エコー・ファイフは虚空に踊る

薮坂

サクリファイス・スクワッド



「──それでよ、そいつは帰ってきた妻に言ったんだと。『エステハウスに行ったって聞いたけど、店は定休日だったのかい?』ってな!」


 ライリーが飛ばしたジョークよりも寒い、高度5000mの空の中。5機の戦闘機が雲を棚引かせて飛んでいた。空軍の最新鋭戦闘機『F-35』の操縦桿を握るジノは、呆れた口調でライリーに返す。


「ライリー、気は確かか? 下らないジョークなんか言ってないで、少しは集中しろよ」


「ハッ、何を抜かす。これがオレのルーティンなんだよ。要はリラックスだ、リラックス。お前のアレみたいにガチガチだったら、すぐにイッちまうだろォ?」


 下世話な言葉に、ジノは今度こそかぶりを振った。同時にライリーは本物のバカだと確信する。今から敵と命のやり取りをしようと言うのに、ヤツの脳内には綺麗な花が咲いているのだと。


「お前の頭の中はどうなってんだ。絶対、真面まともじゃない。病院で診てもらえ」


「何言ってんだ。お前も戦闘機乗りの端くれだろ? この空ではな、マトモなヤツから死んでいく。知らねぇワケじゃねぇだろう?」


 減らず口のライリーを止めたとて、ヤツは口を噤まないだろう。ジノは早々に諦め、MFDマルチファンクションディスプレイに映し出されたフライトステータスを確認した。計器はオールグリーン。何の問題もない。

 その間にもライリーはふざけたジョークを飛ばしていたが、ついにデイヴィス中尉がそれを咎めた。


「ライリー、少し黙れ。作戦空域まであと2分弱だ。兵装を確認しろ、これは命令だ」


「へいへい了解、中尉殿。こっちは万全、いつでもイケるくらいにギンギンだぜ」


「……ジノ、そちらは」


「計器類に異常なし、オールグリーンです」


「グレン、ケヴィン、状況を」


「問題なし」


「右に同じ」


「了解した。間も無く作戦空域だ。ブリーフィング通りのマニューバ戦闘機動を期待する。これより本機をE1エコー・ワンと呼称。各機、復唱せよ」


E2エコー・トゥ、了解」


E3エコー・ツリー、りょーかい」


E4エコー・フォウアー、同じく了解」


E5エコー・ファイフ、了解です」


「結構。E1デイヴィスよりHQ本部。本分隊は作戦空域に到着した。との交戦許可を願う」


「──HQ了解。交戦を許可する。貴君らの武運を祈る」


E1デイヴィスより各機。聞こえたな? 心してかかれ。我々は人類史上初めて、と一戦を交える分隊だ。責任は重大。この戦果が人類存続の鍵となる。覚悟はいいか」


E5ジノ、併せて了解」


 ジノはそう答えるが、少し声が上擦っていた。件の地球外生命体に対し、最初の友好的なコンタクトを試みた別分隊が、一瞬で蒸発する記録映像を見たからだ。

 それは一方的な虐殺。敵は恐ろしい兵器を有している。


「おいおいE5ジノ、ケツの穴が縮こまってんじゃねぇのか? 気前よく開いとけ!」


「うるさいな。開いてるのはお前だけだろ、E3ライリー


「いい加減黙れ2人とも。カウントを入れるぞ。3、2、1……散開ブレイク!」


 中尉のカウントと共に、分隊が散開した。ジノは操縦桿を操り、機体を瞬時に180°ロールさせる。背面飛行からピッチダウン。重力と推力を味方に、機体速度を加速度的に上げて行く。目標は高度3000m。目掛けて尚も下降中。


 MFDマルチファンクションディスプレイに表示された赤色の輝点。それが今回の目標──、つまり敵機だ。その相対距離は6km。この距離で目視できるほど、その目標は巨大だった。


