宇宙船たんぽぽ110号

黒味缶

宇宙船たんぽぽ110号

「えーっと、今日の予定は……っと」


 病室の中で、少女は手帳を開く。

 人類が宇宙に進出するようになって幾星霜。地球の寿命が近づいてきたことを理由に、高機能宇宙船による人類の地球離れが急務としておしすすめられている。その影響で少女の友人たちも次々に、宇宙船に乗り込んで遠い場所へ向かって行っていた。


「ヨウくんノノちゃんのお見送り……かぁ」


 何度見直しても、予定の文字は変わらない。

 友人と、その兄で伝えていない初恋の人。彼らは明日の午後に出航する予定の宇宙船たんぽぽ110号で宇宙へ旅立つ。実際には今日の夜から宇宙船に乗り込むので、今日が彼らと会える最後の日だ。

 私も行けたらよかったのに……と少女は思うが、彼女もついて行ってところでただ死期を早めるだけだと理解している。

 いくら寿命が近いと言っても、それはあくまで天体単位。星としては後先が無いが、人類をあと十代程度は育める。そして、地球の安定した重力と産出される資源に支えられたほうが、宇宙に飛び立つよりもはるかに病人は生き易い。

 友が少なくなり、寂しくはなるかもしれない。それでも少女のような治る見込みのない病の者は、地球に置いて行かれたほうが長く充実した生を過ごせるのだ。


「えっと……これと、これと」


 少女は旅立つ者たちへの餞別の品を用意する。

 病院で生の大半を過ごす少女に、身の回りの"楽しい"を分けようと何度も足を運んでくれた心優しい友人。彼女には少女が退屈の友としている様々な国の昔話が詰まった文庫本シリーズの新品と、手作りの栞と、感謝の手紙。

 少女が退院していた時期、友人の家にお邪魔した時に優しく迎えてくれた初恋の人。お泊りで興奮して寝つけないのに気付いて、こっそりと夜の散歩に連れ出してくれた人。彼には無事を祝うミサンガと、あの夜の感動と感謝を綴った手紙を。


 それぞれに渡す物を用意して母の迎えを待つはずが、少女の頭がふらりと揺れる。大事な人との別れというストレスに、彼女の虚弱な肉体は耐えられなかったのだろう。気づけば少女は、熱で朦朧としていた。

 病室に迎えに来た母に辛うじて友人たちへの言葉と品を託した後、少女はそのまま病室のベッドで横になった。


 少女が目覚めたのは、空が朱に染まる時間だった。

 今から行っても間に合わないだろう。交わしたかった最後の言葉も、その時になって言うかどうか決める気だった思慕も、夕焼けと宵闇の境に霧散していく。

 涙が出そうな気持ちに引きずられてはまた体に影響が出ると思った少女は、備え付けのテレビをつける。

 友人たちの乗る宇宙船たんぽぽ110号についてのニュースが流れる。

 人類の長期にわたる宇宙生活が可能な宇宙船たんぽぽシリーズの110号の発射が明日に迫った事と、111号から115号の発射予定日。そして、116号以降の乗船希望受付等々。

 必要情報の後に、解説に呼ばれた有識者の言葉が少女の耳を通って脳に届く。


「"たんぽぽ"の由来は、たんぽぽの綿毛なんですねぇ。省エネルギーで遠く、長く飛び続けられる宇宙船の構造もですが、地球という星から宇宙へと人類という種を拡散させるというのがね、あるんですよ。あー、わたしなんかはね、こう、生きてる限り研究を続けたいし、それを活かしやすいからこの星に残りますけどね、有名な言葉に"生命は遺伝子を運ぶ船である"というのがね、あるんですよね。生命の根源たる遺伝子と、それからミーム……あー、文化とか、そういう情報ですね。そういう生命の育んだものがですね、地球と心中するのは惜しいじゃないですか。だからね、遠くに遠くに、広く飛ばしていくのがですね、今の人類のその、役目だと私は思うんですねぇ」


 少女の脳裏に、映像が浮かぶ。ぷちりと摘んだたんぽぽを、ふぅと吹いて綿毛が飛ぶ様子。

 あの綿毛が、友と初恋の人達が乗る宇宙船で、彼らはそれに運ばれる種。

 繋ぐ役目を果たすためのあてどない旅路を、そうとは思えぬ軽快さで往く事を考えると、確かになんだかピッタリに思えて少女は思わずくすりと笑って……それが呼び水になったかのように、抑えていた涙があふれ出した。



 翌日、昼食のあと。看護師の付き添いのもと、少女は屋上に上った。

 地球から去る人々の見送りが、ここからなら辛うじてできる。せめて発つところは見送りたい、という少女の希望をかなえてもらったのだ。


 予定時刻にあわせ、遠くの方から轟音が響く。見えるのは殆ど伸び上がる煙ばかり。相手からも少女の方は見えないだろう。

 それでも少女はただ手を振って、たんぽぽの綿毛と同じ色をしているはずの宇宙船を見送った。

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