一周年のおめでとう

烏川 ハル

一周年のおめでとう

   

「へえ、そんなお祭りが開催されていたのか……」

 Kという小説投稿サイトに私が登録したのは、春のことだった。

 世間では新年度のスタートと言われる四月、私も何か新しいことを始めてみよう、と思い立ったのだ。


 小説投稿サイトというのは、プロの小説家ではなく、有象無象の素人たちが、それぞれの小説をインターネットという仮想空間に持ち寄って、読んだり書いたりする場所。

「……という認識であってるのかな?」

 読書は嫌いではなかったが、昔から、読む本が偏っていた私。いわゆる文学小説には食指が動かず、「良い文章を読まないから文章力が上達しない」と、さんざん言われてきた。

 小さい頃、漫画家になりたいとか、小説家になりたいとか考えることも、あったような気がする。だが、だからといって、実際に漫画を描くこともなければ、小説を書くこともなかった。ただの一度も。

 そんな私が、この歳になって、小説投稿サイトに登録するなんて……。

「ちゃんちゃらおかしいよね」

 と、自分で自分を笑いながら。

 まずは、Kに掲載されている小説を読み始めた。


 不思議なことに。

 小説を読んでいると、自分でも小説を書きたくなってくる。ぼんやりと、物語が頭に浮かんでくるのだ。

 そうやって、いくつかの物語を紙にメモしてみたところで、ふと気がつく。

 ああ、私は物語を作りたかったのだ、と。

 絵を描きたいわけではないから漫画は描けなかったし、文章を書きたいわけではないから小説も書けなかったのだ、と。


 思えば、私が子供の頃。あるロボットアニメがブームになって、そのプラモデルが爆発的に売れた時期があった。ブームに乗って、私もプラモデルを作り始めた。

 いや厳密に言えば、私のプラモ遊びが始まったのは、もう少し前だっただろう。『あるロボットアニメ』以前に、宇宙戦艦をテーマにした別のアニメが流行はやった頃、その艦艇のプラモデル――特に100円で売られていたシリーズ――を、たくさん作って遊んでいたのだから。だが、どちらにせよ「ブームに乗った」という認識であり、自分がプラモ作りにハマった、とは感じていなかった。

 ブームが去ると、私はそうしたアニメのプラモデルを作らなくなり、今度はTA社の戦車のプラモデルを買って作るようになっていた。それも卒業すると、次は鉄道模型の世界へ。ただし鉄道模型でも、TO社やKA社の完成された車両ではなく、キットを自分で組み立てなければならないGR社の模型を好んで買うようになり、さらには、鉄道車両そのものよりも、駅舎とかビルとか住宅とか商店とかの模型ばかり買うようになり……。

「これ、本当に『鉄道模型が趣味です』と言えるの?」

 と、自分でも不思議だったのだが。

 今にして思えば、私は一貫して「何かを作る」ということが好きな子供だったのだろう。


 そして。

 大人になって、接着剤や塗料といったものから離れた今。

 私は、物語を作るようになったのだ。

 だが、どうも少しタイミングが悪かったらしい。

「へえ、そんなお祭りが開催されていたのか……」

 私が小説投稿サイトKに登録する直前、大きなお祭りがあったというのだ。

 10日間に渡って、毎日毎日テーマが出されて、それに沿った小説を書いて投稿する、というお祭りだ。

「ああ、私も参加したかったな……」

 テーマに沿った物語を書く。何もないところから物語を作り出すのとは違って、与えられた『テーマ』がある時点で、むしろパーツのあるプラモデルに近いのではないか、と私は思う。

 そう、小説のプラモデルだ。

 これこそ、私が最も楽しめるイベントだったのに!

「残念、遅かった……」

 と、嘆くと同時に。

 この『お祭り』がサイトの誕生祭を兼ねていた、という点も、私は見逃さなかった。


――――――――――――


「ああ、やっぱり! 今年も開催されるんだ!」

 K誕生祭2020。

 昨年と同じようなお祭りだ。私にとっては、最高のお祭りであるといえよう。

「おめでとう、K」

 小説投稿サイトの『誕生祭』なのだから、一応は、PC画面に向かって、そう言っておく。

 同時に。

 去年ギリギリで間に合わなかった私にとっては、この小説投稿サイトを使い始めて一周年ということにもなるので……。

「おめでとう、私」

 と、口にする。

 自分でも気づかぬうちに、私の顔には、笑みが浮かんでいた。




(「一周年のおめでとう」完)

   

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一周年のおめでとう 烏川 ハル @haru_karasugawa

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