四年に一度、君を視る

にのまえ あきら

二月の終わりに夕は鳴り、君は夏に思いを馳せる


 いつからか、僕は死んだ人が視えるようになった。


 本当はいつ視えるようになったのかわかっているのだけど、この際だから置いておこう。


 とにかく、僕は死んだ人が視えるようになった。


 神様もずいぶんな意地悪をするものだと思った。


 だって、そうだろう?


 僕は四年に一度しか彼女に会えないのだから。


 そして、今日は待ちに待ったその日。


 二月二十九日だ。


◇ ◇ ◇


 夕方。

 僕らが出会うのは、クチナシとヒガンバナが咲き誇る人工庭園の丘の上。

 全てを染め上げる夕焼けの中、クチナシの白もヒガンバナの紅も、今だけは琥珀になっていた。

 そして訪れる黄昏時たそがれどき

 この時間になると彼女が現れるはずなのだけど、今回は彼女の方が先にいた。


「久しぶり、待ってたよ」


 僕を見つけた彼女が笑いかけてくる。

 彼女はいつも、そうやって笑ってくれるのだ。


「久しぶり、待たせたみたいだな」


 彼女との逢瀬おうせもこれではや三度目。

 時間にして、十二年も経っていることになる。

 時が経つのは往々にして早いものだ。


「あんまり遅いから、もう会えないんじゃないかと思った」


 いたずらな顔をして舌を出す彼女に、僕は笑う。


「まさか。叶うなら僕はいつだって会いに行きたいくらいだ」

 

「言うねぇ。それで、そっちは最近どう?」


「言ったってわからないだろ。そっちこそどうなんだ? 夢は叶えられた?」


「うーん、どうだろ。心残りのないようにって思ってるけど、実際叶えられたって言えるのかはわかんないや」


「はは、わかんないばっか言う癖、変わんないな」


「なによ。そっちこそ話すときに目を合わせようとしない癖、変わらないじゃん」


「まあね」


 思わず僕は笑ったけど、対照的に彼女は笑みをひそめた。


 手すりに手を掛け、夕に暮れる街を見下ろしながら「ねえ」と心の裡を零す。


「やっぱりわたし、変わらなくちゃいけないのかな。このままじゃダメなのかな」

 

 それは彼女からしたら、もっともな疑問だろう。

 彼女の求めている言葉はわかる。

『変わらなくていい、そのままでいればいい』と言えば、彼女は笑ってこの場を去ることだろう。

 けれど、


「……さあ、どうだろう」


 夕日に照らされて柔らかな光を返す彼女の手を見つめながら、僕は素直な思いを口にする。


「僕らが互いに変わらない部分を見せ合ってるだけで、人は否が応でも変わっていくものだと思うよ」

 

 僕の回答に、彼女は振り向いて苦笑する。


「意外。君なら同情してくれるかと思ったのに」


「同情も否定もしないさ。なんて言ったって――」


 言いながら、足元のクチナシとヒガンバナに手をのばし、


「死人にだからな」


 そのどちらとも、触れることなく透けて通った。


「わたし、わたしさ……」


 唇を噛み締める彼女に、僕は優しく笑いかける。


「そんな顔しないで。可愛い顔が台無しだ」


「だって、」


「そんなんじゃあ、旦那さんにだって心配されちゃうよ」


「っ……!」


 僕がそう言うと、彼女はうずくまり、今度こそ涙を流した。

 膝を抱える彼女の左手には、夕日に照らされて光る指輪があった。

 さっき口ごもっていたのは、このことを言おうとしていたのだろう。

 ついにこの日が来たのだな、と僕は不思議な感慨かんがいを抱く。


 ――――僕が死んで、はや十二年。


 時が経つのは往々にして早いもので、彼女は大人になった。

『お嫁さんになる』という夢は叶えられたみたいだ。

 惜しむらくは、『僕の』という部分を叶えてあげられないことだけ。


「君は生きてるんだ。いつまでも二月二十九日今日に縛られてちゃダメだ。むしろ、変わらなくちゃいけない」


「なんでっ、なんで死んじゃったのよぉ……」


「なんでって言われても、死んじゃったものは仕方がない」


 僕の言葉に納得できない彼女は涙ぐみ、鼻をすすりながら何度目としれない言葉を口にする。


「一生一緒って約束したのに……っ!」


「うん。僕の願いばっかり叶えてもらって、ごめんな」


 死に臥す時、僕は彼女にお願いをしてしまった。


『誰かのお嫁さんになって、幸せになってくれ』


 彼女の幸せを願い死んだ僕だけど、この霊園で幽霊として蘇ってしまった。

 多分、彼女のことが心残りだったんだと思う。

 幽霊なのだから、ほかの幽霊だって当然視える。

 けれど生きている彼女は幽霊が視える。

 そして、僕の命日にこの霊園に訪れた彼女は僕の存在に気づいてから、四年に一度、必ず会いに来るようになった。

 けど、それももう終わり。

 たった今、僕の心残りは晴らされた。


「ありがとう、って言うのもなんだかおかしいな。君は自分の幸せを掴んだだけなのに」

 

 黄昏時が終わりを迎えようとしている。


 いつも通りなら、彼女が僕のことを視ることができなくなるだけ。


 けど、今回は違う。

 

 僕の身体は淡く光り、だんだんと薄らぎ始めていた。


 成仏というやつだろうか。


「いかないでっ……ずっとここにいてよ! 何度だって会いに来るから!」


「それは無理だ。人は変わらずにはいられないって言っただろ。死んでもそれは変わらない」


 涙でぐちゃぐちゃになってもなお綺麗な彼女。

 その額に、僕は幻のキスをして告げる。


「でも、もしまた会えるのなら。ここのクチナシが枯れ落ちて、ヒガンバナでいっぱいになった時――八月十五日の、今度は真夜中に落ち会おう」


「八月十五日……絶対だよ。約束だからね!」


「ああ、もちろん」


 ともすれば祈るような光を瞳に灯す彼女に、僕は笑って応える。


 同時、日が落ちる。


 そして、視界が薄らいでいく。


「それにしても――」


 共に薄れゆく意識の中、独り言ちる。


「泣き顔は昔から変わんないのな」


 次は八月十五日。


 夏真っ盛りの時期だ。

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四年に一度、君を視る にのまえ あきら @allforone012

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