第6話 仲間

「ルシアはさあ、バカなの?」


 痛みを覚悟した私の耳にそんな言葉が飛び込んでくる。それと同時に、感じていた不快感と重みが消えていた。

 恐る恐るあたりを見渡すと、さっきまでのしかかっていた青年はすぐそばでのびていて、空中に同い年くらいに見える女の子が二人、青年がのびているのと反対側に小さな女の子と30すぎくらいの男性が佇んでいた。


「あ、あなたたちは……?」


 さっきまでいなかったのに急に現れた四人にそう尋ねると、これまた驚きの答えを返してくる。


「初代王」

「の、残りの二人が私とこっちのおっさんだよー! まったく、ルークはいっつも言葉が足りないんだから! あ、名前は私がシホで、こっちがルークね!」

「あ、えと、私たちは姉妹みたいです。初めまして、っていうのも変ですよね、姉妹ですし……でも会うのは何年ぶりなんでしょう? そもそも姉妹といえど記憶はありませんし……」

「ああもうなんでリリィはそうまどろっこしいの!? 普通に名乗ればいいでしょ!? 私はアメリアで、こっちがリリィ。一応あんたの姉妹で、魔女よ」


 一気に様々な情報がなだれ込んできて呆けていると、アメリアと名乗った少女がごめんね、と苦笑しながら私のすぐそばに降りてきた。


「わかんないよね、私も最初は信じられなかったもん。ただ、私たちが姉妹なのも、あいつらが初代王なのも本当。……こうなってるのはね、遠い昔の悲しい争いのせいなんだ。聞きたい?」


 素直に頷くと、アメリアは優しく私の頭を撫でてくれた。

 ルシアに感じたものに似た懐かしさが溢れる。


「アメリア、そーしたいのは山々なんだけどさ、まずはあのバカをとっちめないとダメだね。人間たち、まだアイラのこと諦めてあないみたいだよ?」


 シホがそうアメリアに声をかけると、アメリアは私を撫でていた手を額に当てて、大きくため息をついた。


「そうですね……ああもう! 感動の再会ぐらいさせてよ! シホ、ルシアはもう、。それで、いい?」

「……うん。認めたくないけど、そうだろうね。だってあの子は、約束を破った」


 だから、私たちが弔ってあげなきゃと、シホは続けた。

 理解が追いつかない私が二人に詳しいことを尋ねようとしたが、ルークに腕を引かれてつい言葉を飲み込む。


「アイラはこっち」

「あ、えっと、ルークさんはですね、ルシアさんのことはあの二人に任せなさい。アイラは危ないからこっちにきなさいって言ってるんです!」


 ルークの足りなすぎる言葉をリリィが間髪入れずに補う。

 それを聞いて、ルークは満足そうに頷いている。


「でも……こうなっているのは私のせいなのに……それに、あそこには私の大切な人がいるんです! だから、ただ見てるだけなんて……!」



 こんなことになってしまったのは自分のせいなのに、いきなり現れた人たちに全てを任せて一人だけ安全な場所にいることが耐えられなくてリリィにそう訴えると、リリィは大丈夫ですよ、と悲しげに笑った。


「アイラさんのせいじゃないですし、すぐ、終わりますから。本当にすぐです。街の人たちにも害は与えません」


 そう言われて、半信半疑に思いながらルシアの元へ向かうシホとアメリアに目を向けた。

 街の人たちは私に夢中なのか、二人が目に入っていないようだった。

 それくらい自然に、なんの妨害も受けず、二人はすぐルシアの元にたどり着いた。


「あら、久しぶりね、シホに……ごめんなさい、あたなは、誰だったかしら? ……ああ、そうだ思い出した、アイラの妹ね! あなたからも言ってやってくださいな、あの子ったら私と一緒にいられないなんていうのよ? なんてわがままなんでしょう! でも私はあの子を看取らなくちゃいけないの。だからいますぐ死にたいのだと思って死ねるようにしてあげたのに、死ぬのも嫌みたいなの。本当にわがままな子だわ!」


 ルシアの姿がかろうじてしか見えないくらいには離れた位置にいるはずなのに、その声は鮮明に聞こえてきた。

 でも、ルシア以外の声は聞こえない。シホとアメリアが何か言っているのに、何も聞こえない。きっと、聞かなきゃいけないことだと思うのに。

 そして、それは本当に一瞬だった。

 アメリアがルシアに触れる。それと同時に、リリィが腕を空に向ける。

 私を不躾に、獲物のように見ていた街の人たちが糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、ルシアは、満足げな表情で、氷の中に閉じ込められた。


「これが、約束なんです。街の人たちには眠ってもらいました。大丈夫、本当に眠っているだけです。ほら、息はしてるでしょう? 起きたら、今日の出来事は全て忘れています。……それまでに、きちんと話をしましょうか。私たちの、たくさんの約束の話です。聞いて、くれますか?」


 リリィはそう言って私に手を差し伸べた。

 ルークは私の目元をそっと拭った。

 シホはルシアを眺めて泣いていた。

 アメリアは私のもとに飛んできて、ごめんねと謝った。

 そのすべての挙動が切なかった。そして私は、私の全てを、彼らの全てを、今ここで何が起きたのかを知らなければならないと強く感じた。


「話してください。全て受け入れます」


 信じられないことはさっきから何度も起きている。それでもこれは現実だ。

 腹をくくれ、前をむけ、現実とむきあえ。


 今を、テオと共に全力で生きるために。

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