31 監禁と軟禁だったらどっちがいいの?(終)


 十二月に入り、寒さもずいぶんと厳しくなってきた。

 私と綾里はというと、二度目のキスを交わしてから恋人同士となったわけだが、その関係性……上下関係と言おうか、力関係と言おうか、とにかく以前までとほとんど変わりがないように思う。

 もとより、綾里が私の恋人となっただけで、私たちの関係がフラットになるとは微塵も思ってはいなかったのだが。


 私たちの性格が変わるわけじゃあるまいし、当然のことといえばそうである。

 常に澄ました彼女だったら愛なんて感じられないし、あの無邪気で天使に見紛うような綾里だとか、ふにゃふにゃタイム真っ最中の綾里だとか、四六時中そんな彼女だったら、むしろ大困惑ものだ。


 だから、


「ねーえ、ことり、ちゅーしたい。というか今ここでしなさい」


 なんてことを休み時間中の教室のど真ん中で囁かれても、別にうろたえるはずもないのです! 

 あはは、まーた変なこと言い出したよこの人。と、呆れるだけなのです!

 どどど動揺なんてしてませんけど! ドドキドドキキななんてしししてませんけど!

 その証拠にたおやかにあしらって余裕のある女を見せてあげるわよ!


 椅子に座る私に横から甘えるネコのようにすり寄る綾里の頭をそっと撫でる。


「あ、あのう、こんな衆目に晒された場所でそんなことしたら……なんかこう、すごく愉快なことになると思うんですけど」

「愉快なことって? 私とことりがデキてるーって噂になるとか?」

「うん、それはもうとっくに噂になってるからどうでもいい」

「じゃあなに」

「いや、噂が紛うことなき事実になっちゃうから」

「事実じゃん」

「そういうことじゃなくてですね……」


 頭を撫でたまま苦笑する。綾里が「ふーん」と漏らし、私を上目遣いに見つめてきた。


「私は今、とてつもなくことりとの関係を周りにバラしたい気分なの」

「とてつもないのかあ」

「とてつもないの。牽制って必要よ」

 

 そっかあ、そうだよね、そういうことですよね。

 そういう警戒心を持たれると、綾里の愛の重さをひしひしと感じますよ。それがまんざらでもなく嬉しかったり、えへへ。



 ところで、かの『先輩ノート』の所在について。

 晴れて恋人同士になった次の日、綾里は何とも読み取り難いツンとした表情をして、私にノートを差し出した。放課後の部室でのことだった。


「はいことり、これ返すね」


 綾里は簡潔にそう言った。

 私は若干戸惑いつつも、「うん」とだけ答えてそれを受け取った。

 綾里の目を気にしながら、なんとなしにパラパラとノートを繰った。中身はあの日、綾里に奪われたときのままで、何も変わりがなかった。てっきり、綾里の手で何かしら書き込まれているものとばかり思っていたのだが。

 拍子抜けする私に、不意に綾里が声を発した。


「ことり、その……ごめんね」


 顔をあげると、綾里は申し訳なさそうな微笑を浮かべていた。


「え、急にどうしたの」

「ううん、ずーっと謝れてなかったなあって思って。ことりのことが好きすぎてカーッとなって、ついつい勢いに任せて脅しちゃったこと。ことりの気持ちを踏みにじってたんだもん、だから、今更だけど」


 しおらしく肩をすくめる綾里が可笑しくて、私はつい笑いをこぼした。慌ててノートで口元を隠した。

 綾里の目が湿っぽく私を睨んでくる。


「笑わないでよ」

「ごめんごめん、だってもうそのことに関してはさんざん話してきたじゃん。最初はちょっと怖かったけどさ、私も嬉しかったんだって」

「知ってる、どえむのことりさん」

「いや、それは違うけど……」


 演技っぽくツンとしてそっぽを向く綾里も、ついにはこらえきれないといった具合にクスクスと笑った。

 そうして私の手元に戻ってきた『先輩ノート』は、家の机の引き出しの中で眠っている。

 たぶんもう今後一切開くことはないだろうが、捨てるなんてこともないと思う。本当の私と、本当の綾里を引き合わせてくれた、思い出の功労者なのだから。

 中身は色々とアレがアレで目に入れると恥ずかしさ満点の黒歴史だけれども……。これを両手に掲げた状態では先輩に顔向けもできないけれども……。


 心の中で古水先輩に何度謝ったことか。同じくらい、何度感謝をしたことか。



「こーとーり、こーとーりー」


 太ももをポカポカと叩かれる刺激で我に返った。椅子に座る私の横にしゃがんで、綾里が私を見上げていた。


「帰ってきた?」

「帰ってきた」


 頷くと、綾里は私の太ももに両肘を立て、頬杖をついた。上目遣いにジロリと睨んでくる。


「妄想は私とだけにしてよね」

「いやあ、仮に私と他の誰かで妄想しようとしても、絶対綾里が割り込んでくるから」

「なにそれ、意味わかんない」


 ムスッとして、眉をひそめる綾里。


「私もわかんない。けど、綾里は強いから、やばいから」

「ますます意味わかんない」


 綾里が深いため息をついて、宙に視線を泳がせる。どことなくセンチメンタルでメランコリックな雰囲気を漂わせている。


「はあーあ、ことりを監禁したい」


 うーん、何言っちゃってるんですかねえこの人は。そんな遠い目をして言うセリフじゃないでしょ。

 綾里がハッとして、両手で口を覆った。


「あっ、間違えた」

 