「アレが噂の相手かよ! だらしのねぇ身体してやがるぜ! まるで太ったリンゴみてぇだなァ!」


 E3ライリーがアフタ・バーナを全開にし、敵機へと真っ先に襲い掛かった。見てくれは確かに、大きな球体である。衛星からの画像では金属のような物ではなく、地球上の植物に似ているらしい。つまり自己増幅するのだ、アレは。


 僅か一週間前。宇宙より飛来した巨大なリンゴは、南極上空で日に日に大きくなっている。そして今や、タネのようなものを飛ばしてしていた。世界各地に、それのミニサイズ──と言っても充分巨大であるが──が乱立していた。デイヴィス率いる分隊は、本土に飛来したそのタネを叩く最初の矛である。


 みるみるうちにE3ライリーの距離は縮まり、今やその距離3km。充分な有効射程内。

 ミサイルシーカに敵機を捉え、ロックオン。躊躇う間も無く、E3ライリーはウエポンベイからミサイルを発射した。


 放たれたミサイルは矢の如く、目標へ猛進する。

 しかし。ミサイルはすんでの所で、それには届かず爆散した。レーダを見ても敵機の損傷は認められない。もちろん目視でも。E1デイヴィスは叫んだ。


E3ライリー、効果の確認を! 攻撃は有効か!」


否定ネガティヴだ、クソったれ! アレがその兵器かよ!」


 E3ライリーは機体を水平に。若干のロールを入れ錐揉みに上昇する。途端、敵機に開かれたスリットから、光の矢が射出された。あれが件の敵の兵器。別分隊を一瞬で蒸発させ、E3ライリーのミサイルを破壊したものだ。


 飛来物に対し、極めて高い精度で放たれる光速の光線。科学者によると、それは光合成の如く太陽光を溜め、放つフォトンビームだった。それが次第に、E3ライリーを捉えようとと動く。アレに触れられたら終わりだ。


「チクショウ、冗談じゃあねぇぞ!」


 追われていると気がついた瞬間、E3ライリーは機体を翻した。銀翼が煌めくナイフエッジの急降下。身の毛もよだつ真っ逆さま。しかしその光線は執拗にE3ライリーへと肉薄する。


「──そのまま追われておけ、E3ライリー


 E2グレンからの無線通信。E3ライリーとは対極、遙か下方からのバーティカルクライムロール。巨大なリンゴの真下、E2グレンはミサイルを垂直に発射した。

 例の光線はE3ライリーを追ったまま。迫るミサイル。届けと願う分隊員。


 しかし。ミサイルはまたも届かない。阻んだのは、巨大なリンゴからぞろりと這い出して来たもの。戦闘機サイズの約半分、ブーメラン型の物体だった。その数、およそ20。意思を持つかのようにそれらは拡散し、分隊各機に襲い掛かる。


E1デイヴィスから各機! 状況を報告せよ!」


「こちらE4ケヴィン! バラけたブーメランが──」


 無線に轟音のノイズ。E4ケヴィンからの通信が途絶する。ジノがMFDで確認すると、E4ケヴィンの機が撃墜されていた。黒煙を吹き、機体はゆるりと地へ墜ちる。

 そして二度目の爆音。味方を示す緑の輝点が消滅。E2グレンまでロスト。


「グレン! ケヴィン! クソ、悪魔どもめ!」


 E1デイヴィスの叫び声が無線に響き、続けて仇を撃つべくミサイルを発射。

 しかしこれもフォトンビームに阻まれ、さらにはブーメランたちが追撃する。これは敵の弾なのか、それともこれ自身も生命体なのか。

 躱しても躱しても、執拗にジノの機に迫る黒いブーメラン。そう言えば、こんな形をした植物のタネがあったな──。場違いながら、記憶を手繰るジノ。


 その一瞬の油断は、空で命を落とすには充分すぎた。亜音速で滑空するブーメランがジノの機体に迫る。


 瞬間の判断。右にロール、スライスバック。アフタ・バーナを最大に。もう一度ロール。右ヨー、さらにロール。コクピットに掛かる強いG。限界を超えたマニューバだが、それでもブーメランは離せない。

