「KAC20204」拡散する種

三文士

拡散する種

 都内某所。


 とある高層ビルの最上階では我々の想像を遥かに凌駕する、世にも恐ろしい会議が行われようとしていた。


 好奇心旺盛な読者諸君。今夜は特別に、その会議を覗いてみることにしよう。


 だがゆめゆめ忘れるな。ここでの見聞きは他言無用である。もしもその約定を破れば、はきっと、その罪人を許さない。


 

 薄明かりが灯る部屋。小さな円卓が中心となっている。装飾品は何もない。辛うじて、その円卓の上で古いランプが頼りなく揺れている。


 円卓に設けられた席は三つ。にしては大きな円卓だったが、先のランプ以外には何ものっていないので余計に大きく見える。


 と、いつ部屋に入ってきたのか。先ずは一人の男が席についた。


 男は色黒で大柄。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうでたくましい身体付きをしていた。


 茶色い背広を着ているのだが、妙な事に帽子を被ったままでいる。部屋の中だというのに、である。帽子のせいで男の表情はよくみえない。


 帽子の男が深くため息をついた時、これまたいつからそこにいたのか、女が音もなくもう一つの席に座っていた。


「おや。早いですね。マダム・ニワト」


 帽子の男は女をマダム・ニワト、そう呼んだ。


「道が空いていたんですよ。ですが、さすがに貴方より早く来ることは出来ませんでした。いつも二番手なんですよ。ミスター・ビー」


 女は帽子の男をミスター・ビーと呼ぶ。


 女はひどく痩せていて、神経質そうな鋭い眼光をしている。白く塗りたくった化粧のせいか歳はひと目で判断できないのだが、決して若いといえるような様子ではなかった。


 彼女が特徴的だったのは髪の毛の色だった。まるで昔のパンクバンドがやるような、火のように赤く、逆立った髪の毛をしていた。白い肌と相まって、より一層異様ないでたちに見える。


「私は議長だからね。遅刻をするわけにはいなないんだ」


「責任感の強い方。どこかの誰かさんと違って」


 二人の会話に割って入るかの様に、どこからか荒い吐息が聞こえてきた。


 気が付けば、三人目が席に着いている。


「やあお二人さん。相変わらず早いね。今回も我が輩がビリとはね」


「ミスター・ポー。私たちが早いのではない。貴方が少し、遅いのだよ」


「ミスター・ビーの言う通り。もう少し早く家を出られたら?」


 二人の意見に対しミスター・ポーと呼ばれたまるまる太った男は鼻をふごふごと鳴らし笑った。


「我が輩からしたらこの世界の全てが早すぎる。もう少しゆっくり動くべきだ」


 そう言ってまた鼻を鳴らして笑ってみせた。


「さて諸君。挨拶も済んだところで近所報告といこう。まずはマダム。いかがかな?」


「議長。アタクシの方面は順調です。今までに開校したヨガスクールはこの国だけでも四百。今年、あと二十は増える予定よ」


「そこでスクールの講師が広めているのはヨガだけではないのだよね?」


「もちろんですとも。スクールに来る主婦や若い女の子たちは健康と美容に関しては一心不乱。その気持ちを利用して我々の理想を少しずつ、少しずつ彼女らの血液に浸透させてますわ」


「具体的にはどんな?グフっ、失礼」


 ポーの言葉にマダムは一瞬顔をしかめたが、すぐに向き直って、エヘンと咳払いをした。


「肉食は健康にとって一番の大敵であり、老化を早め美を害する最たるものである。肉を摂取することをやめれば一日ごとに本来の美しさを取り戻していく。野菜中心の食生活を。心も穏やかになる。それが当スクールの信念です」


 マダムの言葉に二人は拍手を贈ってみせる。


「素晴らしいですねマダム。それではミスター・ポー。そちらの進捗はいかがでしょうか」


「議長。我が輩の方も順調そのものだ。政界に有識者として送り込んだ我が手の者たちにありもしない食糧危機説を唱えさせ、今やそれは説ではなく事実として認識されつつある。国会はこの問題に対して『食糧難対策会議室』を設けた。ちなみにそこの本部長は我が輩の弟だ」


「お見事ですわミスター・ポー。でも、政界のことはアタクシには分かりかねます。もっと具体的な功績をお話しになって」


 マダムの言葉は明らかにトゲを含んでおり、それは鋭くポーに向けられたものだった。しかし彼はまったく物怖じする様子がない。


「なるほど。ではお答えしよう。ただ食糧難を唱えても凡人たちは動かない。そこで次に彼らがとるべき行動を指し示してやることにした。有識者たちは今、各方面に向けこう言っている。『やがてくる食糧難に向け、虫を食え』とね」


 その瞬間、三人は奇声を上げて笑い出した。


「ボオーボオー!」


「ケーケーケ!」


「ピーッ!ピーッ!」


 なんとも筆舌し難い光景だった。その笑い方はあまりに不気味で、背筋に冷たい印象を与えるものだった。


「いやはやミスター・ポー。キミはこういうことにかけては天才的な発想をするね。虫を!食べろ!実に愉快じゃないか!」


「まったくですわ。先ほどまでの非礼をお詫びいたします。アタクシこんなに笑ったのは何年ぶりかしら」


「奴らに虫を!」


 三人はそう言ってグラスを掲げた。


 ポーは二人からの賛辞に大層満足そうな笑顔を浮かべている。


「喜んでいただき恐悦至極です」


 三人の呼吸が落ち着いたところで議長であるミスター・ビーが咳払いをした。


「さて諸君。今日こんにちまで我々が多種多様な活動を水面下で行ってきた結果、ようやくそれが実を結ぼうとしている。我らは種を撒いてきた。奴らが我々の祖先にそうしてきたように。長い年月をかけ、他の生き物を自分たちの都合よく改良してきたんだ」


「無精卵を産むようにしたり」


「繁殖力を高めて増えやすくしたり」


「与える餌を改良して肉質を変化させたり。それらは屈辱以外の何物でもない」


 議長は肩を震わせながら両の拳で机を叩いた。


「だがそれも、あと少しで終焉を迎える。我らの撒いた種は、今やこの世界の隅々まで拡散された。『肉を食うべきではない』『肉食は不健康だ』それと……」


「虫を食え、でしょう?」


 ミスター・ポーがしたり顔で付け加える。


「ありがとう。我らの撒いた種は、奴らを、人間を、菜食主義と品種改良し、やがて我らの食糧とする為だ」


 マダム・ニワトの口が鋭いクチバシとなり、彼女の顔中に羽毛が生え始めた。


「我らが武力で人間に対抗するのは難しい。だが奴らを腑抜けた生き物に品種に改良することは可能だ。知能や、思想を使って侵食する」


 ミスター・ポーの耳が大きくなり、鼻の穴が広がってふごふごと大きな音を立てている。


「金輪際、我らは食糧として生きることを拒絶する。この世界で、強い種として繁栄する」


 議長が帽子をとると、そこには大きな白い二本の角が生えていた。


「牛や鶏や豚が。人間にとって変わる日がくるのだ」


 都内某所。とある高層ビルの最上階の会議室には、人知れず動物たちの奇妙な笑い声が響いていた。



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「KAC20204」拡散する種 三文士 @mibumi

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