風の道標

電咲響子

風の道標

△▼N/A△▼


「これでよかったのか?」

「ああ。これでよかった」


 吹きすさぶ風のなか、ビルの屋上で二人の殺し屋が対話していた。


△▼1△▼


 闇が街を覆う。月はその姿を隠し、星もその姿を隠す。

 人工の光すらも呑み込む真の暗黒。


「任務に支障はないか」

「問題ない」

「視界は」

「良好」


 俺は相方の異変に気づいていた。身体的には好調だ。だが精神面がまいっている。


「俺は今から死地に飛び込む。援護の質が問われるが、大丈夫か?」

「今まで通り、最高の援護を提供しよう」


 聞いたこともない言葉だ。いつもなら必ず弱音を混ぜる。……やはりあの件か。


△▼2△▼


 私の娘は死んだ。むごたらしく死んだ。


 誤射だった。


 私の相方がと誤認して撃ち殺した。後で理由を聞いた。おもちゃが銃に見えた、と言った。

 この件で最も憔悴しょうすいしたのは相方で、私や私の妻以上に心を病んでいた。


 だからとはいえ私はその所業を許すはずもなく、責めに責めた。最愛の娘を殺されたのだから当然だ。


 だが。こいつは使とも思った。


△▼3△▼


 そして今、俺は文字通り死地に飛び込んだ。

 嵐の如き弾丸をわし、双手に装備された拳銃が火を噴く。十数回に及ぶリロードを重ねた末、標的ターゲットは全滅した。


「援護ありがとう」

「これが最後かな」

「……」

「……」


 この気持ちはなんだ。

 涙が頬を流れ、顎から滴り、


――バゴッ!


 銃把に落ちた。


△▼4△▼


「これでよかったのか?」

「ああ。これでよかった」


 吹きすさぶ風のなか、ビルの屋上で二人の殺し屋が対話していた。


「次の仕事からは俺がサポートにつく」

「ああ。よろしく頼むよ」


<了>

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風の道標 電咲響子 @kyokodenzaki

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