永遠世界の囚われ人
空薇
第1話 出会い
今回の人生を、終わらせようとしていた。
十八年、まあまあ持った方だろう。
無様に死ぬ姿は見られたくなかったから、近くの森に入って、くすねてきたナイフの切っ先を自らに向ける。
死に方はよく知っていた。何度も経験したし、いろんな人から聞いていたから。
あとはこのナイフを振り下ろすだけで死ねる——はずだった。
舞うはずの鮮血は確かにナイフを伝って滴り落ちていた。だが、僕自身には何の痛みも衝撃もない。
ナイフは、小さな手によって阻まれていた。後ろから伸びていた手の持ち主を探るため勢い良く振り向くと、綺麗な少女が、こちらを悲しげな目で、見ていた。
まるで人工物のようだった。サファイアをそのまま嵌め込んだような煌めく瞳に、透き通った白の髪。肌はきめ細かで、この肌に傷をつけてしまったと考えると酷い罪悪感を覚える。
しばらく少女に見惚れていると、彼女はナイフを強く握っていた手から力を抜いて、その傷ついた手でそのまま僕の頬を思いっきり打った。
「馬鹿なの!? あんた、何しようとしてたかわかってる!?!?」
彼女は声も澄んだ高音で綺麗だったが、頬を走る痛みと流れる血の方に気を取られてしまう。
頬に手を当てて呆けている僕に、彼女はさらに叫ぶように捲し立てる。
「あんたの命は、尊いもののはずでしょ!? あんたの親が愛し合って、奇跡的に生まれた、たった一つの命。それをそんな簡単に終わらせようとしてっ……!! あんた、本当に何しようとしてたかわかってるんでしょうね!?」
そう言い切って肩で息をする彼女は、泣いていた。
ああ、こんな状況でも彼女を綺麗だと思ってしまう僕は、本当にダメな人間なのだろうか?
「だいたいっ………!」
「アイラ」
さらに声を上げようとした彼女を、止める声があった。背の高い、これまた綺麗な女性だった。
「アイラ、何言ったって意味ないよ。ほら、いこ? そんなに血も流して……手当てもしてあげるから、ね?」
森の奥、少女が現れたのと同じ方向から現れたその女性は、僕なんてまるで見えないように振る舞った。一瞬だけ合った瞳には、僕に対する嫌悪や怒りがにじみ出ていて、背筋がぞくりと震える。
女性に優しく手を握られた少女は、一度こちらをチラリと見たあと、女性とともにさっていった。
最後に、一言だけ残して。
「命の重さも知らないくせに」
僕は呆然と、ただただ呆然とその場で二人が森の奥深くへ進んでいくのを見ているしかなかった。
命の重さ。そんなもの、この世界に覚えているものはいるのだろうか?
この世界は、生まれ変わりが確約された世界だ。昔は一度死ねばそのままだったらしいが、偉大なる初代王が神と盟約を交わすことにより、この世界の人間はその時間に差はあれど、皆等しく生まれ変われることになった。
過去を明かして生きていくもの、明かさずに生きていくもの。
過去に囚われ生きていくもの、忘れて生きていくもの。
その生き方に差はあれど、どうせ生まれ変わるのだから、と、命に重さなんてないに等しい世界だった。
僕が死のうとしたのだって、次の人生にかけたからだ。今回は、前回恋していた子に再会したというのに振られてしまったから。
昔の感覚ならそんなことで、となるのかもしれないが、今はこんなの当たり前だ。
なのに彼女は、僕を止めた。何も知らないくせに、僕を止めた。
そんな彼女の意図が気になって。彼女の美しい姿が、声が忘れられなくて、僕は死ぬことをやめた。
だが、彼女はそれ以降見かけられなかった。もしかしたら、何らかの原因で死んでしまったのかもしれない。
今回の人生は、彼女に再会することなく終わるみたいだが、次の人生では探してみせよう。
そうして、次も、その次も、次の次も、彼女を探し続けたが、彼女は見つからない。
焦り、彼女の姿が記憶から薄れてきた、あの人生から数えて六度目。ようやく、彼女の姿を街で見かけ、つい反射で腕を捕まえてしまう。
前の人生で関わった人に何の前ぶりもなく過去の話を出すことはマナー違反となっているが、僕はもう我慢ができなかった。ずっと探し続けた彼女が目の前に現れたのだから。
なのに、彼女は。
「あの……どなた、ですか?」
過去のことは忘れたいからとかそんな演技ではなく、本気で僕がわからず、困惑しているような瞳を、こちらに向けたんだ。
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