 ──ダメだ、躱せない! 接触まであと数メートル。ジノは目を見開く。最早、ここまでか。


 しかし次の瞬間。ブーメランはひとりでに破砕した。いや違う、これは。

 

E5ジノ! 随分舐めた飛び方だなァ! そんなに舐めてぇなら、オレのケツでも舐めさせてやろうか!」


 E3ライリー。気がつけば、ジノの後方から機銃の援護射撃。E3ライリーは続ける。


「ミサイルは当たんねぇが、このクソったれには機銃なら当たるぜ!」


 ジノも操縦桿のトリガを引いた。機体が僅かに震え、機首からタングステンの弾丸が無数に吐き出される。

 瞬間、ブーメランに穿たれる穴。勢いを失ったブーメランは、意思を失い墜落する。この攻撃は有効だが、しかしは未だ健在、傷一つ付いていない。その僚機たるブーメランも、まだ10を超える数が飛翔していた。


「……E1デイヴィスからE3ライリーE5ジノ。悔しいが撤退だ。敵の新たな攻撃方法が判明した、これだけでも充分な──」


 三度みたびの轟音。ブーメランがE1デイヴィスに突き刺さり、爆散するのをジノは今度こそ目視した。指揮官が墜ちる? そんなバカな。たかが植物紛いの物体に、人間がここまで蹂躙されるのか。


 指揮官を失い、残るはE3ライリーE5ジノの2機。圧倒的な彼我の差。きっと逃げ出す事も叶わないだろう。


E5ジノからE3ライリー。もう無理だ、離脱も叶わないかも知れない」


「……同感だ。こいつぁヤバい。このオレがブルっちまってるぜ。ションベン漏れてるな、こりゃあ!」


 言いながらE3ライリーは機銃でブーメランを蹴散らして行く。諦めとは異なる鋼鉄のマニューバ。E3ライリーはまだやる気だ。


「……最後に一発カマすか。死んでった皆への手向けによォ!」


「カマす? 何をカマすんだよ! この状況だぞ!」


「あのデカブツのどてっ腹によ、一発カマさねぇと収まりがつかねぇだろ!」


「でもどうやって! あのビームがあるんだぞ!」


 瞬間、E3ライリーはロールして。バーナを全開、敵機に突進して行った。

 フォトンが収束。ビームが出るまでコンマ2秒。放たれたそれを、E3ライリーは踊るように躱していく。相対距離、800m。そこでミサイルを発射。

 ビームが軌道を変え、そのミサイルを墜とす。E3ライリー、さらに一発。墜とされてもまた一発。


E3ライリー!」


「こいつぁオレが躱す! ザコに構うな、お前は野郎に一発カマしてやれ! 墜ちても当てろッ! 一発当てりゃあ、それが人類の希望のタネになる! オレらが死んでも誰かが続く! それにはタネが必要だ、そのタネをここから拡散させろ、ジノォ!」


 ジノは流れるようなマニューバで、クルビットから急降下。敵機をロック。だがまだだ。もっと近づく必要がある。

 相対距離、100m。ジノがミサイルを撃ったのと、E3ライリーがビームに貫かれたのはほぼ同時だった。


 E3ライリーを貫いたビームが、返す刀でジノのミサイルに迫る。しかし。

 一瞬早く、そのミサイルが敵機の頂点を深く穿つ。そして内部で爆発した。



 ジノは最後に考える。

 種は蒔けただろうか。希望の種を、世界に拡散できただろうかと。

 

E5エコー・ファイフからHQ本部。戦果の確認を願う」



 味方のいない、悲しい虚空を。

 E5エコー・ファイフは単機で踊る。


【終】

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エコー・ファイフは虚空に踊る 薮坂 @yabusaka

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