第3話 再会
覚えていないのか。
そう言いたげなこの瞳を、私は知っていた。
私は過去を持たない。でも、誰かの過去に存在しているらしい。
この世界のバグのような私をこの街の人たちは受け入れてくれたけど、外の人はそんなことを知らない。
だから、私を知る誰かは、決まってこういう反応をする。そのたびに、私は罪悪感を覚えるのだ。
「ごめんなさい、覚えて、ないんです。私は何も」
いつもそうするしかないから謝りはするけれど、私はこうするたびにわからなくなる。
私は、本当に私にために謝っているのだろうか、と。
だって、だって、謝るけど、ほら、少年は、表情を変えない。
そして、きっとこういうんだ、私は違うって。
じゃあ私はなんなの? 平気なフリをしたって、街のみんなが受け入れてくれたって、私は、この哀しみからは逃げられない。
いつもの言葉を受け止める準備をしていると、目に映る赤茶の煉瓦で舗装された道が歪む。頭を下げて、歯を食いしばって、ひたすら少年の言葉を待っていると、彼は、諦めたように笑う。
「……いや、いいんだ。そもそも一方的に知っているよなものだったから。…………でも、良ければ、させてくれないか? 今度は、君と」
「っ……!」
彼は、諦めたように笑って、寂しげな声を出して、なのに私を、過去の私じゃなく、今の私を望んだ。
胸の奥が温かい何かに包まれる。
堪えていた涙も溢れ出す。
「あ、ぅ………」
「え!? あ、ごめ、泣かないで!?」
初めて、自分自身を肯定してもらえた気がして、涙が溢れる。
嬉しくて、幸せで、おろおろしている少年がおかしくて、私は泣きながら笑った。
「ごめんね、なんでもないの。ただ、嬉しくて……。私でいいなら、お話、したいな」
少年は困惑していたけど、私のその言葉を聞いて表情を明るくした。
「ありがとう……! あ、俺は、テオ。君は……」
「アイラ。テオが知ってる私とおんなじ名前かは分からないけど、私は、アイラ」
テオは、一緒だとも、違うとも言わなかった。ただ、場所を移そうか、と提案してきただけだった。
「ここ、知ってるの?」
テオに従ってたどり着いた場所は、ありふれた森だった。
風の音が心地よく、それに合わせて木々がそよぐ。そんな森。
「うん。ここで昔の君と出会ったんだ」
テオは懐かしげに自分の首筋を撫でた。
「そんな場所に、私を連れてきていいの?」
「うん。アイラには、知ってて欲しいから」
首筋を撫でていた手が、頬に向かう。何かを順番に思い出しているように。
「俺はね、昔の君に大切なことを教えてもらったんだ」
そう言って、テオは教えてくれた。何十年も、何百年も前の私のことを。
話を聞くと、本当に少しの接点しかなくて私は驚く。
「……テオは、どうしてたったそれだけしか話したことない私を探してたの?」
「俺にとっては、たったそれだけじゃなかったからかなあ」
気づかせてくれたんだ、とテオは続ける。
風がほんの少し強まって、視界を私の白い髪が占める。テオは、笑っている気がしたけど、あっているのだろうか?
「最初にも言ったけど、大切なことなんだ。命は大切で、尊くて、重たい。忘れてたけど、忘れちゃいけないこと。それを気づかせてくれたのは、君だったから」
「そ、うなんだ。……私も、そう思うよ」
ありがとう、と続こうとしたであろう言葉を慌てて遮る。ここでお礼を言われるべきは私じゃないから。
でも、それすら察したのか、テオは違うよ、と首を振った。
「ごめんねって言いたかったんだ。こんなこと、アイラに言っても困るだけだろう?」
ああ、ほんとうにもう、この人は。どこまでも私を喜ばせることがうまい人だ。
「……ばか」
お互い顔を見合わせて、笑う。
笑って、少しだけ目を逸らして、顔を近づけたのは、瞳を閉じたのは、どっちが先だったのだろうか?
私たちは、それすらわからないほど自然に唇を合わせた。
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