Mr.Uターン
水涸 木犀
Mr.Uターン
出戻りの多い人生だ。
俺、
「本日より、テクノロジー管理部に配属されました入間です。3年ぶりにこの会社に戻ってまいりましたので、諸々の業務を思い出すまでご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
ばらばらと、力のない拍手が起きる。うち8割は、よく見知った社員たちだ。自席に戻ると、残り2割に含まれる若い女性社員が、部長に話しかけているのが聞こえてきた。
「あの、さきほど自己紹介されていた方って、以前この部署にいらしたんですか?」
「ああ。もっとも、入間がいたときは技術管理部という部署名だったがな。入間は3回出向してるから、3度目の出戻りになる。この会社のことは秋庭よりよく知ってるぞ」
「ええ!そんなに出入りしてるんですか!大変なんですね」
言わなくてもいいことまで言われた気がするが、事実なので特にリアクションせず目の前の見慣れない巨大なパソコンに向き合う。3年前から変わったのは部署名だけではなかったようで、すこしだけ安心した。ろくに反応しなかった旧型OSとは、ようやくお別れできたらしい。
・・・
部長が話していた通り、俺は3度出向を経験している。管理職なわけでも、特段何かをやらかしたわけでもないが、2〜3年子会社に赴きすぐ戻るということを繰り返していた。同じ会社でこんなに出向している人は他にいないので、単に便利屋としてみられていたのだろう。たかだか2〜3年の出向が会社にとって意味があるのかは分からない。少なくとも、俺は繰り返される出入りとその度に若干変わる人と制度に辟易していた。新しいことを覚えるのは悪くない。しかし今までやってきたことをもう一度覚え直すのは、せっかくアップデートした自分の脳内を再び旧式OSに書き換えるような気分になってげんなりする。
とはいえ仕事は仕事だ。業務内容には特に不満は無い。巨大な画面にはすぐに慣れ、淡々とシステム管理画面の操作を行う。
・・・
「入間さん」
肩をつつきながら同時に声をかけられ、俺は大きくビクッとした。振り返ると、見知った顔がにやにやしながらこちらを見ていた。
「そのリアクション久しぶりに見ました。お久しぶりです」
「お前が言う“久しぶり”は俺にかかってるのか、リアクションにかかってるのか」
「どっちもです」
そう言って全く悪びれずに笑うのは、俺の3つ後輩にあたる
「入間さん、今日帰りメシ食っていきません? “入間さん、また戻ってきたんですか?”会やりましょうよ。あれから時短の方が増えたんで、参加者は俺と入間さんの二人だけですけど」
……いや、こいつのことを古株とは呼びたくない。こいつはいつまでたっても後輩メンタルが抜けない奴だ。どっしり腰を据えている全国の「古株社員」の方に失礼だ。頭を軽く振ってから、俺は秋庭に向き直る。
「それ会じゃなくてただのサシ飲みだろうが」
「いいじゃないですか! 俺一杯くらいならおごりますよ」
「後輩がサシ飲みでおごろうとするんじゃない」
俺がむっすりと言うと、秋庭はあははと笑った。
「秋庭。入間が戻ってきて嬉しいのはわかるが、飲みの話は仕事の後でな」
部長の声が割り込んできて、秋庭ははい!と言って席に戻っていく。
「じゃあ入間さん、また後で」
・・・
「お前のせいで、初日から部長に目付けられたじゃないか」
会社の近くにある居酒屋のカウンター席。定番の瓶ビールをのみながら、俺は冗談半分、本気半分でぼやいた。
「えーいいじゃないですか。今の部長は入間さんのこと知ってますし」
「部長来た次の週に、俺が出向になったけどな」
「それはさすがに笑いましたけど」
「お前、あのとき笑ってたのか」
出戻ってきた初日は、どうしても話が俺の出向が多いというネタに行く。当時のことを思い出したのか、秋庭は半分笑いながら話を続ける。
「だって、そんな人この会社にいないじゃないですか。出向3回目って。入間さんどんだけ最強のゼネラリストになるつもりなんだって思って」
「俺は好き好んで出向してるわけじゃない。それに、ゼネラリストになったという感覚もない」
そう言うと、秋庭は意外そうに目を瞬かせた。
「いや、ゼネラリストでしょ。俺が知ってる人の中で、入間さんがダントツでパソコン強いですよ。しかも戻ってくるたびパワーアップしてますし。毎回なんだかんだいいながら、すぐに会社のシステムにも慣れるじゃないですか」
疑わしげに発せられる言葉に、俺は首を横に振る。
「いや、慣れるんじゃなくて知ってるだけだ。それに戻って来てやる業務は変わってないから、何か自分を無理やり旧型OSに当てはめてる感覚があって嫌なんだよ。今の仕事は割と好きだし、わざわざ別の会社に出向くのも億劫になってきた」
