我が街自慢の最高のお祭り

冬野ゆな

第1話

「よう、高山。調子はどうだい」


 先輩に声をかけられ、ぼくはパソコンから目を離した。


「おかげさまで。最初は不安でしたけど、すっかり慣れましたよ」

「そりゃあ良かった!」


 会社の都合でこの小さな街に引っ越して三ヶ月になる。東京からも遠い小さな街でやっていけるか、当初は凄く不安だった。だが来てみれば、ぼくと同じように転勤してきた先輩たちも何人かいて、社内は和やかだった。

 細かい街のルールも、転勤仲間でもあった先輩が教えてくれてずいぶん助かった。先輩も一年前にここへ来た時は、同じように転勤仲間だった課長からいろいろと教えてもらったらしい。


「そうだ、今度このあたりで祭りをやるんだ。お前も暇なら行ってみたらどうだ?」

「お祭りですか?」

「ああ。京都の祇園祭とか知ってるだろう? あれは有名だから別格だけど、あんな感じで街をあげて盛大に行われるんだ」

「へえ、いいですねぇ」


 お祭りなんて子供の頃以来だ。それも近所の神社でやっているような小規模のものくらいしかない。もっとも、最近ではその祭りも子供の減少や屋台のガスボンベの問題なんかが浮上して、規模が縮小してしまったらしい。寂しいものだ。


「このあたりは娯楽も少ないだろ? だから、みんなこの時期はどこからやってくるんだってくらい人で溢れてね。そりゃあ盛り上がるんだぜ。最高の祭りだってさ」

「いつなんですか?」

「来週の日曜日だよ。駅前とかにポスターがあると思うから、詳しいこと知りたきゃ見るといいぜ」

「ありがとうございます。見てみますね」

「行ったら感想教えてくれよ。最高! の一言しか無いとおもうけどな。はははっ!」


 先輩は笑ってから、ハッと我に返る。


「……あ、忘れるところだった。それでな……」


 話は仕事の話に移り、ぼくと先輩は仕事に戻った。

 そのため祭りの話は忘れてしまっていた。だが仕事帰りに駅前を通ると、わあわあと掲示板の前に人が集っているのに気付いた。

「来週お祭りだね!」と仲の良さそうな女子高生。

「あれは最高の祭りだからな」と盛り上がるおじさんたち。

「そういえば来週だね、楽しみ」と笑い合うカップル。

 そこまで言われると気にはなる。この街でそこまで盛り上がるなんて、どれほど最高の祭りなのだろう。だが、ポスターを見ようとしても、人が集まっているせいでよく見えない。どんなイベントなのかもわからない。

 もう少し高いところに張ればいいのに、と思いつつ、ぼくは仕方なしに掲示板から離れた。


 帰ってスマホで検索してみようと思ったが、アパートに帰った頃には、疲れてそれどころではなくなっていた。どうせ日曜日になればわかるのだし、という気持ちもあった。

 あさってには大事な会議もあって、そのための最終調整もしないといけない。


 結局、祭りについてなにひとつわかることもなく、日曜日を迎えてしまった。

 その日の朝、はやる気持ちをおさえてアパートの扉を開けると、隣に住んでいるおじさんと鉢合わせた。


「こんにちは」

「おお、こんにちは。お出かけですか?」

「ええ、この街のお祭りに行ってみようかと」


 ぼくがそう言うと、おじさんはパッと顔を明るくさせた。


「おお、そうか! あの祭りはいいぞお、とにかく最高だよ! あんな祭りは他には無いからな!」

「そうらしいですね。楽しみです」

「俺たちもいまから一杯やってから行くところなんだ。楽しんでこいよ!」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってアパートの外に出ると、小学生たちが数人でワァッと駆けていった。


「おーい! 祭りに遅れるぞー!」

「待ってよう!」


 そんなことをいいながらバタバタと駆けていく。ぼくはますます楽しみになる。老若男女かまわず楽しめる祭りなんて早々無い。

 駅に近づくにつれて、だんだんと屋台が増えていった。こんなところにまで屋台が出るのかと驚いた。

 屋台を横目にメイン通りに出ると、既に多くの人で溢れていた。見えるのは前の人たちの頭だけだ。

 こんなの、テレビの中でしか見たことが無い。イケメンの金メダリストがパレードをしたときもこんな感じだったと思う。


 ――なんだろう。神輿が通るのか……?