 そうでしょうとも、何もかも間違えてますよ。


「監禁じゃなくて軟禁だった。はあーあ、ことりを軟禁したい、私の手で養いたい」

「やり直さなくていいしあんまり変わらないし」

「じゃあ監禁と軟禁だったらどっちがいいの?」

「軟禁で」

「即答じゃん」

「当たり前です」

「はあーあ、ことりを軟禁して好き放題したい」


 やっぱりやばいやつだよこの人は。


「ことりは私のこと監禁したくないの?」

「したくないです」


 即座に返答すると、綾里はきょとんとして小首をかしげた。そんなに不思議そうな顔をされても困るのですが。

 みんながみんな好きな人を監禁したいと考えるだなんて思うんじゃないよまったくこいつは脳みそ見せてみろ!

 

「あのねえ、『好き=監禁したい』とか思うのは綾里ぐらいだから、勘違いしないで」

「独り占めしたいでしょ?」

「まあ、それは分からなくはないけど」

「じゃあ監禁軟禁したいじゃん」

「そこに飛ぶな!」


 綾里が「えー」と言って不服そうにする。ダメだ、この人は常軌を逸している。

 

「なに、綾里は監禁されたいの?」

「ことりになら喜んで」


 にっこりしてそう言うが、私にはわかる。いざ本当にそうなったら、いつの間にか私の方が監禁される側になっていることだろう。

 ああ、綾里がたまりかねて立場を逆転させる未来しか見えないよ。


「やっぱ綾里こわいわー」

「あら、私の考えてること分かったんだ」

「考えてたのかよ」

「監禁してくることりをどうやってほだし丸め込んで立場逆転させようかって考えると、なんかソワソワする」

「ソワソワねえ……」


 怪訝に綾里を見ていると、不意にピクリとしてまばたきを繰り返した。


「忘れてた」

「何を?」

「ことりにちゅーしてもらうんだった」

「いや、しませんけど」


 すると綾里がおもむろに、私のひざにかかっていたブランケットを取り上げた。

 それをすばやく私にかぶせる。周囲の視線が遮られた。

 下から、綾里がゆっくりと顔を近づけてくる。

 

「これならいいでしょ?」


 よくねえよ! と声を大にして言いたいところだが、こうなってしまっては綾里ももはや引き下がるまい。

 無言で綾里を見つめる。綾里がむふふと口元を緩め、「よろしい」と頷く。

 休み時間の騒がしい教室で、私たちはブランケットに身を隠して静かに唇を重ねた。



*****


 私には、女の子の恋人がいる。

 彼女はひどくわがままで、横暴で、そしてすごく優しい人だ。

 彼女は私に、女の子である彼女のことを「好きだ」と堂々と伝えさせてくれた。それは決して変なことではないのだと、私に教えてくれた。

 彼女と、ある特定の人たち以外に、大っぴらに言えるかどうかなんてことはまた別の話だが。


 ずっと隠して胸の内にしまっておいたこの気持ちを、今は彼女にはっきりと伝えられる。

 私は女の子が好きだと、私と同じ女の子であるあなたが大好きだ、と。



――ガチ百合バレして脅され中! 終――




・・・・・・・

「誕生日プレゼントに小型犬用の首輪とか、いくらことりでも少し引いちゃうんですけど」

「どの口が言うか! これはあれよ、支配してたのは実は私の方でしたー、っていうことで、私の方が“上”ってことで、そこのところよろしく」


「はい、カチャリ。うん、両手首が赤と青の首輪で似合うじゃん。ついでにリードも繋いでっと……今日はこのまま帰ろっか」

「ごめんなさい冗談です。本当のプレゼントは別にあります」


「最初からそっち渡してくれればいいのに」

「えへへ、照れちゃうから一旦茶番に持ち込もうと思って」


「ことりはバカだなあ」

「バカじゃないやい!」


「で、本当のプレゼントって何?」

「それは……じゃじゃーん、わ・た・し、ハート」


「えっ……! つまりアレやコレやし放題ってこと? うへへへ、最高だよ、ことりありがとう」

「あっ、えっと、あの、これも冗だっ」


「んー、ことりーことりー」

「じょっ、冗談ですから、これも冗談ですからあ!」


「ことりことりことり、ちゅっちゅー」

「ああああ、あっ、あああ……」


「んう、ことりー……好きい……」

「あああ、は、話を聞いてほしっ……い」



――おまけ 終――


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