閑話  遠い昔の王と魔女の物語

 昔、まだ世界がたくさんの国に溢れ、人々が懸命に生きていたころ、三人の王がいた。

 それぞれ違う国を治めていた彼らは、年齢も性別も性格も、何もかも異なっていたけれど、たった一つだけ共通点があった。

 それは、神からの祝福を受けているということ。

 海に面した貿易大国を治めた寡黙な王ルークは知能に。

 自然豊かな癒しの国を治めた幼き王シホは魅力に。

 美しさを愛する芸術国を治めた絶対的な王ルシアは威厳に。

 それぞれの長所をより伸ばす祝福を受けていた。

 自分の国の行動には多大な影響があるということをわかっていた三人の王は、互いに争わず、干渉せずを決め込んでいた。が、ある日突然戦いの火蓋は切って落とされる。

 最初は小さなイザコザだったものはずなのに、それは徐々に大きくなり、それぞれの王の耳にその知らせが届いたときには、もう王の一存だけでは争いをやめられないほど大きなものになってしまっていた。

 だが、そんな目的のない戦争は、すぐ終わるはずだったのだ。なのに、魔女が関与してきて事態は複雑になってしまった。

 生きていれば恐怖を与え、死ねば富を与えるという魔女。容姿が特徴的で普通の人間と間違えることがないことも相まって常に差別と搾取の対象になっていた彼女らは、それでも人間に危害を加えることはなかった。

 「私たちは人間だ」と訴えて。

 そうして魔女は、徐々に滅んでいった。

 そんな中、最後の魔女の姉妹が派手に喧嘩を始めたのだ。

 人間に抵抗しようと訴える次女アメリア、同じ人間にひどいことはできないと妹を止めようとする長女アイラ、ただただ二人の姉に仲良くしてほしい三女リリィ。

 彼女たちの魔法による凄まじい喧嘩はやがて戦争と混じり合い、それぞれが王と盟約を結び、正式に戦争に参加することになる。

 そうして、互いに消耗し合うだけの、子供の喧嘩のように無意味な争いが一年ほど続いたある日、三人の王は神に招集される。それが、すべての始まりで、すべての終わりだった。

 神は自分が愛し祝福まで与えた人間同士が争うことに耐えられず、見返りをやるから、どうか争うことをやめてほしいと願ったそうだ。

 その、神からの見返りが、生まれ変わり時の記憶の継承の確約だった。

 神は、そうすれば人間も学習をより深め、このような愚かな争いをすることはやめるでしょう、と説いたそうだ。そして、不安ならばあなたたちには老いることのない体と終わることのない命を授けましょう、それであなたたちが人間を統制すればいい、とも。

 それを、王たちは二つ返事で受け入れ、和解した。

 そもそも王たち自身は憎み合っていたわけではない上、国と国民を愛し、戦争でたくさんの命が失われていくことを憂いていたから。

 そうして、王たちは最初の約束をした。

 一つは、絶対的な王を一人君臨させること。

 三人の王の誰に従えばいいかを民が迷わなくていいようにだ。それにはルシアが選ばれた。ただし、王として行動を起こす時は必ず三人で話し合ってからにすること、と決めて。

 二つ目は、魔女たちを仲直りさせること。

 三人とも最初は自分の国への被害を恐れ、打算的に魔女と盟約を結んだが、今では大切なパートナーとなっていた。そんな彼女たちにも幸せになってほしいと王たちは常に望んでいた。

 それらの約束を抱えて、王たちは国に帰った。

 戦争も無事終わり、魔女たちもなんやかんやで仲直りをし、穏やかな日々が始まったと、誰もがそう、信じて疑わなかった。

 だが、そんな簡単に行くわけは、なかった。

 記憶が継承されるということはつまり、戦争の記憶も忘れられないということ。

 だが、生まれや境遇まで引き継がれるわけではない

 あくまで、記憶だけが継がれる。その結果、例えば自分の最愛の人を殺した相手が自分の子供として生まれてくることだって、あるのだ。

 過去の自分の記憶は生まれた瞬間から備わっているものではなく、成長に伴って徐々に思い出されていくものだった。それが余計人々に葛藤と混乱を与えた。

 そうして、最初の生まれ変わりが始まったころ、世界は混乱に包まれてしまった。

 それと同時に、王はとんでもないことを知ってしまった。

 自分たちが愛した魔女たちは新たに生まれた先で再び差別を受け、さらに、記憶が継がれていないということを。

 せっかく見つけ出した魔女が自分たちのことを覚えていない。それだけでショックは絶大だった。

 そうして王たちが今後について、魔女たちについて言い争っていた時、再び神は現れる。

 あれでも足りなかったのか、と神は笑ったそうだ。

 呆然としている三人に困ったようにあとはどうすればいいかしら、と問うた神に、三人はこう願った。

 人間たちの記憶をまっさらにし、新しい世界を作り上げたい、と。

 そして、魔女の記憶が継承されていなかったことはなぜかと尋ねた。

 すると神は、憎らしげに表情を歪める。

 あの子たちが私の領分を犯すから悪いのだ、これは恐れ多くも神の力を使うことへの罰だ。

 神はそう言い捨てた。

 だが、あなたたちがそんなに魔女が好きなら救いも与えてやろうとも続けた。

 魔女たちの体が人間の富になることは記憶に残らないようにしてやる、と。

 その時、王たちは再び約束をした。

 一つは、伝説の王をつくりはすれど、実際に君臨はしないこと。

 二つは、魔女たちのことは誰にも話さないこと。

 三つは、魔女たちに出会ったら本当のことを全て包み隠さず話すこと。

 四つは、誰かが道を踏み外した時は、それを止めること。


 こうしてできたのが、この世界だ。

 最初は三人とも完璧な世界ができたと思ったらしい。

 でも違った。

 時が過ぎるにつれ進歩が、命の尊さが、発見へのよろこびが薄れていった。

 王達は後悔している。

 こんな世界を作ってしまったことを。

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