誰ソ彼探索クラブ
九十九 千尋
第0話
都内某所にある国公立高校、都立
僕、
何がって……
「新入生が入ってくれたことだし、さっそく
邂逅直後、開口一番に部活の部長が発した一言がこれである。
帰宅部化OK、在籍するだけでもOK、と言われ、元々部活動に時間を取られたくなかったばかりに選んだこの“オカルト研究クラブ”……
または、自称「黄昏探索クラブ」……思ったのの斜め上をいく外れだったのではないだろうか?
腰まである長くサラサラとした黒髪の三年の部長、
「部活の説明でも言った通り、集会以外、うちは参加自由。名簿に名前があることが重要なのだ。部費が下りるから」
なかなかダメそうな気がする。
そういう風に他の新入生も思ったのか、部室である理科準備室から、そそくさと居なくなる人がほとんどだった。
「ああっ! 待って! サバトって言ってもマジな奴じゃないから! あとでみんなでチキン食べるだけだから! キノコティーのお茶請けに……あー、逃げてしまった」
僕もそうすれば良かったのだが、部活に時間を取られたくない以上、部活動に出なくていいというのはこの上ない好条件だ。
それに……思うところもある。
「今年の新入部員は君だけか」
卯柳部長が笑いながら僕に言う。
「名前は確か……
「
「お、良かった。口は取られてないらしいじゃないか。よろしく、新入生」
そう言って、部長は机を一つ僕の前に置き、その上にチェーン店で買ってきたであろうチキンのパーティボックスと、謎の茶色い液体が入ったピッチャーと紙コップを二つ置いた。
「二人だとちょっとチキンの量が多いけど、残して構わないからな」
そう言って、卯柳部長は僕と向かい合わせに座る。
小さな机を挟むように椅子を置き、そこに互いに向かい合って座っているため、とても距離が近い。
「ありがとうございます。……あの、気になったんですが」
目のやり場に困って気になっていたことを聞いてみることにした。
「他の部員の方とかは?」
「ああ、何人か居るんだが……まぁ、集会でも参加しない人がほとんどだね。せめて新入生の歓迎会ぐらい参加してはどうなのだ、と部長は言いたい」
「何人ぐらい居るんですか?」
「名簿上じゃなく、実際に活動してるのは、んー、五人、いや、四人だね」
などと話しをしていると、部室である理科準備室のドアが勢いよく開けられる。
その向こうには、ピンクのパステルカラーに髪を染めた大柄の男子生徒が一人。いかり肩を振りながら部室に入ってくる。
そして、チキンを口に含んで呆然としている僕とその生徒は目が合った。
「お? 新入生か」
咄嗟に頭を下げ、目を合わせないように気を付ける。
ここはひとつ、真面目な学校生活で身に着けた対ヤンキー向け隠密でやり過ごすべきだろうか。
などと思っていると、卯柳部長が手を振って応えた。
「
「チキン……あー、貰うっす」
そう言いながら、僕の隣にやって来て、卯柳部長からチキンを貰う。
「ああ、えーっと彼ね、新入生の……
正直、ヤンキーと関わりたくない僕は二人から目線を逸らして頷いた。
それに対して卯柳部長は笑いながら肩を叩いて言う。
「おい、名前が違うって言うべき場面だろう? ここは。本当の名前は……ほら、自分から、ほれ」
と、僕に自己紹介を促してくる。
渋々ながら、一年の柏手 忌吹だと名乗った。
すると、ピンク髪のヤンキーは僕の顔をまじまじと見た後、部長を手招きして部屋の隅へと行き、なにやら話し始める。
他に生徒も居ない部室に、潜めきれてない会話が聞こえてくる。
「やだもう部長、あの子上玉よ。間違いないわ。長くて野暮ったい前髪の下はイケメンよ。眉も整えてメイクすればお人形さんになるに違いないわ。あたしの
「流石は我がクラブのメイク担当、海棠ちゃん。人の顔の造形美を一瞬で見抜く力は流石の一言だ。でも、なんでヤンキー風のまま接してるの? 地で接しないの?」
「駄目よ部長。あの新入生くんはまだ何も知らないわ。まずは男同士として仲良くなってからよ。じゃないと、あたし、また『丑の日の午後の杏仁豆腐の悲劇』を繰り返してしまうわ」
なんだその気になる単語は。
「あー、あれは酷い事件だった。解った。少しの間、新入生くんと接するときは、海棠“くん”ということで」
「Yes、流石は我が心の姉妹!」
「気にするな、わが心の姉妹!」
謎のハンドジェスターを終えて、二人は僕の下へ戻ってきた。
「おう、俺は二年の
「いいえ、全く」
そう言って握手を求めてきたので、ともあれ握手を返した。
わずかに握った手が震えたような気がして、今のは悪手だったのではないかとふと思った。
と、唐突に海棠先輩が、卯柳部長へ言う。
「そうだ。『枯れ枝のユタカちゃん』の噂、集め終わったぞ」
「おお、お疲れ。首尾は?」
枯れ枝のユタカちゃん?
