第54話 レバニラ炒め
「…そうですねぇ、やる気が…」
5月上旬の金曜日の夕方、男は呆と受け答えした。
仕事上がりの前に課長や同僚と話しているようだ。
3人共先日まで全日予定の無いゴールデンウィークを過ごしていた。結果、休みが明けたら思い切り五月病になった。
「駄目だ…やる気出さないと…」
課長が言う。
休み明けからの働きぶりを省みて来週から改めようと思い直したようだ。
「…ええ、そうですね…」
同僚の男性が呆っと答える。
3人共やる気が地の果てまで飛んで行ってしまっているようだ。
「こりゃ駄目だね。土日でしっかり気分を入れ替えよう」
課長が言い出し、3人共定時で職場を出た。
「やる気出るもの食べて切り替えよう。何が良いかな?」
家路の途中で男は今夜の晩酌について考えた。
「まぁ、決まらないならいつも通り。物色しながら決めていくか」
そう考えつつ男は商店街へと入っていく。
商店街はいつもどおりの活気で満ちていた。
「さて、と…いつも通り、八百屋から見てくか」
と、八百屋に向かうと主人がこちらに気付いて挨拶してくる。
「どうも!今日も何か買っていきますか?」
八百屋の主人が声を掛けてくる。
「少し五月病気味で…何かやる気の出る料理を食べようかと思いましてね」
と男は返す。
「だったらちょうど旬ですし、ニラやニンニクなんてどうですかい?アリシンたっぷりで滋養に良し!ただ、明日人と会う約束してるなら控えたほうが良いですけどね」
主人はカラカラと笑いながら勧めてくる。
男は少し思案した後、
「なるほど…ではニラをください。あとモヤシも」
と返す。
八百屋の主人もすぐにピンと来て、
「あいよ、ニラとモヤシね。あぁ、あと今日は隣の肉屋が新鮮で旨いレバーを仕入れたらしいよ」
と会計しながら言う。
「それはそれは、貴重な情報ですね。ありがとうございます」
男も朗らかに返す。
男は今度は隣の精肉店に向かい、
「すみません、豚レバーありますか?」
と聞く。
奥から店の老主人が出てきて、
「いらっしゃい。お客さん、運が良いねぇ。今日のは上等なやつでしかも残り僅かだ。滑り込みだったねぇ」
と言う。
「150gしかないけど良いかい?」
老主人は続けて男に問いかける。
「えぇ、大丈夫です。では150gください」
と男は会計を済ませる。
「あいよぉ。そっちの袋寄越しな。一緒に入れてやるから」
と老主人は豚レバーを男の買い物袋に入れる。
「どうもです」
言いながら男は袋を受け取る。
そして今度は酒屋に向かう。
カランとドアベルが鳴って、酒屋のドアが開く。
「いらっしゃい。お、来たね。今日は何だい?」
酒屋の女店主が男に問いかける。
「どうも。今日は切れ感の強いビールをお願いしたいですね。これと合わせるつもりなんで」
と、男は買い物のレジ袋を見せる。
「レバニラかぁ。ビールってのは安直過ぎる気もするが、王道だね」
女店主も頷く。
「ま、王道には王道のビールだよね」
と女店主が持ち出した瓶は、いつも男が飲んでいる銀色のラベルのものではなく、これまた老舗メーカーの昔ながらのラガービールだ。
ラベルに書いてある神獣の絵が特徴的だ。
「普段そちらは飲まないのですが、たまには良いですね。ではそちらをお願いします」
と男は会計を済ませる。
「と…重要なことを忘れてました。今度、どこか出掛けませんか?」
男は思い出したように言う。
「へぇ、デートのお誘いってかい?困っちゃうな〜♪」
往年のアイドルソングのメロディに乗せて女店主が聞いてくる。
「流石にまだまだ早いかしらって歳ではないでしょう。で、どうします?」
男も同じ歌の詞から引用して聞き返す。
2人共揃って趣味が歳の割に古い。ある意味お似合いである。
「良いよ。再来週の木曜なんてどう?ウチは定休日だからさ、その夜とか?」
「良いですよ。美味しいお店押さえておきますね」
「ふふっ期待してるよ」
女店主はニヤリと笑いながら男を送り出す。
男も手をヒラヒラと振りながら、店を出て家路につく。
家に着き、ビールを冷蔵庫に入れ、早速食材を台所に並べる。
【レバニラ炒め】
・豚レバー
・ニラ
・モヤシ
・片栗粉
・塩
・胡椒
・ごま油
・おろしショウガ
・豆板醤
・オイスターソース
・醤油
・みりん
まずは下拵え。
レバーは5~7mmの厚さ、ニラは5cm程の長さに切る。鍋に湯を沸かして、氷水を準備したら、レバーを湯通ししてすぐに冷やす。冷やしつつ、表面の汚れを取る。
汚れを落としたらレバーの水気を十分に落とし、片栗粉、塩、胡椒をまぶし、馴染ませる。
後は順々に炒めるだけだ。
ごま油をフライパンに敷いて、熱したら、最初にレバーを焼く。
両面共にしっかり焼き色を付けたら、モヤシ、続いてニラを入れ、ごま油が全体に馴染むように焼く。
後は、おろしショウガと豆板醤を小さじ1、オイスターソースと醤油とみりんを大さじ1ずつ入れたら、満遍なく味が行き渡るように炒める。
皿に盛り付けて、完成だ。
レバニラ炒めとビール、そしてグラスを持って食卓に並べる。
レバニラ炒めから湯気と共に旨そうな香りが立ち上っている。
男はその香りをアテにビールを注いで飲み始めた。
「んぐ…んぐ……くはぁーっ」
キレのある苦味が口内を満たし、口の中をスッキリとさせる。
喉越しも良く、後から来るホップの香りもスッキリとしており、料理を受け入れる下準備をしているかの如くだ。
続いて男はレバーとニラ、そしてモヤシを一度に口に放り込む。
「あむ…ジャクジャク…んむ…んむ…んぐん…」
ニラとモヤシのザクッとした食感が歯に心地よい。
レバーも中まで火が通っている。おろしショウガを使った他、湯通しなどを行なったため生臭さがしっかりと抑えられている。
そこに豆板醤やオイスターソースの如何にも中華然としたパンチのある味が口内を満たす。
男は堪らず、ビールをもう一度追いかける。
「んぐ…んぐ…んぐ…ぷはぁっ!」
パンチのある濃い味わいが、ビールのキレのある苦みでスッキリとする。
再び料理を受け入れる準備がなされ、男はレバニラ炒めとビールのループに嵌った。
食後、男は休み明けからの自分を振り返った。
明らかにだらけていた。余裕があったにも関わらず、期日が迫っているもの、突如お願いされた仕事だけ済まし、その他の重要な仕事には手を付けなかった。
それでも一つだけ、酒屋の女店主をデートに誘うのだけはやる気を出した。しかし、誘うだけ誘っておいて実はどこに行くかなど決めていない。
「頑張らなきゃなぁ。仕事も…私事も…」
ぼそりと呟きつつ、男は食器を片付けた。
週末自炊酒 飯炊きおじさん @meshitaki
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