 そうでなければ大名行列のようなものだろうか。この人の多さでは、なにが最高なのかまったくわからない。

 そんなことを思っているうちに、ワァッと歓声があがった。


「おおっ、今年もやっぱりいいなあ!」

「この祭りは最高だな!」


 ぼくは何度もきょろきょろと見えやすいところを探したが、どんなに頑張っても人々の向こう側は見えない。意を決して、前にいる人たちに話しかける。


「あのう、いまこの向こうでなにが……」

「おう兄ちゃん、楽しんでるか!? いいだろう、最高だよなあ!」

「え、いや、だから……」

「うおーっ! 今の見たか!? 最高だあー!」


 おじさんは中心に向かって叫んだ。

 何が見えたというのだろう。


「ああ、いいものが見れたわあ。本当に最高のお祭りねえ」


 少し離れたところで、おばあさんたちがニコニコしている。


 ――だから、なにが最高なんだ!?


 ぼくはいまにも叫び出しそうだった。

 何が通っているのかわからず、ぼくはおじさんから離れて人のいなさそうな場所を探した。あいかわらず、ときおり歓声があがっている。ぼくはそのたびに何が起きているのかを見過ごした。

 人の波をかき分けて前に近づこうとしても、人が多くてかなわない。次第に焦ってくる。少し離れたところから背伸びまでして見ようとするが、ちょうど目の前を集団が通って見えなくなってしまった。

 仕方なくどこかのビルを探す。

 きっとまだ大丈夫だ。

 なにが最高なのか、見極めてやる。


 キョロキョロとあたりを見回すと、デパートが目に入った。

 本館と別館を結ぶ渡り廊下が窓になっているらしく、人が集っているのが見えた。


 ――ここだ!


 人の波をかきわけ、デパートの中に入る。

 デパートはほとんど窓が無いから、外を見るには渡り廊下まで行くしかない。渡り廊下がある階を確かめ、エレベーターホールまで行く。だがそこにも人が集っていて、やきもきした。

 何度もあたりを見回すと、エスカレーターが目に入る。

 ぼくは早歩きでエスカレーターまで行くと、はやる気持ちで飛び乗った。


 ようやく目的の階につくと、急いで渡り廊下まで行った。天井からの案内板を確かめながら、何度か店の横を曲がって、パッと渡り廊下にたどり着く。

 だけれど、外で見た時と違ってそれほど人がいなかった。

 急いで外を見ようとしたが、そこにはもう何もなかった。


「あれっ、あんた、いま来たの?」


 髪を金髪に染めた不良っぽいお兄さんが、ぼくを見ながら言った。


「残念だなあ、一番の見せ場は終わっちゃったよ。今年は最高だったのになあ、運が無いな」

「ええっ……? そ、そうなんですか?」

「でも、それ以外も最高だったろ?」


 お兄さんはニコニコしながら去っていった。

 ぼくは茫然とそれを見送るしかなかった。


 デパートから出てメイン通りを歩いていると、もう人はまばらになっていた。

 何が最高だったのかさっぱりわからないままだ。


 トボトボと屋台の並ぶ道を歩くと、前から突然声をかけられた。


「えっ?」

「よう、高山! 来てたんだな」


 先輩だった。

 どうやら奥さんと来ていたようで、隣で女性が挨拶をする。


「どうだった? 最高だったろう?」


 にこにこする先輩を前に、ぼくは気後れした。


「え、ええ。最高でした」

「うーん。やっぱりそうか。最高だよな! 祭りバンザーイ!」

「もうっ! この人ったら。ごめんなさいね、高山さん」

「じゃあな、高山。残りも楽しめよ」


 幸せそうな二人が去っていくのを、ぼくは漫然と見送った。







 あれから一年が経った。

 祭りのことなどすっかり忘れてしまっていた。

 ぼくもかねてからの交際していた女性と結婚し、仕事でも中川という後輩までできて、忙しい日々を送っていたのだ。


「高山先輩、できました。チェックお願いします」

「わかった」


 ぼくは書類を受け取りながら言った。一枚ずつざっと目を通しながら、横で緊張している中川を見る。


「そういえば中川は転勤組だったな。仕事はどうだ?」

「まあまあです。最初は不安でしたけど、皆さん優しくて。ちょっと娯楽は少ないところですけど」

「ははは、まあ慣れてきたなら良かったよ。そうだ、今度、このあたりで祭りをやるんだ。暇なら行ってみたらどうだ?」

「へえ、お祭りですか。楽しそうですねえ! どんなお祭りなんですか?」


 そう尋ねた中川に、ぼくは笑顔で答えた。


「とにかく最高なんだよ」

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