鼓がどんでんどんでんと鳴るからどんでん返しって、チョー安直」

「何やってんの」

 けけっと笑っていたら、いつの間にか買い物から帰ってきた母が上から覗き込んでいた。玲奈は思わずぎゃっと可愛くない声を上げた。

「へえ。あなたが広辞苑を開いているなんて、明日は矢でも降るのかしら」

「馬鹿言わないでよ。暇だっただけよ。どんでん返しがまさか歌舞伎から来ているとは知らなかったわ」

「あら、じゃあ、一つ詳しくなったのね」

 母は勝手に部屋に入られたというのに嬉しそうだ。ひょっとして、この人もたまに似たようなことをやっているのか。この人から生まれたことを考えれば――無きにしも非ず。

「でもねえ。歌舞伎かあ。見ようとは思わないな。どんでん返しがどう使うのか気になったけど」

 そそくさと話題を切り上げて立ち上がろうとした玲奈だったが、その肩をがしっと捕まえられる。そして、本棚から一冊の本を取り出して押しつけてきた。

「何これ?『カブキブ!』。しかも一巻って」

「高校生が歌舞伎を部活にしようと奮闘する話なのよ。ともかく一巻、読んでみて。読みやすいから」

 こうして無理やり押しつけられた、榎田ユウリという作者の『カブキブ!』を読まされることになってしまった。そしてこれが、読書沼の始まりになろうとは、この時の玲奈は知るよしもないのだった。

 

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どんでん返しって何だろう 渋川宙 @sora-sibukawa

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