「それは、“別の人を知るとその人になびいちゃうかもしれないから、あえて初めて付き合った人と結婚する人”みたいな感覚なんですかね」
「なんだよその例え」
「今派遣の子たちの間で流行ってるんですよ。そういう設定のドラマが」
「そういう知識はこっちに戻ってきた方がアップグレードされるんだよな……」
俺がそういって嘆息すると同時に、秋庭の手元のグラスがカラン、と音を立てた。
一杯目から芋焼酎のロックを飲んでいる(秋庭曰く、芋焼酎はロックで飲むのが一番コスパがいいらしい)が、酔う気配もなくいつものテンションでうーん、と唸る。
「出戻り、って言葉が良くないんですかね。出て戻ってくるんだから、読んで字のごとく、なんですけどね。ずっと住んでた実家にたまに戻ると居心地悪い、みたいな感覚になるんですかね」
「あー、それに近いかもしれないな」
適当に相づちを打つと、秋庭は突然「そうだ!」と手を叩いた。
「実家に帰るで思い出したんですけど、Uターンっていえばいいんじゃないですか?」
「いやそれさっきの“家にたまに戻ったら居心地悪い”のと一緒じゃないのか」
突然何を言い出すのかと思えば、聞き慣れたワードが出てきて面食らう。しかし、秋庭はぶんぶんと激しく首を横に振る。もしかしたら少し酔ってきたのかもしれない。
「いえ、世間一般のUターンはそうかもしれないですけど、Uターンって字を見たら、全く同じ所に、同じ形で戻ってくるわけじゃないじゃないですか。全く同じ所に戻るなら
秋庭はそういいながら、カウンターの上に指で「O」と書いた。
「でもUターンのUって、同じ方向には戻っていくけど同じ場所には戻らないですよね。ほら、真っすぐな部分が平行だから、絶対にスタート地点にくっつかない」
机上ではしる「U」の指の動きを見ながら、俺は頷く。
「確かにそうだな」
「でしょ?」
同意を得たことが誇らしいのか、生意気な後輩は大げさにドヤ顔をしている。
「だから、Uターンって、自分自身は同じところに戻ってきたつもりでも、実際には全然違うんですよ。戻ってきた先は“同じようなところ”であって“同じところ”じゃない。じゃあそれはどこなんだっていったら、前いたときより先に進んでるんです」
秋庭はもう一度、カウンターの上に「U」と書いた。
「アルファベットって左から右に書くじゃないですか。だから左上から始まって、右上で終わるUは、戻ってきたとき先に進んでるんです。Uターンで戻ってくる場所は、“同じ場所”じゃなくて、“ちょっと先に進んだ同じ場所”ってことになると思います」
「まぁ、そりゃ俺がいない間に時間が進んでる場所に戻るんだから、そうなるだろうな」
酔ってるのだろうと思いつつマジレスすると、秋庭はむっとした顔で首を横に振る。
「時間が進むのもそうですけど。俺が言いたいのはそうじゃなくて。ぐって大きく曲がって、人と違うことを見て感じて戻ってくるから、入間さん自身が存在感をもって、先に進めるんです。「U」ターンのUは、入間さんじゃなきゃかけません。異動もなくてぐうたらしている俺は起伏の無い漢字の「一」しか書けないです。だから入間さんは面白いですし、凄いなって感じることもたくさんあるんです」
漢字の一は縦書だから前進してないだろう、とマジレスしようと思ってやめた。ポジティブな秋庭が若干自虐的になってまで、俺のことをフォローしたいのだと感じたからだ。だから素直に感謝の気持ちを述べることにした。
「ああ。ありがとな。確かに出戻りっていうより、Uターンって言った方がイメージいいかもな。もうちょっとポジティブに捉えるわ」
「ポジティブも何も、入間さんは凄いんです! Uターンを極めたMr.Uターンなんですから!」
「その呼び名は会社で使うなよ…」
「いいじゃないですか! Mr.Uターン!」
やれやれ、と息をついて俺は席を立ち、変なテンションになっている秋庭にも退席を促す。
「帰るぞ。明日も仕事だからな」
「了解です!」
意外にもあっさり席を立った秋庭は、財布を出しながらうきうきと言う。
「何かMrUターンって呼び名気に入ったので、これからも呼んでいいですか」
「却下」
そう即答しつつも、「出戻り社員」と呼ばれるよりも悪くないな、と思ったことは秋庭には秘密にしておこう。酔っぱらいの戯れ言に、うっかり納得してしまったことも。
いずれにしても、今回の「出戻り」改め「Uターン」の生活は、悪くないものになりそうだった。
Mr.Uターン 水涸 木犀 @yuno_05
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