UターンのUは「USHIROMUKI」のU

RAY

久宝美羽かく語りき


 Uターンって言葉、好きになれない。

 目標としているものを諦めて、回れ右して来た道をスゴスゴと戻っていくみたいだから。

 自分の意思に反して後ろ向きに進まされるむのって最悪。


「ここから先は行き止まり。大人しく帰った、帰った」


 そんなこと言われて、「はい、わかりました」なんて言えるわけがない。納得できるわけがない。


 言葉のイメージが悪いせいで「U」の文字を見るだけでもイラっとする。

 曲がったことが大嫌いな私にはそもそも文字の形が気に入らない。


 はっきり言って、Uターンと私は火と油みたいな関係。

 あえて言おう。「私の辞書にUターンの文字はない」。


★★


 それにしても、今日は良い天気。

 雲一つない青空って、きっと、こういう空のこと。

 小説なんかでは、よく出てくるけれど、あまり見た記憶がない。

 肌で感じる風もポカポカしていて、とても気持ちが良い。

 空に近い、校舎の屋上だからじゃない。春がそこまで来てるってこと。


 これって「卒業式日和」ってやつ? 

 新たな門出を、見えない何かが祝福してくれてる的な。

 エスカレータ式の女子中だから卒業しても顔ぶれは変わらないけれど、新たな門出には違いない。


 ここからだと、学校の外の景色も一望できる。

 薄らと雪を被った遠くの山や裾野に広がる町並みもはっきり見える。

 外の景色って、見ようとしないとなかなか見えないもの。

 普段は家と学校の往復だから、こういう機会ってなかなかなかった。

 何だかすごく自由な感じ。曲がったことがキライな私には、ぴったりな世界。

 こんなことなら、もっと早く、ここに来れば良かった。


★★★  

 

 そろそろ卒業式も終わる時間。

 もうすぐ、それぞれが新たな道を進んでいく。


美羽みはねさん! 待って!」


 私の後で、鉄の扉が開く音といっしょに声が聞こえた。

 顔を見なくてもわかる。この声は、同じクラスの安田やすだ路子みちこ

 まだ式は終わっていないのに、こんなところで何やってるんだか。


「お願い! お願いだからこっちに来てください!」


 そんなに大きな声出さなくたって聞こえてる。

 でも、「はい。わかりました」なんて言えない。私は後ろ向きが苦手だから。


「ごめんなさい! 謝りますから! だから、こっちに来てください!」


 何を謝ってるの? 私はあなたに謝られることなんか何もない。

 それに、私が何をしようとあなたには関係ない。


「美羽さんには、とても感謝しています! いくらありがとうを言っても足りないぐらい感謝しています! だから、これからもいっしょにいて欲しいんです!」


 何を言うかと思えば、そんなこと?

 ダメ、ダメ。せっかく自由になれたのに、私といたらまた元に戻っちゃう。

 卒業式を抜け出してこんなところに来ただけでもマズいのに。

 大丈夫。私も私のやりたいようにやるから。ちゃんと前に進むから。

 きっと、これですべて上手くいく。


「わたし、怖かったんです! また元に戻っちゃうのが……。だから、の矛先が美羽さんに向けられたのをいいことに、目立たないようにしていたんです! 美羽さんが助けてくれたのを利用したんです!」


 それでいいの。別に私は安田さんを恨んでなんかいない。

 曲がったことが大嫌いだから、道理に反することをする連中が許せなかっただけ。


「わたし、変わります! 美羽さんみたいになります! 絶対に見て見ぬふりはしません! 虐められているを絶対に見殺しになんかしません! 今度はわたしが助ける番です! 絶対に美羽さんを助けます!」


 大泣きしながら、叫んでいるせいで、ところどころ聞こえないよ。

 でも、大事なところは、しっかり聞き取ったつもり。


 私は、Uターンという言葉が好きになれない。

 後ろ向きに進むなんて、私のポリシーに反するから。


 ただ、これから前向きに進めそうな誰かがいるなら、後ろ向きに進むのも――Uターンも悪くないかも。


★★★★


 後ろを振り向くと、そこには、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、キズが付いたCDみたいに私の名前と謝罪の言葉を繰り返す安田さんがいた。


 私は、足元の靴を履きなおすと、胸のあたりの高さのフェンスを慎重に乗り越えた。

 間髪を容れず、安田さんが私に走り寄って抱きついてきた。

 相変わらず、「美羽さん」と「ごめんなさい」を連呼している。


 別に見返りを期待して、彼女を助けたわけではない。

 その結果、いじめの矛先が自分に向いて、いつの間にか追い詰められていたことも後悔していない。

 私は、自分のポリシーに従ったのだから。


 でも、ポリシーに反して、後ろ向きに進むのも悪くないって思った。

 一生付き合えそうな、頼もしい友達ができたのだから。


「安田さん、さっき、私に言ってくれたよね? 今度は、あなたがみんなを助ける番だって」


「は、はい! 約束します! 今度はわたしの番です! 美羽さんにたくさん助けられた分、今度はわたしが虐められている子を助けます!」


 涙を拭いながら瞳を輝かせる安田さんに、思わず笑みがこぼれた。

 Uターンという言葉にもうひとつの意味があるのを見つけたから。


「今度はあなたの番ユーターンか。でも、無理はしないで。二人でがんばろう」


 満面の笑顔を浮かべる私の頬を、暖かな風が撫でていった。

 まるで私たちの新たな門出を祝福しているかのように。


 私の辞書にUターンという文字はない。

 でも、新たに付け加えてもいいと思った。大切な言葉の一つとして。


  

 RAY 

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