「割とマジ物の臭さがする。どうする?」
「そりゃ愚問だよ」
そういって卯柳部長は残りのチキンのバケットを小脇に抱えて、席を立った。
彼女は言う。
「今から部活動を行うんだけど、せっかくなら新入生も来るかい?」
「部活動って、オカルト研究、ですか?」
彼女は頬を吊り上げながらそれに頭を振って応える。
「いいや、この部活の本来の活動……『誰ソ彼探索クラブ』の活動だ」
聞けば、放課後のこの時間に、隣接する中学部へ忍び込み、そこの家庭科調理室に潜り込むという話であった。
もちろん僕はそんなの断りたかったのだが……
「あー、チキン代が! チキン結構高かったのになー……人手がもう一人欲しいなぁ」
などというワザとらしい言葉に後ろ髪を引かれ、僕まで忍び込むことになった。解せぬ。
……いや、正直なところ、『誰ソ彼探索クラブ』というものに興味を引かれた、という方が正しいのかもしれない。
というのも、この秘密結社めいたこのクラブの目的は「オカルトの真偽を確かめる」という活動だということに、心のどこかが惹かれていた。
元来、オカルトを信じない僕だが、同時に枯れ尾花の正体を見たい欲求という物も持ち合わせている性分でもあったからだ。何とも言い難い、この少々矛盾しているエゴに突き動かされ、己の理性に責められながらも二人に続いて、僕は中等部へと乗り込んだ。
「それで、どんな話なんです? その『枯れ枝のユタカちゃん』っていうのは」
「お? 興味あるか? いいぜ。教えてやる」
と、家庭科調理室の扉の前で、海棠先輩と二人、部屋の鍵をなんとかして取りに行くと言い残した部長を待ちながらその怪談を聞くことにした。
―― 枯れ枝のユタカちゃん
中等部の家庭科調理室には、授業で作った料理を食べにくる男の子の霊が居る。
その子は虐待児で、学校以外では碌に食べていなかったので、名前がユタカなのに、まるで枯れた枝のような細さをしている。
定期的に冷蔵庫の中の食材が消えているのは、その霊の仕業。
彼に食べ物を恵んであげると、後日お礼が届く。だが、彼に食べ物をあげるのを拒むと……
「って話だ」
「ただの食材泥棒では?」
「え? いや、ほら、実際に食材に齧り跡とかあるらしいし……」
「……ゴキブリでは?」
「ご、ごき……」
海棠先輩の強面に一瞬怯みが見える。
「あるいは鼠とかですかね」
「ね、ね……ずみ」
ピンクの髪に顔面蒼白という二色の状態で、からかった手前、少し可哀想になってきた。
「止めます?」
「え? い、いえ……いや、ビビってねぇから!」
ちょっと反省した。
と、そこに卯柳先輩が戻ってくる。が、問題はその後ろに先生が居る。
どうやら、鍵を騙して貸し出してもらおうとするも失敗し、目論見もバレてまんまと案内させられたらしい。
僕の初めてのオカルト探索は、開始三十分で終わった。
「いや、うまくいくと思ったんだ」
卯柳部長は部室に着くなりそうぼやいた。
「調理室に割烹着を妹が忘れたという嘘が通らなくて……くっ、何故バレた。やはり、顔を覚えられているのが問題なのか」
顔覚えられるほど忍び込みの常習犯になってるのか。
怪訝な顔で見ている僕に海棠先輩がこっそりと教えてくれる。
「まぁ、部長も悪い人じゃ無いとは思われてるのが救いだけどな」
やはり入る部活を間違えたのではないか。
「それじゃ、俺は帰るぜ。買い物行かねぇと」
一人頭を振り乱しながら作戦の失敗を嘆く部長を残して、海棠先輩は理科準備室を後にした。
残されたのは、新入生の僕と部長の二人だけだ。
「せめて目撃したかった。本物の幽霊」
そう卯柳部長がぼやいたのに対し、僕は思わずこぼした。
「怪談が本当な訳ないじゃないですか」
彼女の動きがぴたりと止まり、髪を整えながら僕に向き直る。
咳ばらいを一つ。
「本当の怪談は存在するさ。怪談、いや、怪奇現象とは……“ここ”に撒かれた種だ」
そういって、彼女は自分の側頭部を指で叩いた。
そして彼女は続ける。
「ついでに言うと、もうユタカちゃんからのお礼は貰った」
そういって、彼女はチキンのバスケットを僕に見せる。
中には、ぎっしりと、見事なまでに真ん丸で奇麗な泥団子が、チキンの代わりに詰まっていた。
「いつの間に!? え? どういうこと?」
先生と結託して泥団子を詰めた、のだろうか? そうでないなら……
「今、“本当なんじゃないか”と思ったかい?」
彼女は僕の横顔を覗き込んでニヤリと笑った。
誰ソ彼探索クラブ 九十九 千尋 @tsukuhi
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